U県国立大学男子学生の小事、あるいは、何事もなし

プロ♡パラ

掌編:逆宮沢賢治


「俺は宮沢賢治なんだ」と彼は言った。

 そうだろうか? あまりそういうイメージはないけど。ぼくの彼に対する印象で言えば、むしろ正反対ではなかろうか。そりゃあ、出身地は近いかもしれないけど、それくらいだ。

 彼の表情をまじまじと見るが……いつもの陰気な人嫌いで疑り深いような顔だった。真意がわからない。

「どういう意味?」

「宮沢賢治は信心深くて、慎み深くて、オナ禁を自らに課していたんだ。性欲が催してきたときは井戸の水を頭からかぶって自分を戒めたとも聞くな。だから、そう思ったんだ」

「きみはまったく逆じゃないか!」

 ぼくはあきれて、部屋のカレンダーの方を見た。彼が地元から持ってきたという、農協のデカくて無骨なポスターの今日までのマス目には、一日ごとに3つの丸が律儀に記入されている。今日のマス目にも、すでに朝の分と昼の分の2つの丸がある。(……なるほど、『マス』目に丸を『かく』、ね)

 やれやれ、と彼は息を吐いた。

「たしかに、表面的には真逆かもしれんけどな。それはアプローチが違うというだけで、つまり、理性や道徳を維持するために欲望を制御しているという点では同じなんだ。同じだから、俺にはそれが分かる。宮沢賢治の考えていたことに共感できるんだ」

 彼はこぶしをぎゅっと握って見せた。

「俺が毎日せっせとマスをかいているのはだな、好色だからじゃない。むしろ俺は、自分の性欲が嫌いだ! 自分が欲望に支配されるのが嫌だから、欲望を絞り出して、精神的に清らかになろうとしているんだ。わかるか? そう、宮沢賢治が頭から水を被るがごとく、俺はマスをかいているんだ」

「それはおかしな逆説だね。いまのきみの理屈で言うと、1日に3回マスをかく君よりも、1日に1回きっかりマスをかく世の中の大多数の男の方が性欲が強いということになるじゃないか」

「そうだ! まさしくそうだ!」彼は途端に嬉しそうに、こちらを指さした。「俺が言っていることが分かってるじゃないか。俺からすると、世の中の男っていうのはみんな欲求不満のチンポ野郎なわけだ。そりゃあ、女のために金銭とかプライドとか人生を浪費するし、逆に性犯罪で女を害したりするわけだよな。なにせあいつらときたら、常に性欲を抱えている状態で日常を送っているわけだから。これは恐ろしいことだぞ、大いなる世界の損失だ……言っておくがな」

「なに?」

「お前に対しても同じことを思っているからな。真人間でいたければ、せっせとマスをかけよな。俺はこれでも、お前を信用していたいんだ……そうだな、何か好みのDVDがあれば貸してやろう」

 彼は座椅子の側に積み上げたDVDの山から──中古ショップでディグった大量の中古品から──おすすめを見繕おうとした。

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