第12話 あがり症

「はい、そこまで。終了〜!!それではアヤ先生お願いします♪」

「はっ、はい。分かりました」

人前で話すのはやはり緊張するのだろうか。震える右手を必死に抑えながら、自分の名前を黒板に書き出した。

「み、皆さん、こ、こんにちは。わ、私は、月城彩という名前を持っている人物です。い、以後お見知りおき下さい・・・」

いつもより言葉が乱れている。教壇に立つと強いプレッシャーに襲われて、頭が真っ白になるのだろうか。

「アヤ先生頑張って下さい!」

「あや!まずは落ち着いて。深呼吸してからゆっくり話そう。ここにいるみんなはあやの味方なんだから。だから絶対大丈夫!!」

「そう、だよね・・・柊君だって、紗織だって、クラスのみんなだって・・・。私には全部、全部大切な人だから!」

x先生は大きく息を吸い込んでからゆっくり息を吐き出した。もう1度仕切り直しとなり、最初からスピーチが始まった。

「み、皆さんこんにちは。私は月城彩と申します。私は教育実習生として、こちらの上之関高校にお世話になっております。こ、今回は私の好きな物をテーマにお話しさせて頂きますね。私は人とお話することが好きです。自分の事をお話しして共感してもらえると安心できたり、楽しい気持ちになります。もちろん、相手の話を聞くのも好きです。相手の持っている新しい一面に気づく事ができたり、自分が知らないことを教えてもらえたりしてすごく発見があります。後、お菓子作りをする事が最近の趣味です。snsでお菓子のレシピを調べてみたり、100円ショップで可愛いお菓子作りの道具を見つけてしまうと、つい買ってしまいます。お菓子作りは食べることはもちろん、作ることも大切な想い出になります。い、以上です。ご清聴ありがとうございました」

スピーチが終わると2人だけの会場から大きな拍手が送られ、教室中を駆け回った。アヤ先生は綺麗なお辞儀を返して降段した。

「素晴らしいスピーチをありがとう、あや先生。グリ◯ィンドールにプラス100点」

「いつの間に魔法学校の話になったんだ!?」

柳原先生のボケに思わずツッコミを入れてしまった。

くだらないやり取りはお構いなしに、アヤ先生は自信満々の笑みを浮かべて、こちらへ駆け寄ってきた。

「私、紗織以外の人の前でも上手く出来たよ!緊張もしたけど、頭が真っ白にならずに、自分の事を伝えられたよ!ありがとう、柊君」

余程嬉しかったのだろう。自然と自分の手と握手を交わし、子供が縄跳びするかの様に、上下に腕を振り回した。

「アドバイスをしたのは一応、わ・た・し!あや、不用意に手を握らないの、岡本君だって男の子なんだから」

「ごめんなさい、私、つい舞い上がっちゃって・・・」

柳原先生に指摘されて、行動の大胆さに気が付いたのかパッと指を離し、赤面していた。自分も高鳴った心臓を悟られないように、必死にポーカーフェイスを演じていた。

「それよりアヤ先生、さっきのスピーチ、とても良かったと思います。いつものよりも言葉が正しく出てきていたし、声もしっかり聞き取れました」

「確かに、いつものあやより全然よかったよ。でも後ろまで聞こえるように声はもう少し張ったほうがいいよね。まだテンパって話す速度が速くなるクセがあるからそこに注意して。黒板の字ももっと大きく書かないと。内容は前半部分を削ってもいいからお菓子作りの趣味を具体的に話した方がいいかも。あと_」

「そんなにたくさん言われても分からないよ!」

紗織先生の的確なアドバイスを聞き、アヤ先生は必死にペンを走らせる。アヤ先生ならば高いハードルを乗り越えられると信じているからこそ、柳原先生は厳しい言葉を送ったのだろう。

「自分も何か助言できたらいいんですけど、改善点が出てこなくて・・・すみません」

「岡本君、あや先生はなんでいつも言葉がぐちゃぐちゃになってしまうのか分かる?」

「・・・分かりません」

「あや先生って過度なストレスが掛かると上手く喋れなくなるの。いわゆるあがり症って奴だね」

「・・・そうだったんですか。初めて聞きました」

「大学でも人前で話す機会は何度もありました。その都度、しっかり原稿を用意して、何回も紗織と練習して、何回もダメ出しをもらいました。練習では上手く行くけど、本番になると頭が真っ白になって、練習の成果をほとんど出せなかった・・・」

アヤ先生の悔しさが言葉の端から滲み出していた。逃げ出すよりも進むことを選んだ彼女の瞳には強い意志と覚悟が宿っていた。

「今回、上手にスピーチが出来たのは、岡本君のおかげだよ。岡本君の応援があったから緊張せずにスピーチに集中することができたの。あがり症さえ克服できれば、あやは絶対立派な教師になれるよ。だから岡本君、その日が来るまであやを支えてあげて」

「アヤ先生がそんな状態だったなんて・・・。アヤ先生が上がり病に悩まされることなく、自信を持って話せるようになるまで、何回だって練習に付き合いますよ。」

「私はまだまだ半人前で、課題もいっぱいあるけど、2人のおかげで自信を持って授業ができる気がします。こんな不甲斐ない私のためにここまで付き合ってくれて、本当にありがとうございました」

時計の針はいつの間にか最終下校時間の18時30分に近づいていた。帰りの音楽が流れ始めて生徒達の帰宅を促した。

「やっば、もうこんな時間だ!解散、解散、岡本君、早く帰って!!。何の用事もない生徒を連れまわした事がバレたら、頭の固い連中に何言われるか溜まったモンじゃない!!」

確かにその通りだが、他の教師に聞かれたらどうするのだろうか。そんな事を聞く余裕も無いまま、慌ただしく教室を後にした。空はいつのまにか茜色に染まり、西の山脈の方へ夕日が沈みつつあった。校門をくぐって、校舎の方を振り返ると2人が手を振って別れを惜しんでくれたように見えた。自分も手を振り返して、2人に一礼すると、そのまま早足で家路についた。


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