第3話『結成! 異世界少年トラベラーズ!』
「……うん? ライゼウォッチ?」
その日の夜、お父さんが珍しく早く帰ってきた。
おみやげに買ってきてくれたデミカツ丼を食べながら、ライゼウォッチのお礼を伝えたのだけど、お父さんは何も知らないようだった。
「僕宛てに届いたんだけど……これだよ。本当に知らないの?」
「身に覚えがないなぁ……これが、届いたのか?」
お父さんは無精髭をいじりながらライゼウォッチを目の高さまで持ち上げ、いぶかしげな顔をする。
「これはあれだな。変身! ライダーベルト! ってやつだな。航太はまだこういうのに興味があったのか?」
「変身……なんとかに興味はないけど、これを使うと異世界に行けるんだよ」
「はっはっは。異世界ときたか。ますます航太の好きそうな話だなぁ」
お父さんは膝を叩いて笑う。これは信じていないみたいだった。
……よーし。こうなったらお父さんも異世界にご招待しよう。
「お父さん、ちょっと握手しようよ」
「おぉ? 急にどうした?」
食卓を挟んで左手を差し出すと、お父さんは戸惑いながらもその手を握り返してくれた。
それを確認して、僕は右手でライゼウォッチを操作する。
やがてカウンドダウンが始まり、それが0になると同時に無重力感がやってきて……。
「……あれ?」
タイマーは0になったものの、何も起こらなかった。急いでウォッチを見てみると、そこには『転送エラー』の文字が点滅していた。
「ええ……! 昼間使った時はちゃんと動いたのに」
「なんだかよくわからんが、俺は異世界には行けないみたいだなぁ。いやー、残念残念」
まったく残念そうに見えなかったけど、お父さんはそう言って手を離し、箸を手に取った。
僕も首を傾げながら食事を再開するも、内心それどころじゃなかった。どうして異世界転移できなかったんだろう。
……その後、部屋でこっそり試してみたところ、普通に転移することができた。
壊れてしまったのかと心配したけど、どうやら大丈夫のようだ。
「じゃあ、この道具は大人と一緒には転移できない……ってことなのかな」
元の世界に戻ってきて、僕は説明書に目を通すも、そんなことはどこにも書かれていなかった。
○ ○ ○
……そして、日曜日の朝。
僕は晴海ちゃんや悠介と、キャンプをすることにしていた。
行き先はもちろん、異世界だ。
お父さんは仕事で東京まで行くらしく、月曜日の朝まで戻ってこない。
つまり、異世界に行き放題というわけだ。
「それじゃ、異世界少年トラベラーズ! 出発!」
「ちょっと待てよ。なんだよそのダサい名前」
「え、ダサいかな……一生懸命考えたんだけど」
「考えたって、これ、もしかしてチーム名みたいなもの?」
昨日夜遅くまで考えたチーム名を高らかに宣言したところ、二人に思いっきり失笑された。
「そ、そうだよ? 僕たちってほら、あくまで旅行者だしさ。異世界を楽しんで、きちんと帰ってくるのが目標だよ!」
「帰ってくるまでが遠足……みたいだな。まぁ、なんでもいいや。行こうぜ!」
チーム名のことは軽くスルーして、大きな荷物を持った悠介が僕の手を掴む。今日の彼は白いTシャツにモスグリーンの長ズボンを履いていた。キャンプの発案者だけあって、服装もしっかりしている。
「晴海ちゃんも準備はいい?」
「うん。大丈夫だと思う。ハンカチ持った。ちり紙持った」
悠介に負けない大荷物を持った晴海ちゃんが、そう言いながらズボンのポケットを確認する。彼女は青色のTシャツに、デニムのハーフパンツ姿だった。
ライゼウォッチを使った異世界転移では、服や鞄など、身につけているものは一緒に転移可能だ。それができないと、素っ裸で異世界に放り出されてしまうし。
「忘れ物があっても、また取りに戻ればいいよ。それじゃ、行こう!」
僕はウォッチを起動させ、晴海ちゃんの手を取る。ややあって光に包まれ、あっという間に異世界に到着した。
転移にもすっかり慣れたもので、僕らは揃って地面に着地する。
「よーし、まずはあの河原まで競争な!」
「ええっ、競争なの!?」
「に、荷物重いのに走らせないでー!」
草原を突っ切って川へと向かう悠介を、僕と晴海ちゃんが追いかける。
……あ、なんかこの感じ、久しぶりだ。
昔はよく、探検とか言って近所の空き地を走り回ってたっけ。
あの時もこうやって、悠介が先陣を切っていた気がする。
「よーし、到着! まずはテント張ろうぜー。航太、手伝えよ!」
「わ、わかってるから、ちょっと休ませて……ぜぇ、はぁ」
「剣道やってるだけあって、悠介は元気だねぇ……」
僕と晴海ちゃんが膝に手を当てて息を整える中、悠介だけが荷物を広げ、テキパキとテントを組み立て始める。
……キャンプと言っても、僕たちがするのはデイキャンプだ。
異世界を探索しつつ魚釣りを楽しんで、晴海ちゃんが用意してくれたお弁当を食べる……それくらいしか予定はない。帰る時間も、特に決めていなかった。
テントを組み立てたあとは、皆で釣りをする。意気揚々と釣り糸を投じてみたものの、釣れるのは妙な生き物ばかりだった。
「……ねぇ。川でヒトデが釣れたんだけど」
「こっちはナマズが釣れたよ。七色だけど」
「お前ら、少しは食えそうなもの釣れよ!」
「そーいう悠介だって、何よその紫色のイカ」
「うっせー。紫芋だってあるだろ!きっと食えるぞ!」
