第9話 僕は僕
蒼と紅也は眠りの森にて、とある人物を待っていた。今回のイベントをクリアーするために必要不可欠な人材となる少女を。
「遅いわね」
「ネロさんにはこの時間で、と伝えたんですがね」
二人は大丈夫だろうかと心配していた矢先に、見慣れた姿を遠くから見えた。
「よーっす。待たせたな」
「遅いわ、ネロ」
ごめんよ、とネロは笑いながら答える。すると後ろにもう一人いることに蒼は気づいた。その姿はロズだった。
「なんでロズまで?」
「いやー、その辺にいたからついでにと」
「なんか冒険?するんでしょ?まあ無理矢理引っ張られたんだけども、せっかくだからと思って薬草を持ってきたから!」
ロズは持っていたカバンから大量の薬草を蒼達に見せた。これらは全て彼女の実家である花屋のものから少しもらってきたものだった。
「いいわ、一緒に行きましょうロズ」
「うん、よろしくね蒼ちゃん」
二人はにこにこと笑いながら、この先何があるかなとほのぼのとした会話が繰り広げられていた。ネロはそれを見て大丈夫か、と軽く心配しているが。
「それでは皆さん、これから森へ入ります。今回はいつもの眠りの森ではないことを事前に話させていただきますね」
紅也はこの眠りの森でとある人物を探し出す依頼調査を読み上げ、そしてこの森では人食いオオカミが存在するという旨も説明した。ネロはそれを聞いて、何故自分がここに呼ばれたのかを納得する。人食いオオカミから皆を守る役目を持つということで、ネロは持っている鍬を大きく振り回した。
「そりゃ楽しい楽しい依頼だな。最高じゃねえか!」
「そういうだろうと思いました」
たははと紅也は苦笑いしながら、ネロのやる気を見ていた。
「それじゃあ、皆。行くわよ」
各々返事をし、蒼達はいつもとは違う眠りの森へと入って行った。
森の中へ入ると、相変わらず濃い霧が視界を邪魔している。蒼達は互いに姿が見える距離を保ちながら、森の中を進んで行く。出てくるかもしれないと言われる人食いオオカミの気配は未だなく、順調に前を進んでいた。だがただ一人、異変を感じながら。
紅也は頭に謎の痛みを都度感じていた。これの原因はわかるのだが、今はその時でないと外側から入ろうとする「紅也」の存在を必死に追い出していた。
「……紅也。さっきからなんだか苦しそうな顔をしているけれど、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。そんなに気にしないでください」
蒼から見てもわかるということは表情に出ていたのだろう。紅也は痛みから逃れようと現実世界の紅也の意識をブロックしていた。
「(今は貴方と話すことはない。僕はただ、蒼さんを――)」
すると森の奥から、がさがさという音が聞こえた。ネロが咄嗟に前に出て、鍬を構える。
「蒼、紅也さん、ロズ!下がれ!!……多分あたしの獲物が来た」
その瞬間、木々の間から二頭のオオカミが蒼達の下へと勢いよく飛び込んできた。肉に飢えていると言わんばかりに唸りながら、ここにいる人間たちを食おうとしている。だがネロがそうさせまいと、持っている鍬を振り回し、間合いを取りながらオオカミたちへと踏み込んでいく。
初めて見るネロの戦う姿。それは美しくも荒々しい、華麗な戦い方だった。重いはずの鍬を軽々と振り回しながら、それをオオカミの頭へと打つ。まずは一匹仕留める。
「もういっちょ!」
人食いオオカミはネロの戦う姿を見て怖気ついたのか、後退してその場から去ろうとしていたが、それもまたネロの手によって仕留められた。
「これでいいか?」
ふう、と一息ついたネロ。三人はそれを見て、唖然としていた。この出来事があっと言う間に感じられていたからだ。
「ネロさん、すごいですね……」
「まあな。こいつら動き鈍くて逆に助かったわ」
「ネロってふざけてるかと思っていたけど、意外とやれる子なんだねえ」
ロズからの一言でネロは怒りだす。ふざけているとはなんだ、と叫びながら怒っているがロズは笑っている。
「それじゃあ先に進みましょう。だんだんと霧が薄くなってきたから、もしかしたら森の最奥に近づいているのかも」
森の最奥といえば、祭壇がある場所。その祭壇まで行けば、恐らくこのイベントの目的である謎の人物に遭遇できるだろう。だが紅也はそれまでに頭の中で戦っているものを始末しなければ、と考えていた。
だが紅也の抵抗は長く続くことはなかった。現実世界の紅也――もとい、緑都が作ったプロテクトを破壊するプログラムが作動し、紅也の意識は途端に離れる。次第に身体全体から力が抜かれて、そして自身の意識が遠くなる。
