第17話 ミルクティー
いつもの場所に2つの影が見えた。響也とあかりが何やら話していたようだが内容までは聞き取れなかった。あかりは自分を見つけると早速、今朝の件を問い詰めてきた。
「私に何か言う事あるよね?」
「すみませんでした・・・」
「どうして遅刻してきたの?」
「それは、昨日はつい夜更かしをしてしまって・・・」
「じゃあ、なんで私を無視してたの?」
「無視してた訳じゃなく・・・話すタイミングが合わなくて・・・」
「タイミングって何?」
「素直に謝れれば良かったんだけど・・・気が重くて・・・それで・・・」
「それで気がついたら昼休みになっていたって訳?」
「・・・はい」
自分の煮え切らない態度に嫌気が差したのだろう。あかりは我慢の限界に達した。不満と怒りの矛先を自分に向けて、爆発した。
「遅刻するなら連絡くらいすればいいでしょ!学校に来たら言い訳の1つでもすればいいでしょ!それをここまで引っ張るなんて・・・私はあんたのウジウジした態度が1番嫌いなの!!」
「本当にすみませんでした・・・」
素直に頭を下げて謝罪した。もっと早く、正直に謝る事が出来たならば話がここまで拗れなかっただろう。自分自身に素直になれなかったことを後悔し、彼女を傷つけた自己中心的な行動を反省した。今後はもっとあかりとの関係を大切にして、一つ一つ信頼を取り戻すことが今の自分にできる唯一の贖罪だった。
「まぁまぁ、そのくらいにして、岡本も反省していることだし・・・」
響也になだめられてあかりはそれ以上は自分を責めなかった。響也が助けてくれたことに感謝しながら、自分はあかりと真剣に向き合った。
「シュウがいつものように来なかったから本気で心配したんだから!まぁ、私が連絡してたらシュウも遅刻せずに済んだのかも知れないけど・・・」
「すみません・・・」
「分かったから。もういいから謝らないで。次からはちゃんとコミュニケーションを取りあって学校に行こうよ。でも、やっぱり・・・無視された事が一番辛いよ・・・」
あかりの口元は震えて、目元には綺麗な雫が溢れそうになっている。それでも彼女は必死に感情を押し殺し、涙を見せないようにしていた。自分と響也は何も言葉を発することができず、ただ見守る事しかできなかった。曇天の空に重苦しい雰囲気が重なるがまだ雨は降り始めてはいなかった。
「・・・ミルクティー」
「・・・えっ」
「ミルクティーあるんでしょ、それでチャラにしてあげる」
「はい、どうぞ・・・」
「うん」
あかりはミルクティーを受け取ると一気に飲み干して、深い溜息を吐いた。そしてまた長い沈黙が始まる。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。もう一度あかりに信頼してもらえるように一生懸命、努力するから・・・」
贖罪の言葉を口にするしかなかった。そうしないと自分が保てそうになかったから。空白の時間が怖かったからだ。
「しつこい!!それよりご飯まだなんでしょ。早く一緒に食べよう!」
ぶっきらぼうな態度だったがあかりなりの優しさが確かにあった。あかりの横に座り、先程買った菓子パンを一口かじると予想より甘すぎる味が口の中に広がった。
「や〜と、見つけたで〜、おかもっちゃ〜ん」
静まり返った空間に柳原先生の変なエセ関西弁によって周りの空気が一変した。
「柳原先生、こんな所まできてどうしましたか?」
淡々とした態度で要件を聞き出そうとした。今は冗談を言える余裕もなかった。
「岡本君は真面目すぎるなぁ・・・そちらの方はお友達?自己紹介してくれるかしら?」
「どうもこんにちは。岡本の友人の響也と申します。以後、よろしくお願いします」
「柳原先生こんにちは、私はあかりと言います。国語の時、少しだけお話しできて楽しかったです」
「響也君にあかりちゃんね。私はあや先生と違って人の名前の覚えるのが苦手だけど仲良くしてね」
「柳原先生、どうしてシュウだけ名前を知ってるんですか?2人はどういった関係なんですか?」
「大丈夫、普通の先生と生徒の関係だけだから安心して。それにあや先生から岡本君の話を聞かされたら覚えてしまったの」
「そうだったんですね。変なこと聞いてごめんなさい」
「気にしないで。それよりもあのあや先生がしっかり授業をやり遂げたって聞いたんだけど本当?」
「本当ですよ。3限目の数学の時には緊張せずに分かりやすく教えてもらいました」
自分のことのように嬉しかったのでつい話してしまった。ただ手放しでは喜べない事情もあった。
「ただ・・・1限目に体育祭の取り決めがあったんですが、予想より早く決まってしまって。余った時間にアヤ先生の自己紹介が行われることになったんです」
「あら。昨日、スピーチの練習したから自信を持って話す事ができたんじゃない?」
「結果から言えば、昨日の練習の成果もあって上手くいきました。しかし、本番前に強いプレッシャーに襲われていました。過呼吸で今にも泣き出しそうなアヤ先生の姿は見ていられなかったです・・・」
「そうだったんだね・・・やっぱりあがり症はそう簡単に克服できないよね・・・」
柳原先生は肩を落として深くため息をついた。
「ちょっと待って。どんな人だって本番前には緊張するものでしょ?これからもっと経験を積めばきっと_」
あかりの話を遮るようにして柳原先生は語った。
「そうだね。でも私たちはもう大学4年生。人前で話す練習なんてもうたくさん経験してきたけど、それでもあやのあがり症は治らなかった。ただのあがり症にしては度を越した苦痛を感じているのよ。それにあなたたちも見たのなら分かるでしょ。」
「そこまで酷い症状なら心療内科へ受診した方がいいのでは?」
響也の意見はごく当然の提案だった。ここまで悪化するともはや自分たちだけで解決できないかもしれない。
「私も勧めたんだけど、頑なに行かないの一点張り。これは私の問題だから受け入れないとだって。変な所で頑固物なんだから・・・」
再び静まり返った空間が戻ってきた。この問題に対しての明確な解答を誰も持ち合わせてはいなかったからだ。
「なぜアヤ先生はそこまで人前が苦手なんでしょうか?」
つい素朴な疑問が口から出てしまった。
「自分自身を追い詰めてしまう性格が原因なのか過去に人前でのトラウマがあるのか分からないけれど・・・」
柳原先生も苦手意識の正確な原因を知り得ていない様子だった。
「ごめんね。暗い話ばかりしてしまって・・・。も〜っ!うだうだ考えるなんて私らしくもない!切り替えていこう!!」
柳原先生の明るい掛け声で周りの空気が一気に華やかさを取り戻した。しかしタイミング悪く昼休みが終わりを告げる予鈴が鳴り、みんなで歩きながら教室へ戻っていく。ふと自分はあかりに言われたことを思い返していた。自分でもウジウジと悩む性格は嫌いだ。あかりのように明るく前向きに考えられたらどんなに楽だろうか。自分達が教室に戻ってから数分後、雨がぽつぽつと降り始めた。
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