第2話 雨の訪問者
銀太はウンザリしながら、父親である社長の晋三の話を聞いていた。何やら経営手腕がどうとか、経理がどうとか全く持って興味のない事をかれこれ30分にわたって声高に話している。ふと横を見ると帰宅した妹の音羽が高校の制服を着たままで、いつの間にか銀太の隣に座り父親の話を大真面目に神妙な顔つきで聞いている。
銀太はそれを見て、さらにうんざりしながら
「おまえ、絶対興味ないだろ、、。」
とぼそぼそと呟いた。
「おい!!銀太!聞いているのか!!」
父親は声を張り上げた!
「はいはい。聞いてますよ。しゃちょー。」
銀太は父親の顔見ずに答えると、ふと部屋の奥にいる祖父金太郎の姿を見た。祖父の金太郎は、ニコニコしながら孫の姿を見ていた。
「あ、やばい、、、。」
銀太は祖父の笑顔を見て祖父が怒り出す直前であることを悟った。さっと姿勢を正し、父親の話を傾聴する。祖父は相変わらずニコニコしていた。今度は本当の笑顔のようだ。
1時間にわたる父晋三の”ありがたい”講義は終わり、ようやく解放された。
この晋三の経営セミナーと言われる講義は、毎週金曜日の夕食前に1時間行われる。3代目社長になるはずの銀太の教育のため、もう半年も続いている。
晋三はもともと銀行員で、現在は銀行を辞め霊園管理会社トーワメモリアルの社長を務めている。社長といっても社員数は祖父、父、銀太を含め5名の零細企業である。大学は東京都内の超難関の国立大を卒業し、銀行員となりエリート畑を歩いていた父が、なぜこんなちっぽけな会社の社長をやっているのか、銀太は不思議に思っていた。社長とは名ばかりで、実際にはよくある零細自営業だ。
父の銀行時代の友人が以前訪ねてきたことがあったが、その人は今やだれもが知る有名企業の副社長になっていた。出世争いに敗れた銀行員というのは切ないものだなと父親に同情して、素直に講義を受けているのだ。
「おにーちゃん。今日のごはん何がいい?」
妹の音羽は、銀太に聞いた。
「そーだなー、カレーライスがいいなー。兄ちゃんは」
とのんびり答えたが、既に妹の姿はそこにはなく、妹は祖父に向かって
「おじいちゃん、晩御飯何がいい?」
と聞いていた。ちなみにこの際、既に夕食は決まっていることを銀太は知っている。
妹の音羽は、現在17歳高校2年生である。小さい頃から兄の銀太と違って聞き分けの良い子で、高校では学校一の美人と評されている。スポーツ万能、成績優秀、活発な態度の割に控えめな性格、大きな少し茶色がかった綺麗な瞳でお願いされると、同級生の男達は皆、音羽の頼みを喜んで聞いてしまうのだという。
それでも彼氏がいたという噂も聞かず、仲の良い女の子の同級生と一緒に過ごしていることが多い。
だが兄の銀太から見ると、それは全くもって信じられない人物評でしかない。
まず美人という点が受け入れられない。これは銀太の美人感が歪んでいるのかもしれないが、彼から見ると決して控えめな性格ではないし、7歳も離れた兄に対して、尊敬の念が感じられない。
更に要領のいい妹に面倒事をいつの間にか押し付けられている事が多い。彼にとっては年の離れた音羽が「可愛い妹」であったのは、はるか昔の話なのだ。
にも関わらず家族・親戚は勿論、銀太の友人に至るまで「銀太<<<音羽」なのが常識になってしまっている。この現状がどうにも許せないのだ。銀太にとって妹が唯一可愛く見えるのは、ゴキブリが現れて、悲鳴を上げながら右往左往している時ぐらいなものだ。
「ふん、、だったら聞くなよ!!」
と銀太は一人ふくれっ面をして、廊下から外を眺めた。降り出した雨は徐々に強くなり、ざーっという音が聞こえている。
