ガチャの魔王

 数日後。朝のパトロールを終えてお昼ごはんを待っていると、僕は高山くんに呼び出された。


「なんてことしてくれたんだよ」


 何を言われているのか、最初わからなかった。


「俺が捨てたハズレ武器、村の連中に配っただろ」

「僕たち二人だけより、みんなで戦った方がいいと思うんだけど――」


 言い終わらないうちに突き飛ばされた。地面に転がった僕を、高山くんが冷たく見下ろしてくる。


「勇者は俺だけでいいんだよ。くだらねー大人どもと仲良しこよしなんて、するつもりねーから」


 村の大人たちは、ずいぶん戦えるようになった。僕たち子供より、体も大きくて力もあるから当然なんだけれど。

 武器は確かに弱いけど、その分、皆で連携して有利な場所に誘い込んだり、色々工夫してる。やっぱり大人は、たくさんのことを知っている。

 僕も大人と協力して、作戦を立てたりチームで戦ったりしている。それが、高山くんには面白くないんだろうか。

 高山くんはひとつ舌打ちをして、言った。


「魔王、俺が倒すしかねーな」


 雷神剣が、見せつけるように鞘から抜かれた。刀身の小さな稲妻が、パチパチと鋭い音を立てる。


「誰が一番強いのか、それではっきりすんだろ。戦いにもだいぶ慣れてきたしな……魔王だろうが負ける気がしねえ」


 その日の午後、高山くんはサルファ火山へ旅立っていった。






 一日経ち、三日が経ち、七日が経った。

 魔物がいなくなる気配はなかった。サルファ火山は相変わらず森の向こうで黒い煙を吹いていて、頂上は重苦しい雲に覆われている。

 高山くんはどうなったんだろう。魔王に負けちゃったんだろうか。負けたとしたら、酷い目に遭わされてないだろうか。パトロールで魔物に遭うたび、嫌な想像ばかり沸いてくる。

 十日目、僕は、サルファ火山に様子を見に行くことにした。村長さんたちに考えを伝えると、シンディがあわてた様子でやってきた。


「心配だよ。危ないことはしないでね、必ず帰ってきてね」


 ちょっと意外だった。シンディは高山くんのことが好きだから、そっちを心配してるかと思ってたのに。


「大丈夫、高山くんも必ず見つけてくるよ。シンディ、あの子のこと好きだもんね」


 言うとシンディは目を丸くした。


「え、なんで?」

「なんでって、最初に会った時、一目惚れしてたよね」

「えっと、確かに、最初はすごい勇者様だと思ってたけど――」


 そこで急に、シンディは僕の手を握った。


「――私、もうひとりの勇者様の方が好き」

「え!?」


 今度は僕が、驚く番だった。

 え、嬉しいけど、とっても嬉しいけど、どうして? いつから? なんで?


「あのとき……怪我してた私に、肩を貸してくれたでしょ」


 シンディの頬が、ほんのり赤く染まっている。


「私、優しい人が好きだよ」

「僕、武器も弱いし、あいつほど強くないよ?」

「関係ないよ」


 シンディは笑った。やわらかな金色の髪に、桜の色の頬。ぱっと花が咲いたみたいだ。


「父さんたちのことも、気にかけてくれて。すっごく嬉しかった。……すっごく、好き」


 頭がぼうっとして、何も考えられない。

 でも、僕は絶対帰ってこなきゃいけない――それだけは、はっきり、わかった。






 魔王の城に、護衛の魔物はいなかった。門も開け放たれていて、まるで、入ってこいと言わんばかりだ。罠の気もする。けど、いまさら引き返すわけにもいかない。

 一歩足を踏み入れて、僕は息が止まるほど驚いた。

 床一面に、キラキラ光る透明な結晶の山がある。壁にも天井にも、ぎっしり結晶が貼り付いて、まるでお城自体が結晶でできているみたいだ。


「これ全部、魔鉱石だ……」


 思わず声が出る。ここにある魔鉱石を全部使えば、いったい何百回……いや何千回、ガチャが引けるんだろう?

