第24話 山月記

「本日から、授業1コマ丸々を担当させて頂きます。柳原紗織です。改めて宜しくお願いします」

彼女のことは当然知っているので、クラス全員が温かい拍手で歓迎した。

「本日の現代文の題材は山月記を取り上げたいと思います。まずは簡単にストーリー解説をします。その後に実際の文章を読んでもらい、最後にグループワークを行いましょう」

さっきまでゲームの話題で盛り上がっていた人物とは思えないほど流暢に授業を行っていた。

「では簡単な物語のあらすじを説明しますよ。昔の中国、唐の時代に李徴という頭の良い、イケメンの役人がいました。この李徴という男はプライドが高くて人を見下す悪い癖があったの。詩を作ることを志していた李徴は役人を辞めて、ビックになってやると一念発起し、山に篭って詩を作りだしたの。女の子のみんなはこういう男と付き合ったら苦労するからね。マジだから!」

山月記の要約には柳原先生独特のアレンジが入っていて現代を生きている自分たちにはかなり取っ付きやすくなっていた。しかし最後のセリフには完全に私怨が入っていた。

「だけど詩だけでは食べていけるほど世の中は甘くない。仕方がなくもう1度、役人に戻ってきたの。かつて見下していた同僚たちは出世して、そいつらに毎日頭を下げる世知辛い毎日。そんな屈辱に耐えきれず、ある日発狂して姿を消してしまうの」

教室は静まり返り、柳原先生の話に生徒たちは熱心に耳を傾けていた。

「所変わって、李徴の同僚の袁傪というイケメンが登場するの。お供を連れて旅をしていると、1匹の虎が彼らに襲いかかる!間一髪で助かったのだけど虎が逃げた草むらの方角から危ない、危ないと声が聞こえたの。袁傪はその声が李徴だとすぐに分かった。そうです!その虎の正体は李徴だったのです!!」

柳原先生の語りは人を惹きつける何かがあり、物語に引き込まれてしまうようだった。

「心が完全に虎になる前に李徴が袁傪に託した詩とはなんなのか、どうして李徴は虎になってしまったのか、ここから先は是非、君の目で確かめてくれ!!」

「え〜!!」

1番大事な所が伏せられていて、落胆と驚きの声がクラス中で上がった。予定通り生徒たちは各自で山月記を読み進める時間が与えられた。教科書の文体は現代語訳されているが漢字も多く、普段から読書をしない自分は戸惑ってしまった。そこで今回の課題である、李徴が袁傪に託した詩と李徴が虎になった理由を考えてみた。注目すべきはある一部が漢字のみで構成されている文書を見つけた。意味は分からないがこれが詩である可能性が高い。李徴が虎になった理由だが文章には自尊心がどうとか長々と書いてある。高すぎるプライドは獣の姿に相応しいという解釈でいいのだろうか。

「ではそこまでにしてグループワークに入りましょうか。近くの席の5人くらいで集まってディスカッションをしましょう。意見をまとめて最後に発表してもらいます」

縁の巡り合わせなのか、あかりと一緒の班になった。まずは1人ずつ意見を述べることになり、自分が最初にその役割を務めた。その意見が班の方向性として採用されて、それに付け加える形でメンバー達が自由に意見を追加していった。そして最後に順番があかりに回ってきた。

「私、難しいことは分からないけれど、実は李徴と袁傪が相思相愛っていうお話なのかな?」

とんでもない爆弾が唐突に投下され男子は唖然としてしまう。しかし意外にも女子には好意的に受け止められていた。

「おい、あかり。流石に冗談が過ぎるぞ?」

「シュウ、私は思ったことをただ言っただけなんだけどそんなに変かな?今の時代は色々な考え方があって当然なんだから、私の意見もその1つとして受け入れて欲しいの」

「その通りです。一ノ瀬さんは何も間違っていないわ!一ノ瀬さん、後でオススメの漫画を貸してあげるね」

「よく分からないけどありがとうね」

あかりは本当に思ったことを素直に発言しただけだろうが、女子生徒のボーイズラブの趣味に火を付けてしまったようだ。天然発言は時として恐ろしいものだ。騒ぎを聞きつけて柳原先生もその場に加わった。

「皆さん騒がしそうですけど、どうしましたか?」

「先生、実は_」

さっきの女子生徒が耳打ちでことの経緯を説明した。柳原先生は全てを察したのか、穏やかな口調で事態の解決を図ろうとした。

「一ノ瀬さん、気持ちは分かるけど今は本題に集中しましょうか。それと一ノ瀬さんは後で職員室へ来なさい。たっぷりお話しましょう♪」

「どうしよう・・・。私、悪い事を言ったのかな?」

「大丈夫よ、私もついて行ってあげるから。きっと素晴らしいお話が聞けるはずだから」

2人はあかりを禁断の沼に沈めるつもりなのだろう。頼むからあかり、正気を保ってくれよ。それから程なく意見交換の時間になり、各班の代表が自分たちの班の考えを発表した。惜しくも意見の出揃ったタイミングで時間終了の合図の鐘の音が鳴った。柳原先生は慌てて、授業のまとめを行った。

「各班の代表の方々、素晴らしい発表をありがとうございました。時間が迫ってしまいましたので、ここで一旦の区切りとさせて頂きます。ありがとうございました」

柳原先生はバタバタと授業の片付けに入っていて、日直の自分も手を貸すことになった。少ない休み時間がさらに削られてしまう。唯一の救いは次の授業は移動教室でない点だろう。

「せ、先生。私、何かまずい事でも言ったのでしょうか?」

例の件を気にしているのか、あかりが柳原先生に話しかけてきた。

「い、一ノ瀬さん。今は時間が無いからまた今度ゆっくり話しましょうか」

「今度っていつですか?何を言われるか分からないまま一日過ごすのは嫌ですよ」

「いや、叱るとか怒るとこそうゆう意味合いじゃなくて・・・なんなら職員室にも来なくてもいいからね」

「え、そうなんですか?」

「そんな・・・せっかく先生の濃厚で腐った話を楽しみにしてたのに・・・」

「あなたは先程の同志のお方・・・。昼休みにでも詳しくお話しましょうか。夢の世界へご招待してあげる♪」

「さすが先生です。一生ついていきます!」

「なんだか分からないけど助かったのかな?」

「あかり、世の中には知らない方がいい世界もあるらしい・・・」

自分たちは2人のやり取りに巻き込まれないよう、黒板消しクリーナーの方へ掃除をしに行った。

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