魔法少女になった幼馴染に恋をする。

遠山きつね

第一話 あの光 曇り空わって

古家蒼助(ふるや そうすけ)は退屈であった。

裕福な家庭に生まれ、容姿も成績も運動能力も人並み以上であるにも関わらず決して満たされることはなかった。退屈に時間を消費し人生というものに絶望していた。


中学3年に進級した彼であったが、最上学年になったからといって何一つ人生が変わる事はないと知っていた。

彼が今授業をサボり屋上から眺めているこの空のようにゆっくりと雲は流れ、突然の雨が降らないことをわかっているように。


「後1時間もすれば下校時間か…。」


屋上のベンチをベッド代わりに横たわった彼は陽の光と昼食の満腹感で心地よい睡魔に襲われ瞼を落とした。


「ちょっと!蒼助君!いつまで寝てるの!」


喧しい声に蒼助は飛び起きる。


「ちょっ!びっくりすんだろ真歩!」


癖毛のボブヘアーの少女が蒼助の額にデコピンを浴びせたのである。

蒼助の幼馴染の新宮真歩(にいみや まほ)


「もうこんな時間だよ!」


「今何時?」


真歩はやれやれとした表情で時刻を伝える。


「もう16時だよ。」


「じゃあ帰るか。」


蒼助は自身の長い髪を縛っているゴムが緩んでいる事に気づき縛り直すと自然と目が冴えてくる。


「うん!」


真歩の屈託のない笑顔の返事に合わせるように腰を上げ下駄箱へと向かった。


幼馴染の2人は初等部からよくふたりで下校していた。そんなふたりはかつてよりよく寄り道をする場所がある。


それがこの寂れた蛇蛇山神社(いいやまじんじゃ)であった。

鳥居をくぐり神社の奥へと進むと街が一望できた。

そこの場所はふたりの隠れ家であり、下校する時は立ち寄って暇つぶしに駄弁っていた。


「どうして授業出ないの?」


「退屈だから。」


「でも学校にはちゃんと来るよね?」


真歩のからかった笑顔に少し苛立ちを覚える。


「うるせえよ!」


「いつも退屈とか言いながら、ちゃんと学校くる蒼助君は根は真面目だよねー。」


「違えよ!俺は不良だ!学校に来て授業サボる方が不良っぽいだろ!」


蒼助は不良に憧れていた。誰からも縛られず毎日を自由気ままに、非日常のような毎日を送っている彼らを。

しかし、小中高一貫の私立の学校に通う彼は根っからのお坊ちゃんのため、不良という物を漫画の世界でしか知らなかった。


「蒼助君は根は優しいから喧嘩なんかできないでしょ!不良って言ったら喧嘩だよ!タイマンだよー!」


「は?余裕だわ!俺運動神経いいし、背も高いからな。」


彼女との掛け合いは居心地がよかった。お互いをよく理解し合っているためか、間やタイミングが気持ちいい位に合う。


「もうすぐ中間だし勉強はしなよー。」


「わかってるよ!」


お節介の幼馴染とのたわいの無い会話は、退屈な日常に少なからず楽しさを与えていた。


そんな時間もあっという間に過ぎ、赤く染まった空も黒味を帯びだした。


「蒼助君そろそろ帰る?」


「そうだな。」


蒼助は名残惜しそうに返事をして、夕陽もまた名残惜しそうに沈み始め、蒼助は思う。

「逢魔時か、黄昏の時はあっという間だな。」


この時間の空を見ると蒼助は憂鬱になる。

何もなさず、何も起きない毎日を過ごしながらも、時はしっかりと動いていると実感するからだ。


