魔鉱石と学ラン少年

 気がつくと、僕は固い石畳に倒れていた。

 お寺か神社の参道みたいで、横になってると体が痛い。起き上がると周りは薄暗い森で、石の道だけが前後に伸びている。前方に、ものすごく見覚えのある建物があった。


「あれ、ランド・オブ・デスティニーの神殿……?」


 黒い壁に鉄の扉、描き込まれた紋章、ひび割れや土汚れの付き具合まで、なにもかもゲームに出てくる「鍛冶の神殿」そっくりだ。画面から抜け出してきたみたいに。

 ゲーム通りなら、神殿には「鍛冶の祭壇」がある。赤く燃える祭壇に魔鉱石を入れて、武器を生成する――つまりガチャを引く場所だ。

 よその建物には勝手に入っちゃいけない。けど中は確かめたい。

 重々しい鉄の扉をそっと押すと、意外にすんなり隙間が開いた。中には思った通り、赤い炎が燃える祭壇があった。ガチャ画面そのままの見た目だ。


(ガチャはできるのかな)


 ランド・オブ・デスティニーのプレイヤーならみんな思うはずのことを、僕も考えた。

 やっぱりゲームと一緒で、魔鉱石が要るのかな。要るなら、どうやって集めればいいのかな……なんて考える僕と、よその家や建物を勝手に覗いちゃだめだぞ……と止める僕。ふたりが頭の中で喧嘩を始めた。決着がつく気配はない。頭の中がぐるぐるのまま、僕は動けない。

 すると突然、誰かに肩を掴まれた。


(しまった、きっとここの家の人だ。謝らないと――)


 振り向こうとした。けどその前に、掴まれた肩を突き飛ばされた。

 石畳にしりもちをつく。倒れた僕の目の前を、誰かが通り過ぎた。

 僕くらいの歳の男の子だった。服も学ランだ。寝癖感のある頭は黒髪で、肌色も標準的日本人って感じだ。ゲームの登場人物には見えない。手には大きな布袋を持っている。

 学ランの子は扉を軽々と押し開け、すたすた中へ入ってしまった。やっぱりここの子なんだろうか。

 扉は、中を見せつけるかのように開いたままだ。これなら見えちゃうね、見ちゃっても大丈夫だよね……と自分に言い訳して、覗く。

 燃える祭壇の前に、学ランの黒い背中があった。床に置かれた袋から、キラキラ光る結晶が取り出されてくる。魔鉱石だ!

 透き通った石が、次々祭壇に投げ込まれる。目を離せずにいると、やがて祭壇が白く光りはじめた。虹色の玉が、空中に十個現れる。


「すごい……本当にガチャだ」


 玉が次々変色する。銅、銅、銀色、銅……全部で、銅が七個と銀が三個。並んだ玉を、学ランの子は祭壇の脇へ次々投げ捨てた。ちょっと、もったいない気がする。

 僕の目の前で、学ランの子はどんどん「ガチャを引いて」いった。でもなかなか金色は出ない。

 玉が黄金に輝いたのは六回目だった。学ランの子が玉を手に取ると、表面が卵の殻みたいに剥け、輝く稲妻をまとった剣が出てきた。


「雷神剣だ……」


 僕がつぶやいたのと同時に、学ランの子が振り向いた。


「引けよ」


 見てたの、バレてるみたいだ。答えに困って黙っていると、学ランの子は首を傾げた。

 切れ長の目と高くはない鼻。顔立ちも日本人ぽくて、ゲームのキャラには見えない。


「ガチャ、引きに来たんだろ。俺は終わった、あとは好きにしろ」

「えっと、あの……君は」


 どう呼びかけていいかわからないでいると、細めた目でにらまれた。


「俺は、高山満流たかやまみつるだ。『君』じゃない」

「そ、それじゃあ高山くん。ちょっと訊きたいんだけど――」


 何から訊くか迷ったけど、まずは一番気になることから。


「――ここ、どこ?」

「知らねーよ」


 まさかの即答だった。


「知らないのに、ずいぶん落ち着いてるんだね」

「あわてたところで、状況が変わりゃしねーだろ」


 呆れたような、けど落ち着いた口ぶりに、大物感が漂ってる。


「ここ『ランド・オブ・デスティニー』の世界に似てるよね? ゲームの中なのかな?」

「だから知らねーって。似たようなことばかり訊くんじゃねーよ」

「知らないのに、ガチャは引いてるんだね……」

「まあな。もしここが『ランド・オブ・デスティニー』の世界だったら、強力な武器があれば有利だろ」


 高山くんは手持ちの袋を掲げた。来た時からはだいぶ減った中身が、ざらりと音を立てた。


「で、おまえは引かねーの? ガチャ」

「僕は平坂勇司ひらさかゆうじだよ……『おまえ』じゃなくて。魔鉱石があれば引きたいけど、高山くんの石、どこで手に入れたの?」

「知らねーよ」


 また即答。

 でもどういうこと? 今もたくさん持ってるのに?


「じゃあ、袋の中のそれは何?」

「気がついたら持ってた。中身を確かめたら、ゲームで持ってたのと同じ数だけ入ってた」


 え、待って。

 高山くん、さっき6回も十連ガチャ引いたよね。十連ガチャ1回には3000円分の魔鉱石が必要。それだけ使って、まだ余ってるの!?


「高山くん、ひょっとしてものすごいお金持ち?」

「親父が不動産と株やってるからな。言えば、金は好きなだけ出してくれる」


 えええ、と声が出る。やっぱりこの子、とんでもないお金持ちだった。


「すごいね……そんなお金、僕にはないよ。ゲームでもここでも、余分な魔鉱石なんて持ってない」

「じゃ、しょうがねーな」


 冷たく言い放つと、高山くんはすたすたと歩き始めてしまった。神殿の出口へ向かう背中へ、あわてて声をかける。


「待って、高山くん!」

「なんだよ」


 足は止めてくれた。けど振り向いてはくれない。


「もっと色々、話を聞きたいんだけど」

「俺は何も知らねーよ。その辺の村へでも行けよ」

「じ、じゃあ、一緒に戦わない? 一人より二人の方が――」

「ガチャも引けねーような奴と組んでも、しょうがねーよ」


 心臓がきゅっと冷える。それを言われると、どうしようもない。

 僕は何も言えないまま、神殿を出ていく高山くんを見送るしかできなかった。


「これから……どうすればいいのかな」


 ひとりごとが漏れる。

 ふと見ると、神殿の隅に玉がいくつも転がっている。銀や銅の玉は、ガチャを引いた高山くんが投げ捨てていったものだ。

 銀の玉をひとつ拾うと、表面が卵の殻みたいに剥けて、中から飾り気のない長剣が一本出てきた。

 ロングソードだ。あまり強くはない、ゲームじゃ誰も使ってない武器だ。でも何もないよりはましだ。

 僕はロングソードだけを持って、神殿を後にした。

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