講義が行われたのは、会社の会議室兼応接室。10名程度なら何とか入ることができる部屋である。会議室を出てエントランスを横切ると、そこから先は自宅のエリアになっていた。つまり会社と自宅が繋がっている作りであった。
そのまま自宅の玄関に入り、居間に向かおうと外を見た時、何か気配を感じた。ああ、またか、、、。銀太はここ最近このような妙な感覚をよく味わっている。いや最近というよりは、1年前に祖母が他界してからと言った方がいい。
初めて「見て」しまったのは、祖母の葬式の最中。祖母の亡骸を前にして、祖父金太郎と銀太のふたりが、周りの参列者が完全に引くほど号泣している時だった。
ふと気配を感じた銀太が顔を上げると、祖母がモロに見えた。自分の柩を覗き込んでいる。直後にふと銀太を見つけると、ニッコリと微笑んだ。銀太は大好きだった祖母に再開できた喜びを感じる訳もなく、腰を抜かさんばかりに驚いて隣で号泣している祖父を呼ぼうと手を伸ばすと、そのまま祖父の顎に拳があたってしまった。
格闘家の血が騒いだか、祖父の金太郎はそのままカウンターの正拳突きを容赦なく銀太に打ち込んだ。銀太はそのまま気を失った。それが人生で最初に銀太が見た日であった。ただし幼い頃、銀太は色々と「見た」事をもう忘れているのも事実である。
それからは、割と見かけるようになった。いろんなパターンがあった。単に人のパターンもあれば、動物、音だけ、声だけ、昔ながらの妖怪じみたものまで様々なモノを見た。最初の3ヶ月は地獄だった。完全に見えるわけでもないが、見えてしまった場合、その都度腰を抜かした。大概の場合は、その直後に何故か死んだはずの祖母の姿がちらっと見えると、それらは消えてしまうのであった。
祖父に相談したら、
「母親がわりのばあちゃんが死んだんだ。そういう幻覚を見てもおかしくない。俺もたまに夢で見る」
とよくわからないことを言っていた。父親に試しに相談したところ、
「病院に行け」
と一言だけ言われた。
銀太はこの人たちに相談しても全く役に立たず、無駄だと言う事を知った。いや、知ってはいたが、確認が出来たという方が正しい言い方であろう。
ちなみにそれらが現れている際に、祖父や父親がその場に現れても、消えてくれない事はわかっている。つまり彼らには見えもしないし、相手にもされていないのが見て取れる。
やはり役には立たない。ゴキブリが現れただけで泣き出す妹には、こんなものを見た日にはとんでもない事になると思い一切話してはいない。
さて、何やら気配は感じるが、姿までは見えてこない。銀太は見えるくせに非常に怖がりであった。祖母が他界して1年多くの人ならぬものを見てきたが、全く慣れない。そしてその都度恐怖するのだ。今回もなるだけそちらの気配に気づかぬように目線を避けた。だがカサカサという音と共に何かが近づいてくるのが分かる。
銀太はなぜ自分の所に来るんだ?という怒りと恐怖で、自身の右の眉毛がピクピクと痙攣しているの感じた。極力気配の方を見ないようにと下を見続けていたが、カサカサという音はすぐ真横までに来ている。気配というものは明確に感じてしまうものである。
「遠慮がなさすぎんだろうが!!」
銀太はそう叫んだ。そして足早に居間に向かって移動しようとした時ふと、気配が消えたように感じた。扉に手をかけて、目線を上に移した瞬間、目の前に白いバスケットボール程の丸い顔とマントを着た”この世のモノではないモノ”が扉の目の前に首を括られてぶら下がっていた。
真っ白い顔、、、髪の毛も鼻も耳も無く、ただ青い大きな目玉が二つ、ニヤリと笑ったかのような口角の上がった青い口が現れたのだ。銀太は声にならない悲鳴を上げて卒倒した。
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