第21話 空白と雨のメロディ
「柊くん、どんな絵を描いているの?」
幼い僕にアヤねぇが問いかけた。
「この絵はその、アヤねぇを描いたんだ。ふわふわの髪と大きな目が特徴なんだ・・・」
僕は下を向いて答えた。自分の絵に自信がなくて、不安な気持ちだった。
「柊くんの絵、とっても素敵だよ。柊くんの絵を見てると元気がもらえて心が満たされるの」
「本当にそう思ってる?嘘ついてない?」
僕は子供ながら疑り深く、他人の言葉を信用しない性格だった。可愛げのない態度を取ったのにアヤねぇは僕の頭を撫でながら優しく語った。
「本当だよ。髪がふわふわで目が大きいのは美人さんの特徴だよ。私を可愛く描いてくれてありがとね、柊くん」
僕は照れくさくなり思わず手で顔を覆い隠した。彼女の言葉が本心だったことは、一緒に過ごす時間が長くなるにつれて実感した。それから僕は絵を描くのが好きになり、アヤねぇの家にスケッチブックを持ち込んではたくさんの絵を描いたものだ。アヤねぇが引越してからは絵を描く習慣がなくなり、自分は自然と筆を折った。スケッチブックの最後のページは未だに空白のままだった。
完全に夢の世界に没入していたようだ。目が覚めて数分後、ようやく現実を認識できた。懐かしくもあり、悲しい感情を洗い流す為に洗面台で水を浴びた。
ふと昨日のあかりの発言を思い出した。
「あの頃みたいに、ただ無邪気に遊べる日々に戻りたいな・・・」
あかり、その願い事は叶わない方がいい。過去に閉じこもって変化を望まないことは、今という可能性を否定してしまう。傷ついても、泥だらけになっても、より良い未来を作り上げたいという願いが人間の原動力なのだと信じたい。自分の思考を整理しながら時計を確認すると時間にはまだ余裕がありそうだ。朝のルーティンを早々にこなして家を出た。雨はいまだ降り続き、この街を支配していた。数分後、あの公園にたどり着く。雨から逃げる様に屋根のあるベンチに腰を掛けた。スマホを眺め、公園にいますとあかりにメッセージを送った。既読の文字は付かないだけなのに、寂しさだけがただ募る。思えば自分はあかりに対してかなりぶっきらぼうな態度を取っていた。そんな自分を反省し、本当の意味でもう1度、あかりと友達になりたい。
「おはよう、シュウ。ごめんね、遅くなってしまったよ」
「おはよう。あかり、いつの間に来ていたんだ」
「ちょうど、今来たところ。それじゃあ行こうか」
簡単な挨拶を返して学校へ歩き出す。帰り道の出来事は気になるものの、普段通りの対応を心掛けた。
「雨が続くと気持ちがどんよりするよね」
「シュウ、いきなり天気の話題とかセンスないよね。もっとデシベルの上がる話はないの?」
「デシベルを上げるだけなら大声で話すことになるけど・・・」
「分かってないな、シュウは。バイブス的でパッションがアゲアゲのヒィーリングが合う話題を求めているの!」
「そんな、訳がわからないよ」
あかりの無理難題と支離滅裂な言葉遣いに困り果ててしまうが、こうしてあかりと話せるだけで十分だった。
「しょうがないから私が楽しい話をしてあげる。昨日のテレビで、芸人達がお酒を飲んで大喜利に挑む企画があって、めっちゃ面白かったんだ。シュウも見てた?」
「ごめん、見てないけど。どんな内容だったの?」
「えっとね、お題は売れていない漫才コンビの名前だったんだけど、こまごめピペットとかハエ取り巻き巻き紙とか、はちゃめちゃだったんだ」
「それは聞いてるだけでも楽しそうだな」
「酔っ払ってくるともっと酷くなるの。クイズの途中でトイレに行ったり、隣の芸人に抱きついたりもしてかなりカオスな状況だったよ。それから_」
雨の降りしきる通学路に2つの傘が並んでいた。あかりは軽快なステップを刻みながらどんどん前へと進んでいく。雨水が地面に跳ね返る音と彼女の足音がリズミカルに混ざり合い、心地よいメロディが響いていた。自分はその音楽に耳を傾けながら、置いていかれないように、やや早歩きであかりの背中を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます