第11話 杞憂と模擬スピーチ

「柊君、こんなところまで来てどうしたの?」

2人は驚いた表情でこちらを見つめていた。

「アヤ先生がまた落ち込んでいるんじゃないかと思って・・・」

なぜだか言葉が詰まってしまった。下を向いて必死に単語を捻り出して言葉にした。

「その、昼ごはんの時みたいに元気がないと思って・・・自分は力不足かも知れないけれど、アヤ先生には不必要かも知れないけれど・・・何かアヤ先生の力になれたらいいなって・・・」

考えが整理できず、感情や今の想いを吐き出した。自分は何をしているんだ。そんな弱気な言葉でアヤ先生を励ますなんて無理に決まっている。何もできない自分に対しての自己嫌悪が込み上げてきた。そんな自分にアヤ先生は優しく語りかける。

「そんなことよ、柊君。君は力不足なんてことはないし、その言葉は私にとって、とても心強いよ。こんな私を気遣って心配してここまで来てくれたこと、本当に嬉しいよ。ありがとう、柊君」

アヤ先生の言葉に触れて、自分の心の迷いや不安が次第に薄れていった。それはまるで静かな湖面に風が吹き抜けて、波紋が広がっていくように、心の奥深くに言葉が染み込んでいった。

「もしも〜し。お二人で熱く盛り上がってるところ悪いんだけど、私の存在も忘れないでもらえるかな?」

この場の空気を茶化すかのように柳原先生が口を開いた。

「紗織、そんなことはないよ。柊君は純粋に私の事を心配してくれただけで、ただそれだけのことで・・・」

アヤ先生は照れくさそうに頬をほんのりと赤らめながら、腕を横に振っている。柳原先生にからかわれて、落ち着きのないリアクションを見せていた。こんなアヤ先生を初めて見たので新鮮に瞳に映った。

「分かった、もう分かったから。ごちそうさま。それより岡本君はこの後の予定ってあるかな?」

「その特にないですけど・・・」

「実は私たち、模擬授業の練習をしているの。それでもし良かったら、あや先生の模擬授業を岡本君にも受けてもらったらどう?」

「そんな事を頼むなんて申し訳ないよ・・・。柊君だって忙しいだろうし・・・」

「自分はアヤ先生のお役に立てるなら何だってやりますよ」

「岡本君も、こう言ってるんだし、決まりだね。ささ、座って座って♪」

柳原先生に促されるまま、空いている椅子に腰を掛ける。

「正直な話、私ってすぐに緊張してしまって、全然上手く話すことが出来なくなってしまうから・・・。だからせめて授業だけはしっかりとできてみんなの勉強の時間を邪魔したくないんだ!私の授業に至らない事があったら何でも言って下さい。お願いします!」

彼女の真剣な眼差しに自分も精一杯向き合うことを決意した。

「こちらこそよろしくお願いします。アヤ先生」

こうして3人で模擬授業をすると思われたが、予想外の提案が柳原先生の口から飛び出した。

「ここで普通に模擬授業をしてもなんか面白く無いよね。いいこと考えた!お題を決めてそれについてスピーチするのはどうかな?」

「確かに模擬授業だと時間が掛かりすぎるからいいアイデアだと思います。お題は何にしますか?」

「そんなの決まっているじゃない。お題は私の好きなものにしようよ。あやが好きな人について語ってもいいよ♪」

「もう、茶化さないでくれる!!」

「ごめん、ごめん。じゃあ5分計るからその間に原稿をまとめてね。よーいスタート♪」

柳原先生は有無を言わさずにスマホのストップウォッチを起動させた。

「そんないきなり言われても、ってもう始まってるのっっ!」

アヤ先生は慌ててメモ帳をポケットから取り出して、思いついたことを次々と書き留めていく。

「岡本君はあや先生の声の大きさや話すスピードが適切かどうかチェックしてね。甘やかしたらあや先生の為にならないから。黒板もちゃんと使ってスピーチしてね。小さい文字だと後ろまで見えないから本番のそのつもりでお願いね♪」

「今は話しかけないで!集中しているから!!」

いきなりスピーチの原稿を用意させられているのでアヤ先生は怒りをあらわにしている。

「あやって表情がコロコロ変わるから、からかいたくなっちゃうよね♪」

「あはは・・・」

ここは深く考えず、返答は笑ってごまかした。確かに柳原先生に振り回されるアヤ先生はかわいそうではあるものの、飽きる事なくずっと見ていられる。

「はい、あと一分頑張って。あや先生」

「どうしよう、どうしよう。えっとそのここはこうであっちはこうで_」

スピーチの構成をまとめているのだろうか。手が一杯いっぱいの様子がこちらにも伝わっている。アヤ先生が無事にスピーチできるようにと祈りながら見守っていた。

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