 溜息をつきながら、結晶の山の隙間を進む。すると奥に、真っ赤に燃える祭壇があった。中央には赤い宝石がはまっていて、鍛冶の神殿にあったものと見た目は全く同じだ。だったら、ここでもガチャが引けるんだろうか。

 唾を呑み込む。ここには魔鉱石があって、祭壇があって、だったら好きなだけガチャが――

 思いかけて、首を振る。

 だめだ。きっと罠だ。それに、僕は高山くんを探しに来たんだ。彼を見つけて、二人で一緒に帰らないといけない。でないとシンディが――


「どうした。引かんのか?」


 どこからか声がした。ロボットの合成音声みたいな、大人なのか子供なのか、男なのか女なのか、全然分からない声だった。

 突然、あっはっは、と別の高笑いが響いた。祭壇の向こう側に、いつのまにか黒づくめの人影が現れている。両手いっぱいに結晶を抱えて、祭壇に投げ込んでいるその顔は――


「高山くん!!」


 返事はなかった。黒いフードを被った高山くんは、目の下にくまを浮かべて、不気味に笑いながら結晶を放り込み続けている。

 ふと、脳裏にどこかの家の様子が浮かんだ。豪華なソファが並ぶリビングで、高山くんが大人二人に話しかけているところだった。


(ねえ、僕、学校で――)

(あとにしなさい。パパはお仕事で忙しいんだ)

(ごめんね、ママちょっと手が離せないの。お小遣いあげるから、ゲームでもしてなさいね)


 一万円札だけ握らせて、大人二人――たぶん高山くんのパパとママは、出ていってしまった。


「ガチャを、引くんだ……ガチャを引くんだ」


 目の前にいる黒づくめの高山くんは、うわごとのように同じ言葉を繰り返している。

 けど僕の頭の中には、高山くんの別の声も聞こえていた。


(どうだ。俺、すげーだろ)

(最新の武器、かっこいいだろ。一番つえーのは、俺なんだよ)

(わかったら褒めろよ。もっと、褒めてもいいんだぜ?)


 高山くんの声に被さるように、僕自身の声が聞こえる。


(ガチャを引かせてくれ。好きなだけ、引きまくらせてくれ)

(そのためなら、僕は――)


 ああ、確かに僕の声だ。

 勉強の成績も他の成績もぱっとしなくて、ゲームしか楽しいことがなくて、でもガチャが引けないから強くなれなくて。好きなだけガチャを引きたい、ってずっと願ってた。

 けど、ひょっとしたら……本当に欲しかったのは他の物かもしれない。僕も高山くんも。


(ああくそ、またハズレだ! 次、また引くぞ!)

(新武器、まだ来ねえよ。来るまで引く!)

(今回は出るまで止めねえぞ!)


 うるさいぐらいに、いろんな人の声が響いてくる。

 みんなが、ガチャを引きたいって願ってる。

 そして、引こうと思えば、いつでも引ける。


「さあ、引くがよい。異世界の勇者よ」


 ロボットみたいな声が、ささやく。

 僕は、ゆっくり祭壇に近づいて――声の聞こえる元、中央の赤い宝石めがけて、ロングソードを突き立てた。

 これで、いいんだ。

 僕にはわかる。ここに呼ばれた「勇者」は、僕も含めて皆、ガチャに取りつかれた人間だ。

「勇者」を引き寄せて、たくさんガチャを引かせて……無限のガチャ欲が、よくないものを生み出した。

 多分それが、「魔王」の正体なんだ。


 祭壇にひびが入って、砂みたいに崩れはじめた。

 ものすごい金切声が、上がる。

 高山くんは、動かない。


「高山くん!」


 呼ぶと、黒フードの下の目に光が戻った。


「お、俺……ここで何を」

「話は後だよ! 早く!!」


 城が大きく揺れる。魔鉱石の山の間を抜け、僕たちは出口へ急いだ。

 外の光が見えたのと同時に、床が大きく跳ねた。両側から、魔鉱石がなだれ落ちてきて――そこから先は、覚えていない。

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