第2話『友人たちと異世界へ!?』


「……ねぇ、一緒に異世界に行こうよ!」


 翌日の放課後。昨日と同じ道を歩きながら、僕は晴海ちゃんと悠介にそう話を切り出す。


「……お前がその手の本が好きなのはよく知ってるよ。なんかおすすめの本でもあるのか?」


「前に航太から借りたメイプローネ物語は面白かったけど……」


 必死に興奮を抑えながら伝えるも、友人二人は戸惑いの表情を浮かべていた。


 おそらく、僕が何か面白い本でも見つけた……そんなふうに受け取っているのだろう。


「違うよ! 僕、昨日本当に異世界に行ってきたんだ! この道具で!」


 ポケットからライゼウォッチを取り出してみせるも、二人の表情は変わらなかった。


「……お前、夢でも見たんじゃないか?」


「もしかして、昨日のたんこぶが原因だったり……? お父さん帰ってきたら、一緒に病院に行ったほうが……」


「そんなんじゃないから! 本当だよ! その異世界で、こんな花も見つけたんだ!」


 挙げ句、そんなことを言い出す始末だった。僕は満を持して、鞄から例の花を取り出す。同時にラムネの香りが広がった。


「こんな香りがする花、見たことないよね?」


「確かに見たことないけど……その、異世界に、これが生えてたの?」


「そうだよ! 晴海ちゃんも実際に来たら驚くよ!」


 身振り手振りを交えて訴えるも、二人はなんとも言えない顔をしていた。


「……あほくさ。その道具、まんまグレープウォッチじゃん。その花もきっと改造品種されたんだろ」


 それを言うなら品種改良だよ……なんて声をかける間もなく、悠介は僕を追い越していく。


「……私は信じたいかなぁ」


 そんな悠介の背中をただ見つめていると、晴海ちゃんが呟いた。


「え、晴海、信じるのか?」


 その声が聞こえたのか、先をゆく悠介が振り返った。


「うん。だって航太、絶対に嘘はつかないもん。それにほら、なんか夢あるし」


 彼女はそう言って笑う。それこそ太陽に負けないくらい、眩しい笑顔だった。


「私も行ってみたいなー。異世界。航太、つれてってよ」


「う、うん! いいよ!」


 そうお願いされ、僕は元気に頷いたのだった。


「……それで結局、悠介も来たんだ」


「べ、別に異世界が気になったんじゃねーぞ。お前がモンスターに襲われそうになったら、守ってやろうかと……」


「素直じゃないなぁ。俺も連れて行ってください! 航太様……! って、頭下げて頼みなよ」


「ばっ……だから違うって!」


 家の鍵を開けていると、背後で二人のそんな会話が聞こえた。


 なんだかんだで悠介も興味があったらしく、僕としては嬉しくなった。


「あ、靴は持って入ってね」


「靴? なんで?」


「靴がないまま異世界に行ったら、全然動けないからさ」


 玄関先で声を揃えた二人に対し、僕はそう説明する。何を隠そう、昨日の実体験からだった。


 それに、彼らをうちに招き入れたのも理由がある。


 ライゼウォッチはいつでもどこでも使用できるけど、通学路の真ん中で使ったら誰が見ているかもわからない。僕らが目の前で急に消えたとなったら、大騒ぎになるかもしれないし。


