掌編:ドリップコーヒーは資本主義のまやかし


 床の上で目覚めると、すっかりと全身が凝り固まっていた。全然寝足りないが、すでに外は気分のいい青空らしかった。

 ぎくしゃくとしながらなんとか体を起こすと、こちらの気配を感じ取ったようで、こたつテーブルの反対側に寝ころんでいた彼もつられて目を覚ましたようだ。

 彼は頭をぼりぼりと書きむしながら上体を起こす。しゃがれた声を絞り出す。

「おっす……」

「おはよう。きょうはどうする?」

「……いったん家帰ってシャワー浴びてくっかな。もう、全身あぶらっこくなってるわ」

 彼は目元を覆うように手を当て、そのまま顔をごしごしぬぐった。しかしなかなか立ち上がる踏ん切りもつかないらしく、座り込んだままこたつテーブルにもたれかかり、だるそうにうなだれている。

「コーヒーでも飲むかい?」と、ぼく。「実家から、お歳暮のあまりをもらっていたんだ」

「一杯くれ……」

 彼はうなだれたままいった。

 テーブルの上にカップを並べて、電気ケトルでお湯を沸かして、コーヒーのパッケージを開いて……とやっていると、それまで静かにしていた彼は突然声を上げた。

「──ドリップコーヒーじゃないかっ」

「え? うん、そうだけど」

「おいおいおいおい」彼は抽出途中のカップに顔を寄せる。フィルターの上からをのぞき込んだり、滴り落ちるしずくを横から見たりした。

 そしておもむろに、こちらに向き直って言う。

「あのなあ……、人間の寿命には限りがあるんだからな。時間は有意義に使うべきだろ」

「はあ」

「俺に言わせれば、ドリップ式のコーヒーを淹れることは──蒸らして、待って、お湯を注いで、待って、お湯を注いで、待つ、なんてことは──人生において最も無駄な時間だな。恐ろしい虚無主義的時間だ」

「なんだいそりゃあ。きみはコーヒー党じゃなかったか」

「インスタントコーヒーでいいんだよ。お湯で溶かすだけで、明瞭だ。それに比べて、なんだこのドリップコーヒーというものは。原始人だってもっと効率的なやり方を知っていただろうよ……あるいは、これは、飲料産業による搾取の一形態に違いないな。つまりコーヒーの抽出に人生を費やさせることで、競合製品を買わせまいとしているんだ。いちどドリップコーヒーを淹れてしまうと、そいつはあとは自己洗脳するしかないんだからな。ドリップコーヒーが時間の無駄だという真実から目をそらし続ける羽目になり、そしてさらに時間を搾り取られる……なんて恐ろしい資本主義のまやかしなんだ……ぐぅ」

 彼はよく寝言のようなことをぶち上げるが、今のは本当に寝言だったらしい。

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U県国立大学男子学生の小事、あるいは、何事もなし プロ♡パラ @pro_para

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