第3話 桜宮銀太という「見える」青年
子供の頃、家が霊園管理という事で、よくからかわれたものだ。
その都度からかった相手をこてんぱんにやっつけてしまうものだから、周囲からは問題児として扱われた。しかし元々正義感の強い銀太には、慕ってくれる友達もいたし、祖父のやっている空手道場に通う子ども達がいつも味方してくれた。
中学生になったばかりの頃、銀太は中学1年で既に170cmを超えていた事もあり、また顔かたちも整っていた事で、2年生の先輩から目を付けられてしまった。放課後呼び出されたが、その先輩たちをあっという間に倒してしまった。そしていつものように学校で問題になった。いつも問題を起こすたびに呼び出されて、迎えに来るのは祖母で、ニコニコしながら迎えに来てくれた。そして何も聞かず二人で家に帰るのだ。
祖母は先生たちの前で、
「うちの銀太は間違ったことはしません。他人に迷惑をかける事は絶対しないように教育してきましたから。もし間違った事をしたのなら、私が責任を持ってこの子を教育します」
と凛とした態度で先生たちに言い放ったのだ。先生達は祖母の姿に何も言わずに返してくれた。
家に帰るとニコニコ顔の祖父と仏頂面の父が待っているのだ。祖父は銀太が複数の年上を倒したことを褒めて、父は喧嘩をしたことを叱った。祖父は娘婿である銀太の父の晋三を宥めながら、許してくれるのだ。
音羽から見ると兄の銀太は小さい頃から祖父の空手道場で、空手ばかりしていた。全国大会に出場するほどの実力の持ち主だったし、運動神経は昔から抜群であった。音羽が迷子になったとき、真っ先に駆けつけてくれたり、放課後たまたま出くわした学校の同級生の男の子に
「幽霊女が出たぞー!にげろー!!」
とからかわれると、中学生の兄がどこからともなくやってきて、
「幽霊より恐いもん見せてやるよ」
と、年の離れた子供達を容赦なく指導してくれたものだ。
おやつで音羽の好きなチョコレートが出ると、兄はそのまま音羽にチョコレートをくれたし、当たり前だが勉強を教えてくれる兄は、まだ小さかった音羽にとってヒーローに思えた。頼もしくもあり、優しく、でもちょっと間の抜けた兄が大好きだったのだ。
そんな銀太だが、小学校の高学年になると少年野球団に入った。元々センスが良かったこともあり、中学では市内で結構有名な選手になった。高校はスカウトされて、地元の強豪高校へ進み、あと一歩で甲子園に出られるところまで行った。大学も野球推薦で都内の大学に進学して、プロ野球のドラフトにかかるのでは?と噂されるぐらいの選手だった。それこそ野球しかしていない人生だ。つまり勉強というものを全くと言っていい程やっていない。その野球で鍛えられた肉体は凛々しく。180cmを超えるのガッチリとした体格、顔だってちょっと昔の俳優みたいで見た目も悪くないのに、彼女がいたという話も聞かないし、実際に聞いてみても明瞭な回答は得られなかった。
実際に音羽の友人の中には、大学野球のリーグ戦で活躍する兄に会わせてくれと頼んでくる子もいた程に兄は一見爽やかで見た目が良かった。だが音羽は兄をリードしてくれるような、しっかりした彼女を見つけてあげる事を自分の使命だと考えている。
さて、そんな兄が居間に入るドアの前で、カエルのようにひっくり返っているのは、整った男らしい顔立ちを帳消しにするのに十分な残念な姿であった。
思わず軽蔑の眼差しを含み上から見下ろしていた音羽は、ふと我に返って兄を揺すり起こした。
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」
妹の音羽が揺すり銀太を起こした。
「は!?あの白い化物は??」
銀太は気が付くとすぐにそう言った。
「え?なんのこと?」
音羽は不思議そうに兄の顔を覗き込んだ。
「い、、いや何でもない、何でもないよ。」
銀太はゆっくりと起き上がった。
「なんでもないって、、、?どうしたの?どうしてこんな所でひっくり返ってたの?」
音羽はシンプルに聞いた。銀太はそれには答えず、居間に入りながら
「大丈夫だよ。お前は何も見てないな?」
銀太は妹を横目で見ながら聞いた。
「だからなんのこと??」
音羽は兄をまっすぐ見つめて聞いた。銀太は何も言わずに居間に入っていった。音羽はあたりを見渡した。特に何もない。ただ降り出した雨の強さが先程よりも少し強くなった気がした。
銀太は居間のソファーに腰を掛けると、ふーっとため息をついた。あれは一体何だ?例によって人ならぬもの、この世のものではない類だろうな、、。銀太は脳裏から離れない人ならぬものの顔を思い出していた。
丸い大きな顔。その中には青い大きな目と、広角の上がった口。それが目の前でぶら下がっていたのだ。驚くなという方が無理だ。銀太はどっと疲れを感じて居間のソファーで目を閉じた。思い出すだけでゾッとする。もはや見間違いでないことは明白だ。アイツはなんだ?どこかで見たことがある。丸い顔目と口がある。なんだろう、、体、、、体はカーテンみたいな体、、、。中身が無かったような、、、。
「とにかくもう会いたくはないな」
そう言って銀太はテレビのリモコンを拾ってスイッチを入れた。テレビはニュース番組で天気予報をしていた。あすの天気は晴れ、雨は今日の夜半には上がるのだという。ソファーに腰掛けていた銀太はそのまま寝てしまったようだ。
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