「紅也!?」
蒼の叫ぶ声も虚しく、紅也の耳に入ることはなかった。
白い空間が広がる。ここがAIアバターの僕が作りだした意識の風景なのだろう。そして目の前には僕――AIアバター「紅也」が不機嫌そうに僕を見ていた。
「どうして、ここへ」
「……君のことを疑いたくはなかった。でも、必要だと思ってここへ来たんだ」
僕が僕を睨んでいる。彼の心は、蒼さんと箱庭で一緒に暮らして成長したのだろう。そして僕と同じ気持ちを抱いてしまっている、蒼さんへの愛。AIアバターといえど、僕は僕なんだなと改めて知らされる。
「邪魔をしないで欲しい」
「それは君の事じゃないのか?君は蒼さんをあの箱庭と一緒に心中しようとしているだろう?」
図星だったのか、怒りに満ちた表情が僅かに歪んだ。ああ、やはりここへ来て正解だったと思った。このまま彼に任せていたら彼が蒼さんを殺していた。分身のような存在といえど、それは僕が殺したという事実は変わりはないのだから。
「僕はそんな結末を望まない。そんなことにはさせない」
「……蒼さんを現実に帰した先に、彼女の幸福はあるのか?」
低い声で分身の僕がそう言った。一番痛痛い所を衝かれた、と思ったがこの質問は僕にとって今ここで結論を出さなければならない答えだ。けれど答えはもう決めている。そのために僕は彼を説得するために来たのだから。
「彼女の幸福は彼女でしか決められないこと。でもそこに僕が傍にいて、彼女が笑ってもらえるような日常を手伝えるのであればと思っているよ。だから僕はもう、逃げないさ。何があっても僕は蒼さんとずっと一緒にいる。彼女が一人になろうとしても、反対する人がいても、僕は彼女を守る存在でありたい」
どうして、と苦しそうな声で『僕』がいう。彼は多分、感じたことのない感情に飲まれて処理しきれないのだろう。
「貴方が現実世界で蒼さんを苦しめて、そしてここへ来る原因を作ったのに!もう彼女を解放してもいいだろう!?彼女が幸せのまま、眠りにつくのも悪くないだろう!?」
彼の思いが一気に溢れ出ている。それはもう人と同じような感情が、彼の中であふれかえって最早止めることができない。だが彼の言うこともわからなくないのも事実だ。彼から定期的にもらう報告という名の、箱庭での記録。それは時々、彼視点から見る蒼さんの様子も書かれていることがあった。箱庭の中で彼女は今までになかったものを得た。自由に動ける身体、今までできなかったこと、そして友人。それは全て、箱庭世界だからこそ実現できたものだ。
「でもね、僕はその幸せなことを現実でも叶えさせたいんだ。……僕の願いとわがままかもしれない。それでも生きて欲しいんだ。生きてくれなければ、僕はずっと伝えたかった言葉も贈れない!彼女に伝えたかった言葉を――」
こんな意識の空間でも涙は出るものなんだな、と思った。僕はあの日からずっと、罪の意識に苛まれながら今日まで過ごしてきた。あの日、蒼さんにあんなことを言わないで、一緒にここから出ようと言えばよかったんだと後悔している。そうしていればこんなことにはならなかったはず、と。
「僕は、蒼さんに生きて欲しいと願っている。もっとそばで、蒼さんの幸せそうな姿を見守っていたかったから」
『僕』はぽつりぽつりと、願うように祈るようにその言葉を零していた。
「……考えは、君と一緒だったのかもしれない。何せ僕は『貴方』から生まれた存在だ」
目の前にいる『僕』は憑き物が落ちたかのような笑みを浮かべていた。
「だからこそ、ここから先は『貴方』が行くべきかもしれない、あの祭壇へ。そして空庭 藍一郎氏と思われる人物に会うのも」
その時『僕』が僕へと近づき、抱き寄せた。突然の事に僕は驚き、戸惑いを隠せなかった。
「な、何を……」
「これから僕の意識は消える。つまりAIアバターの紅也の意識は消えていくんだ」
どうして、と僕が問いかける。
「この先は貴方が蒼さんと箱庭にある祭壇へ辿りついて欲しい。そして藍一郎氏に会ってほしいんだ。……なんとなくそうじゃないとダメじゃないかと思ってね」
『僕』が光となって消えようとしている。消えないでくれ、というと『僕』はにっこりと微笑んだ。
「貴方と同じ願いを持つのであれば、僕の意思を引き継いでくれ。……箱庭の蒼さんを後は頼んだ」
待って、と言った瞬間に、僕の意識はそこでぷつりと途切れた。
第9話 END
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