第19話 本当の気持ち
「あかりと合流するまでまだ時間があるな。図書館でも寄って暇を潰すか」
寂しさを紛らわすように独り言をつぶやいた。普段は本など読まないがこれ以上スマホをいじる気分にもならなかった。図書館には予想以上に多くの人がいた。それぞれが本の世界に没頭しており、図書館特有の静寂な雰囲気と雨音だけがこの空間を包み込んでいた。自分は特に目的もないまま彷徨い歩いていた。物語、動植物、歴史、数学、多岐に渡るジャンルの本が所狭しと並んでいたが、背表紙を眺めては本棚に戻した。そんな中、職業紹介の本棚に流れ着いた。自分は将来どうなりたいんだろう。本を一冊手に取って、ページをめくってみても、漠然とした不安は消えずに右から左へと文字だけが流れていった。すると後ろから肩を軽く叩かれた感触が伝わってきた。
「こんにちは、岡本君。図書館で会うなんて偶然だね」
「柳原先生、こんにちは。柳原先生も本を読みに来たんですか?」
「それが聞いてよ!って、ここだとちょっとあれだから場所を変えない?」
流石に図書館のど真ん中で世間話をするわけにもいかず、柳原先生の提案に応じて一度外へ出て、廊下で話をした。
「今度こそ聞いてよ!人手が足りないって理由で図書館の仕事を押し付けられたの!!」
「まずは落ち着いて下さい。そんなに大声だと他の生徒にも聞こえてしまいますよ」
「落ち着いていられるかっての!明日から本格的に授業を担当しないといけないってのに。教育実習生は雑用係じゃないっての!!」
柳原先生は相当ご立腹の様子でいかにも狂犬の二つ名がお似合いだった。もちろん口が裂けても絶対に本人には言えないが。
「先生のお気持ちは分かりました。でも図書館のお仕事って具体的に何をするんですか?」
「もしかして手伝ってくれるの!?いや〜世の中捨てる神あれば拾う神ありだね♪」
「まだ一言も手伝うとは言ってないですけど・・・分かりました。それで何をすればいいですか?」
「まずは返却された本を元に戻してくれる?配架作業って呼ぶらしいけど。それと同時に受付カウンターで本の返却や貸し出しの作業もお願い♪」
「それって全部じゃないですか!どちらかにしないと本気で帰りますよ、先生」
「いやだなぁ、冗談だよ、冗談。じゃあ配架作業をお願いできる?細かい作業はどうも苦手で・・・私はカウンターで受付業務をするから分からないことがあったら声を掛けてね。じゃあ、よろしくね」
こうして二人で役割分担しながらそれぞれの持ち場に着いた。現場には積みあげられた書籍の山が机の上に散乱している光景があった。おそらく柳原先生が広げるだけ広げて収拾が付かなくなったのだろう。一冊、一冊を手に取っては、ただひたすら棚に戻し続けた。
「この本は913だから物語の棚か。こっちの本の784はスポーツ関係の棚へ戻すと。」
慣れない作業に戸惑いつつも、数をこなしていると棚の配置や分類のルールが分かってきた。あれだけ積まれていた書籍の山々が低くなってくると、仕事のやりがいを実感することができた。一方で柳原先生の方はどうだろうか?
「ありがとうございました。返却期限は2週間後の6月17日です。お忘れのないようにお願いします。またのご利用を心よりお待ちしております」
柳原先生は平然とした顔つきをしてスムーズに業務を遂行していた。おまけに丁寧な言葉使いは流石、国語教師らしいなと感心してしまう。1時間程度の時間を費やし、全ての本が適切な棚に整理され、見事な秩序を取り戻した。自分が来なければu先生は不満を吐き捨てながら終わらない配架作業を続けていただろう。
図書館には自分と柳原先生の2人だけが取り残されて、先ほどとは違う静寂さがそこにあった。
「単刀直入に聞くけど岡本君はあやのこと、どう思ってるの?」
「い、いきなりなんですか、柳原先生?どうって言われましても、真面目で生徒想いの素敵な先生だと思いますよ」
「はぁっ・・・そんな綺麗事を聞きたいんじゃなくて、人として好きかどうか聞いているの?」
「えっと・・・それは・・・」
自分はその答えを昔から知っていた。本当は変わってなどいなかった。心臓の鼓動が痛みだしたのは本音を悟られたくないからだろう。
「その気持ち、いつか言葉で伝えられるといいね・・・」
「・・・」
柳原先生の言葉は繊細で思慮深く、情愛に満ちていた。今の自分はなんと返答するべきか分からなかった。その沈黙は肯定を意味していた。
「それより今はあや先生が無事に授業ができることを祈ってあげて。もうあやがあがり症で苦しむ姿は見たくないから・・・」
「それには同感です。アヤ先生が存分に授業ができるように自分もできる限りの最善を尽くします」
「それは頼もしいわね。私は応援してるよ」
その後、図書館は閉館時間に差し掛かり、最後の戸締りを行った。お互いに作業を進め、自分は館内を軽く掃除して、忘れ物がないか確認した。最後に照明を落としてから図書館の入り口の扉が閉められた。
「今日は手伝ってくれてどうもありがとうね」
「それほどでもないです。でも自分が来なかったらどうしていましたか?」
「あれだけの量の本を片付けろなんて私には無理。あやを呼びつけて手伝わせるに決まってるでしょ」
「それはアヤ先生がお気の毒ですね・・・ところでそのアヤ先生はどうしているんですか?」
「明日の授業に向けて猛練習していると思うよ。私も早く合流しないと・・・」
「柳原先生、今日も1日お疲れ様でした。明日の授業、頑張って下さいね」
「もちろん!明日の授業を楽しみにしててね!!」
その言葉には強い決意が込められていたので、必ずやり遂げてくれるはずだ。
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