 うちなら、お父さんも夜にならないと帰ってこない。誰かに見られる心配もないはずだ。


「……航太の部屋、相変わらずだねぇ」


「すげー本の数。地震来たら崩れそうだ」


「地震が来なくても崩れることはあるよ……それよりほら、ライゼウォッチを起動させるから、僕の手を握って」


 物珍しげに室内を見渡す二人にそう伝え、僕はライゼウォッチを操作する。


 やがて昨日と同じように体が浮き上がるような感覚があって、僕らの周囲が真っ白に染まった。


 左右を見てみると、晴海ちゃんも悠介も、目を見開いたまま固まっている。

昨日の僕と同じように、驚いているようだ。


 ……そうこうしていると視界が晴れ、重力が戻ってくる。


 そして次の瞬間には、昨日と同じ草原が目の前にあった。


「わひゃ!?」


「いって!?」


 いつしか手を離していた二人は着地と同時に盛大に尻餅をつく。


 一方の僕はこうなることは体験済みなので、華麗に着地してみせる。


 昨日転移した時と出現場所は全く同じだった。おそらくここがスタート地点に設定されているのだろう。


「……着いたよ。ここが異世界ライゼリオ。ボクの言ってたこと、嘘じゃなかったでしょ?」


 誇らしげにそう言うも、二人は空を見上げたまま、再び固まっていた。


 昨日のようにドラゴンが飛ぶことはないけれど、空に浮かぶ浮島はインパクト抜群。なにより、僕の部屋から突然大草原に放り出されたのだ。これで驚くなというほうが無理な話だ。


「すっげー……これ、仮想現実じゃないよな。風も感じるし、草の匂いもする」


「航太の言ってた花ってこれだね。うっわ、いっぱい咲いてる……」


 二人はそれぞれ違った反応を見せながら、草原へと分け入っていく。


 僕は昨日出会った女の子の姿を探してみるも、彼女は見つからなかった。


「あの浮島もすごいねー。カメラ持ってくればよかった」


 ラムネの花を手にした晴海ちゃんが、遥か頭上の浮島を見上げる。昨日はあそこに向かってドラゴンが飛んでいったという話をすると、より一層驚いていた。


「……なぁ、あそこにあるのって川か?」


 その時、悠介が草原の向こうを指差しながら言う。あそこは昨日、女の子が水汲みに向かっていた場所だ。


「そうみたいだよ。昨日水を汲んでる人がいたし、たぶん飲めるんじゃないかな」


「へぇ。ちょっと行ってみようぜ」


 目をキラキラさせながら、悠介は我先に走り出す。来る前は色々と言っていたけど、楽しんでいるみたいだ。


 しばらく草の中を進んでたどり着いたのは、広い河原だった。


 ごつごつとした小石が敷き詰められていて、その先に大きな川が見える。


「へー、めちゃくちゃきれいじゃん。魚もいるしさ」


 その川岸まで近づいて、悠介は嬉しそうに言う。


 ……そういえば、彼は魚釣りが好きだった。


 僕たちの街には大きな川があって、何年か前まではそこに三人で釣りに行ったこともあった。


 ある日突然釣りが禁止されてしまって、それっきりだけど。


 お父さんいわく、ルールを守れない大人がいる……ということだった。


「ここならキャンプもできそうだよねぇ。昔はよく悠介のお父さんに連れてきてもらったっけ」


 川辺を見渡しながら晴海ちゃんが言う。それを聞いた悠介の顔色が変わった。


「なぁ……航太、今の時間わかるか?」


「え? もうすぐ17時だけど」


 僕は右手に視線を送る。左手にはライゼウォッチをつけているので、時計は右手だ。


 昨日確かめたところ、元の世界と異世界の時間の流れる速度は同じだったので、この時計を見ていれば帰りが遅くなることもないのだ。


「やべっ……剣道の稽古の時間だ。早く戻らないと、親父に怒鳴られる」


「私も帰らないと……今度来る時は、お弁当持って来ようよ。お母さんに手伝ってもらって、二人の分も作るから」


 晴海ちゃんが笑顔でそう言う。彼女のお母さんは栄養士さんだから、料理がうまいんだ。


「その時は、この川で釣りもしよーぜ。釣り道具、持ってくるからさ」


 悠介も瞳を輝かせながらそれに続く。どうやら二人とも、異世界を気に入ってくれたようだった。


 その様子を見ながら、僕も大満足でライゼウォッチの転移ボタンを押したのだった。

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