第15話 因数分解と言い訳

3限目の数学。アヤ先生にとって一難さってまた一難の状況が続く。教科担任の先生の話によると、明日から教育実習生が本格的に授業を担当するらしい。その前の練習として、最初の半分の時間はアヤ先生が授業を受け持つことになり教壇に立っていた。

「えっと僭越ながら、この私が皆様の力添えになれるよう精一杯務めさせて頂きます」

丁寧過ぎる前置きではあったが、自己紹介の時のように、右手の震えも荒い呼吸もない様子だ。

「き、今日は因数分解をしたいと思うのですけど、まず簡単な問題からやっていきます。ax+bx=x(a+b)になります。まず共通因子を見つけ出します。今回だと、xが共通しているので、xを外でくくってa+bの形になります。」

最初の自己紹介の緊張が嘘かのようにスラスラと解説が出来ていた事に驚いてしまった。一度、成功体験をした事でアヤ先生に自信がついたのかもしれない。

「4x+16だとどうなりますか?あかりさん、分かりますか?」

「わ、私ですか。えっと・・・」

「4と16って見覚えないですか?」

「その、4でくくって4(x+4)になると思います」

「yさん、凄いです!よく分かりましたね!!」

「まぁね。私って実は天才なのかも!?」

アヤ先生に煽てられてあかりはすぐに調子に乗っていた。そして自分はまだあかりに朝の遅刻のことを謝れていない事実を思い出してしまった。

「じゃあ次は因数分解の公式を使った問題を4問やります。x²+5x+6、x²+16x+64、x²-22x+121、x²-81、の以上です。では問題を解いてください」

生徒達は、先生の指示に従い問題をノートに書き写していた。鉛筆を持つ指がすらすらと動いて問題の解答を導き出していた。簡単な問題を行う事で自信を取り戻してから、今日の授業の本題に入るのだろう。クラス全体に気を配りながら授業を行う教師がいかに大変なのか改めて実感した。

「では答え合わせを行います。x²+5x+6=(x+2)(x+3)ですね。次々行きますよ。x²+16x+64=(x+8)²です。64は8の2乗ですよね。x²-22x+121=(x−11)²です。数字が大きいので計算に時間が掛かったかもしれませんね。最後x²-81=(x+9)(x−9)です。2乗では無いので気をつけて下さいね」

アヤ先生は楽しそうに数式を並べて授業を行なっていた。この調子ならあがり症を克服することは時間の問題かもしれない。残る問題はあかりに謝ることだけだ。しかしどうにも照れくささが足を引っ張ろうとしている。なんて声を掛けるべきか分からない。幼馴染であり、長い関係性だからこそ改まって顔を合わせて謝ることが恥ずかしいのだ。なぜこんな簡単なことすらできないのだろうか。そんな事情とは裏腹に授業は予定通り進んでいく。

「本日の課題の問題はこれです。5x²+11x+2です。注目してほしいのは頭の部分の5x²です。5x²になる掛け算は5xとxしかありませんね。次に2の組み合わせを探します。1×2と2×1がありますね。それを斜めに掛け算します。その後、合計を足して、11になる組み合わせを見つけます。実際に式を書くので見て下さい」

x先生は黒板にたすきがけ方法を丁寧に説明し、練習問題に入った。自分は先程の問題の答えである(x+2)(5x+1)を展開して問題の理解を深めていた。すると見回りにやってきたアヤ先生が自分のノートを覗き込むと、笑顔とグーサインを送ってくれた。その後も他の生徒の質問に答えたり、分からない生徒にヒントを教えたり、クラス全体で答え合わせをしたりとアヤ先生は多忙だった。あっという間に担当教科の先生に変わる時間になり、たすき掛けを使用しない二次方程式の解の公式を教える為に呪文の様な方程式が黒板を埋め尽くした。アヤ先生もこればかりはそうゆうものだからと生徒たちを諭していた。自分は公式と展開した解答が同じことを証明しながら、自分はあかりへの言い訳を考えていた。呪文の公式に綺麗な嘘を当てはめてみても、積み木のように崩れ落ちるのだった。


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