ふたりが歩いて鳥居を通ろうとした時、突然背筋が凍るような寒気がした。それと同時に木々を騒めかせるような風が吹く。

蒼助は気味が悪いと思いながら真歩の方に目線を送ると、真歩は鳥居を見上げていた。

その表情は強張ったまま固まっている。


「おい!真歩どうした!?」


蒼助も思わず鳥居を見上げる。

すると鳥居に巻き付くように一匹の巨大な白い蛇がこちらを見ている。

その赤い目と目が合うと体が固まって、声も出せない。


「やばいどうする!?」


蒼助は恐れた。自分にこんな感情があったのかと思わせるほどの焦り、恐怖が心を支配した。

そして、死を覚悟する。この絶望的な化け物の前でそれ以外の選択肢はなかった。

しかし、蛇はこちらを眺めるだけで一向に動こうとしない。

目を離すことのできない蒼助は蛇の口が開いたことを確認し、喰われると覚悟したが、蒼助の予想とは裏腹にこの蛇は流暢に喋り出した。


「おっと、すまない。驚かせてしまったな。」


その声は男とも女とも取れない中性的な声であった。

その声を聞くと自然と焦りや恐怖といった感情が消えていき、心が安らぐようになっていった。


「今ちょっとした術を使ってお前達を落ち着かせた。どうだ、喋れるだろ?」


「お、おう。喋れる。お前は一体なんなんだ?」


蒼助はこの状況を普通に受け入れられていることに驚きはしなかった。それはこの蛇の術のおかげなのだろうか、気にすることもなかった。


そして、蒼助の声に真歩も続ける。


「アナコンダさん、ですか?」


「誰がアナコンダじゃ!」


「ご、ごめんなさい。」


真歩が語気を強めた蛇に謝る。


真歩もこの蛇に対してそこまで動揺しているようには見えいない。蒼助はやはり術とやらで心が落ち着いてるのだと納得するが、そもそも真歩は昔から肝が据わっていたし、この程度の非日常は大丈夫かと思う。


「私はお前らが神と呼ぶ存在。この神社に祀られる神じゃ。」


神であろうと蒼助はもう驚かなかった。


「で、神様がなんのようだ?」


「ちょっとお願いしたいことがあってだな。」


蒼助は即答した。


「ヤダね!」


しかし、真歩の答えは違うようだ。


「蒼助君さすがに話だけでも聞いてあげようよ。」


真歩はこの神のお願いとやらを聞いた。


「実はな、お前らに私を手伝って欲しいのだ。我々神は人々の願いがあるから存在しておる。しかし、この神社を見てわかるように人なんて来やしない。」


蒼助は思う。「確かにこの神社に来てるの俺ら以外見たことないもんな。それに人気な神社なんて他にいっぱいあるし、わざわざこんな神社来ないよな。」


真歩は神に尋ねる。


「このままではあなたは消えて死んでしまうの?」


神は少し悩んで答える。


「おそらく。しかし、それがいつなのかわからない。ただ最近私の持つ力が減っているのがわかる。それにワシも祀られているこの神社を離れることができないから、自分ではどうしようもないのじゃ。」


この国の八百万の神という神道の考えは、数多の神を産み人々は信仰した。しかし、現代では人々は神に祈る事も願う事もなくなり神社だけが残った。そのようなことをしたいと思う人々も有名な神社に足を運ぶ。となるとこの蛇蛇山神社のような寂れた神社を訪れる者もいなくなる。