そう叫んだ直後、紫イカが紫色のスミを悠介に吹きかけた。
それに怯んだ彼が釣り竿を落とすと、イカはその10本の足を器用に使って釣り針を外し、全力ダッシュで川の中へと消えていった。知能も高いようで、まさに異世界の神秘だった。
……やがてお昼時になり、皆でテントの近くへ集まる。
「せっかく火も起こしたのにさ、何も焼けないじゃんか」
ちなみに、散々釣り糸を垂れたにも関わらず、食べられそうなものはまったく釣れなかった。
「紫色に染まった服を乾かすくらいには使えると思うけど」
「乾かしたところで、もう着れねーよ! なんかブドウみたいな匂いするし!」
励ますように言うと、別のシャツに着替えた悠介が地団駄を踏む。木の棒だけで火を起こせるなんて、それはそれですごいと思う。
「私のおにぎり焼いて、焼きおにぎりにでもするー? ほい。お昼ごはん」
その時、晴海ちゃんが鞄から大きな重箱を3つも取り出した。
その中には卵焼きに唐揚げといった、僕たちの大好きなものがたくさん入っていた。
「え、晴海ちゃん、これ全部作ったの?」
「半分……ううん。3分の2がお母さん。残りが私」
僕が驚くと、バツの悪そうな声が返ってきた。それでも十分すごいと思う。
「それじゃあ、いただきます」
三人で手を合わせてから、お昼ごはんを食べ始める。おかずもたくさんあって、どれから食べようか迷ってしまう。
「……航太、ここは晴海が作った料理を当てて、褒めてやろうぜ」
割り箸を手にした時、悠介がそう耳打ちをしてきた。僕は頷いて、目についた卵焼きをつまみ上げる。
「あ、この卵焼きおいしいよ!」
「ありがと。それ、お母さん」
……外れた。
「こっちのタコさんウインナーもかわいいし、おいしいよ!」
「そうでしょー。それもお母さん」
……また外れた。
「バカな奴だな。さっき、おにぎりがどうこう言ってたろ……晴海、このおにぎり、うまいぞ!」
「あはは……そっちはお母さんの」
「お、おう……」
結局、僕らは何一つ当てることができなかったけど、気を取り直して食事を楽しんだのだった。
……お弁当を食べ終えてからは、川のせせらぎを聞きながらまったりとした時間を過ごす。
時折、明らかに鳥ではない巨大な生き物が空を横切り、浮島へ飛んでいくのが見える。
……あの島に、ドラゴンの巣でもあるんだろうか。
もしくはあの浮島に人が住んでいて、その人が使役しているドラゴンだったりするのかもしれない。
そんなふうに考え始めると、妄想が止まらなかった。
思わずニヤニヤしていると、晴海ちゃんが僕の顔を覗き込んでいた。
「……ねぇ、航太、ちょっと帰りたいんだけど」
「え、どうしたの? 何か用事?」
「用事と言えば用事……かな。そう、大切な」
何かソワソワしている。この間の悠介のように、大切な用事を忘れていたのかな。
「あーもう! いいから早く! 元の世界にお花を摘みに行きたいの!」
続いて僕の手を取って、顔を赤くしながらそう言った。その意味を理解して、僕も同じように赤面してしまう。
「そうだよなぁ。晴海は俺たちみたいにそこら辺でするわけにもいかないしな」
「うるーさーいー! 航太の家のでいいから、早く!」
そう言って手を引っ張り続ける晴海ちゃんに急かされて、僕らは一旦元の世界へ戻ったのだった。
その後も異世界を楽しんでいると、あっという間に夕方になった。
大きな太陽が草原と空を茜色に染めながら地平線の彼方へ消えていく様子は、それこそ日本では見ることができない絶景だった。瑠璃色に染まった空の一部には、二つの月が見えている。
「あー、楽しかった。そろそろ戻らないとまずいね」
「そーだなー。あーあ、明日からまた学校か」
やがて完全に日が沈み、親友二人がそう言いながら荷物を手にする。
……その時、僕らの背後にある草藪が揺れた。
なんだろうと思い、振り返る。
すると次の瞬間、サイのようなイノシシのような、金色の毛を持った生き物が飛び出してきた。
「うわぁ⁉」
僕たち三人は声を揃えて叫ぶ。どう見ても野生動物じゃない。この世界に生息するモンスターのようだ。
「な、なんでこんな奴が出てくるんだよ!?」
「ドラゴンがいるんだから、こんなのがいても不思議じゃないけど……二人とも、早く戻ろう! 手をつないで!」
日が沈む前に帰らないと危ない……そんなユーラの言葉を思い出しつつ、僕はライゼウォッチを起動させて、二人の手を取る。進んでいくカウントダウンが、やけに遅く感じた。
そして転移まであと少し……というところで、そのモンスターが動いた。
僕たちに向けて、鼻息荒く突進攻撃を仕掛けてくる。
しっかりと手を繋いでいたので避けることができず、僕たちは三人まとめて、川の中に吹き飛ばされてしまった。
その拍子に手を離してしまい、僕らは散り散りになりながら川の流れに揉まれる。
「航太!」
水の中でもがいていると、二人が僕を呼ぶ声がした。
「手! 手を伸ばして!」
必死に水の上に顔を出して叫ぶも、二人はとても手が届かない場所まで流されてしまっている。
なんとか近づこうとするうちに、僕の体は浮き上がり……光に飲まれた。
……そして気がつくと、僕は一人で自分の部屋に戻っていたのだった。
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