大人と子供
チェスナット村は、森の中の静かな集落だった。
木の柵で囲まれたドーム球場くらいの土地に、小さな家々がひっそり寄り集まっている。屋根も壁も木を組んで作られていて、林間学校で泊まったログハウスみたいだ。シンディのお家は鍛冶屋さんで、村の一番奥に建っていた。僕と高山くんは、当分ここでお世話になることになった。
村で、僕たちは色々な話を聞いた。
平和だった森に、数年前から魔物が出るようになったこと。森の向こうの「サルファ火山」に魔王の城があって、魔物たちはそこから来ているらしいこと。違う世界から来た「勇者」が、鍛冶の神殿に時々現れること。何人もの勇者が魔王を倒しに行ったけれど、誰一人帰ってこないこと。
「ここに来られる勇者様は、皆、不思議な鉱石を持っています。鉱石を鍛冶の神殿に捧げると、強力な武器が生まれます……今度こそは魔王を倒せるのではと、毎回思ってしまうほどに。けれど誰も帰ってきません」
「そりゃ、武器が弱いかレベルが足りねーか、どっちかだろ」
説明してくれた鍛冶屋さん――シンディのお父さんに向かって、高山くんはつまらなそうに答えた。
「レベル?」
「本人の腕前だな。……俺はそんなヘマはしねーよ。いい武器も揃えてレベルもちゃんと上げて、しくじらないように魔王を倒してやる」
部屋の隅に座っていたシンディに向けて、高山くんはニヤリと笑った。
しばらくの間、僕と高山くんは村の警備をすることになった。
何もない時は村の周りをパトロール。誰かが外に出るときは護衛。そうしてると時々魔物が出るから、やっつける。
続けるうち、気になったことがあった。大人が誰も、僕たちみたいな警備の仕事をしていない。村の入口には門番さんがいるけど、出入りする人の顔を確認するだけだ。すぐ近くで魔物が出ても、僕たちに任せきり。
どうしてなのか訊いてみた。
「武器がないんだよ」
門番さんは首を振りながら答えた。
「魔物は普通の鉄じゃ倒せない。勇者様が神殿で生み出した武器でなければ、傷つけることもできないんだ。だから残念だけど、勇者様に倒してもらうしかない。外の人に任せきりなのは、とても心苦しいんだけどね」
言われて、神殿の様子を思い出す。
高山くんがガチャを引いた時、
あと、高山くんは今も時々ガチャを引きに行っているみたいだ。相談すれば、いらないのを譲ってもらえるかもしれない。
「武器さえあれば戦えるんですか?」
「そうだね。でもどこにもないだろう?」
僕は力いっぱい、首を横に振った。
「心当たりあるんで、ちょっと持ってきますね。みんなで戦った方が、きっと強いですよ!」
僕は門番さんへガッツポーズを作った。
半日後。
村の入口には、僕が神殿から持ってきた武器が山になっていた。神殿に捨てられた銅や銀の玉は前より増えていて、全部運んできたらすごい量になった。ショートソード、ダガー、野太刀……どれも、ゲームじゃ誰も使ってないクズ武器だ。そのひとつひとつを、村の大人たちが手に取っていく。
「勇者様の物ほど、立派ではないのだな」
首を傾げる村の大人に、僕は力強く言った。
「でも、間違いなく神殿製のものですよ。弱い魔物なら、たぶんなんとかなります。僕のこれだって――」
使い込んでボロボロになったロングソードを、僕は掲げた。
「――高山くんのほど立派じゃないですけど、使えてますし」
「なるほどな」
大人たちが納得したように頷く。
不意に遠くから、耳障りな雄叫びが聞こえてきた。村の入口にゴブリンが出たらしい。
条件反射で駆け出すと、鍛冶屋さん――シンディのお父さんがついてきてくれた。手には
「やあぁぁあぁッッ!」
気迫いっぱいに鍛冶屋さんが槍を振るうと、突かれたゴブリンは黒い霧になって消えた。僕たちが魔物を倒す時と同じだ。
「これ、は」
目を見張る鍛冶屋さんを尻目に、僕は残りのゴブリンをやっつけていく。全部が霧になって消えると同時に、鍛冶屋さんは地面にへたり込んだ。
「これで……娘を守れる」
シンディと同じ青い目に、涙が浮かんでいた。
「勇者が来るたび期待し……見送っては失望し。力になれぬ自分の、ふがいなさを呪ってきたが……」
ごつごつした手が、クズ武器の槍を愛おしそうに撫でる。何度も何度も、頷きながら。
「守ってやれるのだな。これからは……私の手で」
シンディのお父さん、優しいなあ……と思いかけて、ふと、ママのことを思い出した。
勉強しなさい、授業をちゃんと聞きなさい、宿題を出しなさい、ってお小言ばっかりだったママ。平日はお仕事ばっかりで、休みの日は寝てばっかりのパパ。今、どうしてるんだろうか。ここで剣を持って戦ってます、って言ったら、どんな顔するだろうか。
今、みんなを放っておいて帰るわけにはいかない。けど何か、連絡を取る方法はないんだろうか――そんなことを、思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます