第18話 雨宿り

「_連絡事項は以上です。気をつけて帰ってくださいね」

特に問題もなく、アヤ先生が締めの挨拶をして今日も無事に一日が終了した。そして雨は止む気配もなく、逆に勢いが増していた。残念ながら慌てて家を飛び出して来たので傘を置いてきてしまった。

「響也、予備の傘を持っていないか。今日は急いで来たから家に忘れてしまって・・・」

「すまない。今手元には自分用の傘しか持っていないんだ。」

「謝ることはないよ。傘を忘れた自分が悪いのだから」

この雨の中で帰るのは気が引けるが仕方がない。ずぶ濡れ覚悟で家に帰るしかない。

「ちょっと待って、何かいい案があるはず・・・」

響也は指を顎に当てながら思考を巡らせていた。自分も一緒にこの状況を打破できる方法を考えた。

「シュウ、傘を買うお金くらいは持っているか?」

「まぁ、そのくらいならあるけど・・・」

「なら俺がコンビニまで行って買ってくるわ」

「本当に助かった。ありがとう。」

「ただし条件があるんだ」

「条件?それはいったいなんだ?」

「今日はあかりと一緒に帰って仲直りしてくれ」

「それは・・・でも・・・いや、分かったよ。今日の件もあるし、あかりと一緒に帰るよ」

あかりは吹奏楽部で、今は7月の地区大会に向けて練習に励んでいる頃だろう。そうなると最終下校時間の18時30分までは居残りしなくてはならない。

「ちょっと長い雨宿りだと思って我慢して待っててくれよ」

「身から出た錆だからしょうがないな。気長にのんびり待つことにするよ」

響也を見送る為に一緒に玄関口まで歩いた。周りを見渡すと、傘やレインコートなどの防水グッズを持った生徒が当然のように通り過ぎていく。まるで自分だけが違う世界に取り残されているようだった。目的地に到着し、ここで一旦の別れを告げることにした。

「今度からは置き傘とか持ち運びできる用意しておけよ。夏になったら夕立もあるし、予定外の雨にも対応できるように_」

「もう分かったよ。母親みたいに神経質にならなくても大丈夫だよ」

「俺がコンビニに行ってる間に帰ったら許さないからな。後であかりにも連絡するから、一人で帰るような行動をしてもお見通しだからそのつもりでな」

「本当に抜け目のない奴だな。響也を裏切るような真似は絶対にしないよ」

「お金は後払いでいいから、学校に着いたら連絡する。いつでも電話に出れるようにしてくれ。じゃあな、行ってくる」

響也の細かすぎる性格が欠点だが裏を返せばそれが長所でもあった。高校からコンビニまでは歩いて5分程度はかかるが、様々な要因を考慮して15分くらい待てばいいだろう。下駄箱に体を寄せながら適当にスマホをいじる。この場所から動かないのは単純にめんどくさいという理由しかなかった。指先で画面をなぞると、いとも簡単にエンターテイメントの情報に触れることができた。あれから10分も経たないうちに生徒たちは次々と帰っていき、玄関口には鬱陶しい雨の音だけが響いていた。スマホが自分に対して興味のありそうな情報を次々と提示してくれたが、どのデータを見ても心が晴れることはなかった。ふと外に視線を向けると、こちらへ向かってくる響也を見つけた。

「ほらよ。お望みの傘を買って来たぞ。こちらの商品は税込み668円です」

「なに、思ったよりも高いな。コンビニは雨で困っている人の足元を見るのか?それとも物価高って奴か?」

「お金を払って社会勉強できてよかったじゃないか。需要と供給って奴だよ」

「庶民は搾取されるって話だろう。はい、これ。釣りはいらねぇ。とっときな。」

「ぴったり668円じゃないか・・・」

放課後のだべり話に花が咲き、友人との会話のラリーはいつまでも続いていくかのようだった。さっきまでの憂鬱な気分が心地良い充実感に変わっていた。

「おっと、もう電車の出る頃合いだ。じゃあな岡本」

「また明日な、響也」

別れの挨拶を交わして、響也の後ろ姿を見送った。一人取り残された自分はただその場に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る