村娘と魔物

 神殿を出てすぐ、女の子の悲鳴が聞こえた。助けて、って叫んでる。

 足に震えが走った。けど、ここは「ランド・オブ・デスティニー」っぽい世界だ。女の子が目の前でピンチなのに、逃げたりするゲームの主人公はいない。大丈夫、今の僕は武器ロングソードだって持ってるんだから。

 声のする方へ駆けていくと、道の真ん中で金髪の女の子が、ゲームそのままのゴブリンに囲まれていた。最初の方しか出てこない雑魚中の雑魚だ、なんとかなるはず。


「その子を放せ!」


 ロングソードを振り上げて叫ぶと、ゴブリンたちは飛び上がって逃げていった。戦いにもならなかった。少しほっとする。

 ひとり残された女の子が、やわらかい金色の巻毛を揺らしながら、僕へ頭を下げてくれる。吸い込まれそうな青い目から、涙が一筋こぼれた。


「ありがとう、ございます……」


 心臓がどきりと鳴った。すごく可愛い。

 女の子は、右足に怪我をしていた。手当しなきゃ、と思ったけど、どうすればいいかわからない。ここが校庭なら、傷口を水洗いしてから保健室へ連れて行くけれど……周りは森ばかりで、保健室どころか人の家も見えない。

 とりあえず、女の子へ話しかけてみる。


「お家、どこ?」

「チェスナット村です……緑葉みどりばのシンディって言えば、みんな分かると思います」


 村も女の子も、ゲームでは聞いたことがない名前だ。この世界、全部がゲームそのままじゃないのかもしれない。


「僕は平坂勇司ひらさかゆうじ。それじゃあ、村へ帰ろ――」


 言いかけた僕の声を、濁った叫び声がかき消した。

 道の向こうに、ゴブリンの群れが現れていた。数はさっきの二倍くらい、しかも、雑魚ゴブリンより一回り大きな隊長ゴブリンが数匹混ざってる。仲間を呼んできたのか。

 今、シンディは動けない。僕が戦うしかない。


「やああぁあぁぁぁっっ!!」


 叫んで、ロングソードで斬り込んでいく。剣で戦ったことなんてないはずなんだけど、体の動かし方はなぜかわかった。

 小さいのを一匹、やっつけた。浮足立ったもう一匹も、倒した。

 僕、強いかも――と思った瞬間、何かがぶつかってきた。大きく、跳ね飛ばされた。

 転んだ僕を、大きなゴブリンが見下ろす。振りかぶった、大きな棍棒。

 とっさに横に転がる。棍棒が、強く地面を叩いた。

 このままじゃ、やられる。

 起き上がろうとすると、別の方向から棍棒が振り下ろされた。

 ギリギリ避けた。けど、二匹に一度に狙われて、起き上がる隙が作れない。

 ダメかも、しれない――

 思いかけた瞬間、目の前を稲妻が走った。ゆっくりと倒れる隊長ゴブリンの後ろに、寝癖頭と学ランが見えた。手には雷神剣。


「高山くん……!?」


 またたく間に全ゴブリンを蹴散らし、高山くんは、つまらなそうに僕を見下ろした。


「この程度の雑魚に苦戦してんのかよ。つまんねー奴だな」

「あ……ありがとう、ございます」


 シンディの声。振り向くと、色白の頬が赤く染まっていた。青い目は潤んでいる。こういうのが「恋する乙女」の顔なんだろう。

 そうだよね。女の子も、強い男が好きなんだよね。


「もしよろしければ、チェスナット村に来ていただけませんか。助けてくださったお礼、したいんです」

「……くれるってんなら、もらってやる」


 高山くんの方も、顔がちょっと赤い。一目惚れの両想い、成立しちゃったみたいだ。

 悔しい。すごく悔しい。シンディに会ったのも、助けてあげたのも、僕の方が先なのに。

 高山くんは顔を赤くしたまま、ひとりで森の道の奥へ走っていってしまった。残されたシンディも、赤い顔でうっとり微笑みながら、その後ろ姿をずっと目で追っている。

 お呼びでないとは思いつつも、僕はシンディに声をかけた。


「足、大丈夫? 立てる? よかったら肩貸すよ」


 シンディの表情が、すうっと現実に戻ってくる。


「ありがとう。お願いしていいかな」


 シンディの重みが、左の肩に乗る。手を回して支えてあげつつ、僕はいたたまれない気持ちで、高山くんの後を追った。

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