第25話 異変
1限目から色々あって疲れてしまったが、次はアヤ先生の数学の時間だ。誰よりも緊張しやすい性格なのでどうにも気がかりでならなかった。
「ほ、本日からこ、この私、月城彩が数学を担当する運びとなりました。な、何卒よろしくお願いします」
案の定アヤ先生の口調は強張り、呼吸が少し乱れていた。しかしクラスメイト達は既に事情を察していて、あちこちからアヤ先生を励ます声が届いた。
「み、皆さん、応援していただいてありがとうございます。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
もはや自分が全てサポートしなくても、クラスの支えがあればアヤ先生は大丈夫だろう。それは喜ばしいのだが同時に寂しさもあった。これは親心だと呼ぶべきなのだろうか。
「き、今日は平方根の授業をしたいと思います。2乗する前の数を平方根といいます。例えば36の平方根は±6になります。へ、平方根にはプラスとマイナスの2つあるのに注意して下さい。では問題を出しますね」
黒板には、4、9、16、25、36、49、64、81、100、121、144、169の数字が書かれていた。今日は感が冴えているのか2から13まで順番に並んでいると分かった。肩慣らしに良い問題だった。
「答え合わせです。±2〜13が答えになります。この時、プラスマイナスを忘れない事と、100、121、144、169は良く使うので暗記すると便利ですよ」
アヤ先生は簡単な補足を付け加えて次の問題へと移った。
「ではルートについて考えたいと思います。た、例えば7の平方根を答えなさいと言われたら±2.64575131106459と永遠に数字を唱えないといけません。そこでルートを使います。ルートを使うと7の平方根は±√7と表せます。それとルートには2乗されると外へ出る性質があります。√20=2√5となります。これは前に習った素因数分解を使うとイメージしやすいです。く、口で説明するより、まずは問題を解いて見ましょうか、ひゃ!」
ふとした段差につまづいてバランスを崩してしまうも転ばずに立ち上がれた。
「ごめんなさい、足がもつれてしまいました。私も気をつけないといけませんね。」
ヒヤッとしたが、それ以降は特にトラブルもなく授業は進んでいく。ルートを使う四則計算を習った所で練習問題の個人ワークに移った。アヤ先生は忙しそうに教室内を駆け回り、生徒たちのサポートや指導に努めていた。自分はそんなアヤ先生の足を引っ張りたくないので一心に問題と向き合っていた。唐突に大きな物音がガタンと響いた。音の方角を見るとアヤ先生が倒れ込んでいた。その瞬間、一目散にアヤ先生の元へ駆け寄って彼女の無事を確かめた。
「アヤ先生、大丈夫ですか?!」
「ん、ん・・・」
よかった、まだ意識はあるようだ。周囲の生徒たちも心配そうにその様子を見守っていた。アヤ先生の顔は青白くなっていた。おそらく血流が滞っているのだろう。そんな状態でも弱々しく口を開いて謝罪の言葉を投げかけた。
「すみません、ただの貧血です。皆さんに心配かけてごめんなさい・・・」
「アヤ先生、立つことはできますか?なんなら救急車を呼びましょうか?」
アヤ先生は首を横に振って言葉を続けた。
「柊君、肩を貸してください・・・保健室で休みます。皆さんは自主学習してください・・・」
「こんな時までクラスの心配なんかしなくていいですよ。自分も付き添いますから保健室でゆっくり休んで下さい」
アヤ先生は静かに首を縦に振った。彼女の肩をしっかりと組んで保健室に向けて歩き出そうとするも情けない話、力の入っていない人間の重さを支えるので精一杯だった。騒ぎを聞きつけた先生方が迅速に事の対応にあたる。
「ここは私が責任を持って対応するから、君は席へ戻りなさい」
「先生。アヤ先生のこと、頼みます」
自分は肩から手を離し、先生に託した。これが最善の策だと分かってしまった。彼女が本当に助けを求めていたのに何もしてあげられなかった。自分の無力さを痛感し、胸が不条理に締めつけられる。残りの自主学習の時間は問題を解く気にもなれず、ただアヤ先生の無事を祈るのみだった。
シロコイ @isshu
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