異世界少年トラベラーズ!
川上 とむ
第1話『異世界へ行ける腕時計!?』
異世界っていいよね。
剣と魔法のファンタジー。それこそマンガやアニメみたいな世界が実際にあるとしたら、行ってみたいと思うよね?
僕もそうなんだ。もし、この空の向こうに、そんな夢のような世界が広がっているとしたら――。
「おーい、
「えっ? うそ、どこ!?」
親友の
「あいたっ!?」
……その直後、ボールが僕のおでこを直撃した。思わず頭を抑えている間に、ボールは点々と転がる。
「
センターを守っていた悠介が走ってきて、ボールを内野に投げ返す。
ずれたメガネを戻してその行く末を見ると、晴海ちゃんは颯爽とランニングホームランを決めていた。
……結局その一点が決勝点となって、試合には負けてしまった。
「はぁ……ひどいよ。晴海ちゃん」
「あれくらいのフライ、取らなきゃだよー? たんこぶ、大丈夫?」
「……まだ痛い。ハンカチ、ありがとう」
授業を終えて、僕は幼なじみの二人と一緒に下校していた。
夏休みも迫る7月中旬。14時という一番暑い時間帯ということもあって、晴海ちゃんが濡らしてくれたハンカチはすでに半分乾いてしまっている。
「晴海さ、それだけ野球うまいんだし、リトルリーグ入ればいいじゃん」
「やだよ。5年の女子、私だけだし。二人が入ってくれたら考えるけど」
「俺は剣道で忙しいし、航太は……なぁ?」
悠介が僕のたんこぶを見ながら、苦笑いを浮かべる。
彼の言いたいことはわかる。僕は運動神経がまるでないんだ。
「その代わり、航太は勉強できるからいいじゃない。はぁ、算数の宿題、めんどい……」
晴海ちゃんはうなだれる。同時に風が吹いて、彼女の薄茶色の髪をわずかに流した。
「勉強ができてもなんにもならないよ。スポーツ万能の二人のほうがクラスじゃ人気者だし」
「そんなことないと思うけどなー」
「そうだぜー。適所適材ってやつだ」
それを言うなら適材適所だよ……と心の中でツッコミを入れつつ、三人並んで住宅地を歩く。
僕たちは家が近所ということもあって、幼稚園の頃からいつも一緒だ。
昔は三人でよく遊んでいたけど、最近はなんとなく距離ができている気がする。
……まぁ、僕も本ばっかり読んでいるし、悠介も習い事が忙しい。
どうしても、一緒にいる時間は減ってしまっていた。
「ただいまー」
そんな二人と別れて、家に帰り着く。家の中は静かだった。
借りたハンカチを軽く洗って洗濯機へ放り込み、そのまま台所へ向かう。
するとそのテーブルに、お父さんからの手紙が置かれていた。
――航太へ。今日は大阪まで運ぶ荷物があるから遅くなる。晩飯は冷蔵庫に入っているから、温めて食べてくれ。
マジックで書かれた手紙に目を通してから、冷蔵庫を開ける。そこには大好物の唐揚げ弁当が入っていた。
僕のお父さんはトラック運転手で、仕事が忙しくなると数日家を空けることもある。お母さんはいないけど、晴海ちゃんのお母さんが時々様子を見に来てくれるし、特に寂しいと思ったことはない。
……それに、僕には本があるから。
自室の扉を開けると、そこには壁一面を埋め尽くす巨大な本棚があった。
辞典や小説もあるけど、そのほとんどがマンガだ。異世界とか、魔法とか、ファンタジー作品ばかりが並んでいる。
これは全部、仕事で家を空けている間、僕が寂しくないようにと、お父さんが買ってくれたもの。
理由はわからないけど、安直にゲームを買い与えないところがお父さんのポリシーらしい。
そのおかげで、僕はすっかり異世界ものにハマってしまっていた。
「今日はどれを読もうかな……ランハルド旅行記はこの間読んだし、少年ルッカの冒険でも……」
壁一面に並ぶ本を前に目移りしていると、インターホンが鳴った。誰だろう。
「こんにちはー! お届けものです!」
のぞき穴から見てみると、顔なじみの配達員さんだった。僕は安心してドアを開ける。
「やー、航太くん、いてくれて助かったよ! これ、君宛ての荷物だよ!」
配達員さんはそう言って、小さな箱を手渡してくれた。
中身はたぶん、本だと思う。
お父さんはよく、こうやって通販で本を買ってくれるから。その時は必ず、僕名義で荷物が届くんだ。
「どうも! ありがとうございましたー!」
ハンコを押して受領書を受け取ると、配達員さんは帰っていった。
それを見送って部屋に戻り、ワクワクしながら箱を開ける。今度は何の本を買ってくれたんだろう。
「……あれ?」
中に入っていたのは、本じゃなかった。一本の腕時計と、メモが一枚だけ。
「ライゼウォッチ取扱説明書……?」
そのメモに目を通すと、一番上にそう書かれていた。ライゼウォッチというのが、この腕時計の名前らしい。
「今こそ勇気をもって、異世界ライゼリオへ旅立とう! 世界間移動を実現する夢のアイテムがついに登場……これが?」
首を傾げながら、箱の中の腕時計を取り出す。
その見た目は最近流行の腕時計型デバイスに似ていて、時計盤があるはずの部分は液晶画面になっていた。