そのように理解した蒼助は呟く。


「神の懐事情も色々大変みたいだな。」


真歩は察しが悪いようであった。


「どういうこと太郎君?」


「神も仕事しないと食っていけないんだよ。で、この神社に客がいないから力が落ちて死んでしまうかもってこと。」


「じゃあ仕事をお手伝いすればあなたは助かるの?」


神は理解してもらい少し嬉しそうに頷く。


「そうじゃ。だから人助けならぬ神助けしてもらえんか?」


蒼助はまたしても即答する。


「ヤダね!」


しかし、真歩は違った。


「私にできることがあるなら助けたい。」


「ちょっ!お前!」


蒼助は真歩を説得しようとするが遅かった。


「少女よ。感謝するぞ。今からお前にこの杖を授ける。この杖を使い多くの人の願いを叶え、人々を幸せにしてくれ。」


真歩の前に光り輝く一本の杖が現れる。赤く塗られた木製の杖を手に取ると光は消えた。


「真歩!お前何やってんだよ!こんな事手伝うなんて!」


「蒼助君は黙ってよ!私がやるって決めたんだから!蒼助君には関係ないでしょ!…ここは大切な場所だから私も守りたいって思ったの。」


蒼助は真剣な表情の真歩の姿を最後に見たのはいつだろうか。「本気なんだな。」と思った蒼助は声をあげる。


「おい!アナコンダ!もし手伝ったら何をくれる?まさかタダ働きさせる気じゃないよな。」


「対価か?少女には渡したぞ。杖を。お前はやらないのだろう?」


「しょうがねぇから俺も手伝ってやる!俺にも杖をよこせ!」


「あいにく杖はもうない。それにお前にはお前の望んでいる対価を払ったようなものだ。」


何も貰っていない蒼助は馬鹿にしてるのかと問い詰める。


「払ったようなものってどういう事だよ!」


少しの間を置いて神は答える。


「お前への対価は"面倒ごと"だ。」


「は?」


「ずっと望んでいたではないか。退屈ではない日々を。この少女のサポートをして、人々を幸福にする日々を楽しみたまえ。」


真歩は蒼助が怒ると思い、蒼助の体を抑えてなだめる。


「そ、蒼助君。がんばろー…ね?」


しかし蒼助は神の身勝手な条件に反発しなかった。


「確かにそれを望んでたのは事実だ。」


「そうじゃろ。まあやめたきゃやめれば良い。」


「お嬢さんも辞めたくなったら杖を返しに来い。しかし、その杖を持っている間は神様の仕事を代行してもらう。」


「私たちは具体的にどうすればいいの?」


「その杖を使って人を幸せにすれば良いだけだ。」


蒼助が口を挟む。


「簡単そうに言うけどな。その杖はどんなことができるんだ?」


「確かに!この杖どうやって使うの?」


ふたりの期待を裏切るように神はとんでもないことを口にする。


「今のその杖はほとんど何もできない。」


「「え?」」


ふたりはずっこけるようなリアクションをする。


「"今は"と言ったじゃろ。今からその杖の使い方を説明する。」


「その杖は暇な私が丹精込めて作った傑作での。少々凝って作ってしまったせいか、使う上で色々ルールがあるんじゃ。」


呆れたような顔をする蒼助が文句を垂れる。


「本当にどうにかしたいなら最初っからチート能力を与えてくれよな。」


「まあ、そう言うな。そんなものお前が一番嫌う退屈ではないか。」


神は杖の説明を始める。


「簡単に説明すると人を幸せにすると、その幸せ度に応じたポイントが杖に入る。そのポイントを杖に宿る力と交換するんじゃ!」


蒼助は既視感のある説明に反応する。


「まるでRPGの武器みたいだな。」


「娘よ杖の持ち手にある鳥居のエンブレムに触れてみろ。」


真歩は言われたようにしてみる。

すると杖から小さなスマートホンの画面のようなものが現れる。


「す、すごい!」


蒼助もその画面を確認する。

幸せポイントと書かれた項目には20ポイントと書かれている。


「そのポイントはサービスだ!そのポイントで好きな能力と交換して使ってみろ!」


神に言われた通りに真歩は何か能力を交換してみることにした。


「この…"杖を光らせる"は2ポイントね。蒼助君使ってみるね。」


"杖を光らせる"の項目をタッチすると杖が眩い光を放った。その白い光は決して鬱陶しさを感じず、どこか気持ちの落ち着くような優しい光であった。

神々しく輝く杖を驚いた表情で眺める真歩は蒼助に目線を移しながら笑いかけた。


「蒼助君すごいね。私こんなに綺麗な光見たことないよ。」


蒼助は光の中で笑いかける真歩を見て、心の昂りを感じた。曇った心を晴らす光。冷めた心を温める光。幼馴染の彼女へ一度たりとも感じたことのない感情。普通の人であればきっとこの感情は"恋だ"と理解できるだろう。しかし、蒼助はその気持ちの呼び名をまだ知らなかった。

その代わりに蒼助が真歩に対して思ったことがある。それは「なんて天使なんだ。」

蒼助の思わず口に出た言葉に真歩は笑う。


しかし蒼助は頬を赤く染めながら魔法少女となった幼馴染に見惚れていた。


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魔法少女になった幼馴染に恋をする。 遠山きつね @toyamakitsune

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