おそるおそる触れてみると、一瞬画面が青く光ったあと、すぐに起動した。
充電も何もしていないのに動くなんて思わなかった。
続いて『警告:使用時は腕に装着してください』と文字が表示される。
……正直、胡散臭いことこの上なかった。
それでも、世界間移動……という単語に胸が踊る。
この道具を使えば異世界に行けるかもしれない……そう考えると、試さずにはいられなかった。
僕はそのライゼウォッチを左腕に巻き、説明書を読みふける。
それによると、この腕時計は今いる世界と異世界を自由に行き来できるもので、手をつなぐことで最大三人まで、同時に世界間移動をすることができるらしい。
「怪しいけど……ちょっとやってみようかな」
意味もなく立ち上がって、周囲を見渡す。自分の部屋だし、誰に見られることもない。もし何も起こらなくても、恥ずかしいのは自分だけだ。
そう言い聞かせながら、ライゼウォッチを操作する。しばらくして、カウントダウンが始まった。
10から数字が減っていくにつれ、楽しみなような怖いような、なんともいえない感情が湧き上がってくる。
けれど、途中でカウントダウンを止めることはできないようだった。僕は覚悟を決め、目をつぶった。
……次の瞬間、エレベーターに乗った時のような、体が浮き上がるような感覚があった。
とっさに目を開くと、自分の部屋は消えてなくなり、周囲は白い光に包まれていた。
上も下もわからない状況になり、思わず手足をばたつかせるも、触れるものはなにもない。
……やがて光が弾けた時、急に重力が戻ってきて、僕は地面に投げ出された。
「あいたたた……」
背中の痛みに悶えながら目を開けると、そこには青空が広がっていた。同時に風が吹き、草の匂いが鼻をつく。
「……ここ、どこ?」
上半身を起こして周囲を見渡す。どう見ても自分の部屋じゃない。本当に異世界に来てしまったんだろうか。
そんなことを考えた直後、目の前の空を巨大なドラゴンが悠然と横切っていった。
つい二度見するも、間違いなくドラゴンだった。赤い翼を羽ばたかせて向かう先には、浮島のようなものが見える。
……反射的に頬をつねるも、痛い。夢じゃない。
それから足元に視線を落とすと、見たことのない花が咲いていた。摘み取ってみると、ラムネのような匂いがする。
「……キミ、どこから来たの?」
……その時、背後から人の声がした。
振り返ると、そこには一人の女の子が立っていた。
「え、晴海ちゃん?」
その顔に、僕は見覚えがあった。
服装こそ、ファンタジー世界にありがちなローブというか、民族衣装のようなものを着ているけど、その顔は僕の知る晴海ちゃんにそっくりだった。
「ハルミ……? 違うよ。わたしはユーラだよ」
すると、その子は困ったように首を傾げた。
そうだ。ここは異世界なのだから、晴海ちゃんがいるはずがない。今思えば、口調もまったく違う。
「ここは危ないから、日が沈む前に帰ったほうがいいよ。わたしも水汲みが終わったら帰るから」
「え? うん……ありがとう……」
ユーラと名乗った女の子はそう言うと、桶を手に走り去っていく。彼女の行く先には一本の川が見えた。
一瞬、手伝おうかとも考えたけど、部屋から直接移動してきた僕は靴を履いていなかった。これでは手伝えない。
……ところで異世界なのに、どうしてあの子の言葉がわかるんだろう。これもライゼウォッチの力なのかな。
そう思いながらライゼウォッチを見ると、画面が赤く光っている。部屋にいた時は青かったから、異世界にいる間は赤くなるみたいだ。
おもむろに画面に触れてみると、再びカウントダウンが始まった。
「……あれ? こっちから戻る時はワンタッチなの?」
危険な生き物と出会った場合に備えて、緊急脱出装置の意味もあるのかな……なんて考えている間にカウントダウンは進み、僕は再び光に包まれて、元の部屋に戻った。
……想像を絶する体験をして呆然とする僕の手には、さっき摘み取った花があった。匂いを嗅いでみると、変わらぬラムネの匂いがする。
「……すごい。この道具、本物だ!」
僕は本当に異世界に行ってきたんだ! 少しだけど、現地の人と話もしたし、ドラゴンだって見た! マンガやアニメの中、そのままだった!
今更ながら高揚感がやってきて、僕は部屋の中を駆け回る。調子に乗りすぎて机の角に足をぶつけてしまった。
「……そうだ。明日、晴海ちゃんや悠介も誘ってみよう。この道具、三人までなら一緒に異世界に行けるらしいし」
それで少しだけ冷静になって、そんなことを思いついた。
こんな特別な体験、一人だけで楽しむなんて、絶対もったいない。
異世界に行こうなんて言っても、すぐには信じてくれなさそうだけど、この花を証拠として見せればいい。植物は僕も色々知っているけど、こんな花は見たことも聞いたこともないし。
僕は手元の花を見ながら一人、満足顔をする。晩ごはんの唐揚げ弁当なんてどうでもよくなるくらい、明日が待ち遠しかった。
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