第8話 5限目の数学

5限目は数学の授業だった。上がった息を整えながら黒板の数式を眺めては、ノートに書き写す。

「今日は素因数分解の文章問題をやります。文章になっても、昨日の素因数分解を利用すれば解けるはずです。最期に答え合わせするので、とりあえずやってみて下さい」

昨日の授業はアヤ先生との約束で頭が一杯になっていて、授業に集中できなかった。その結果、鉛筆が先に進まなかった。ふと見るとアヤ先生があかりに勉強を教えるのに悪戦苦闘していた。自分も問題を解くための数式を作ろうとするが上手くいかない。何度も問題文を読み返しているとアヤ先生が助けに来てくれた。

「柊君、悩んでいるね。」

「アヤ先生、ある自然数の2乗と言われても式が作れないんです」

「問題は96にできるだけ小さい自然数をかけて、ある自然数の2乗にしたい。自然数nとどんな数の2乗になるか答えなさい。って事だけどまず、ある自然数の2乗について解説するね」

「お願いします」

アヤ先生と自分の距離はほんの数十センチの距離しかなく、かなり密着した形で勉強を教えてもらう形になっていた。頬を撫でるような午後の風が2人の間を通り過ぎ、柑橘系のふんわりとした香りが鼻をくすぐる。正直、こんな状況では問題に集中することができないが、彼女が真面目に解説しているので邪魔するわけにはいかない。

「例えば4は22だよね。これは分かる?」

「まぁ、はい」

「例えば36は42だけど22×22と表せるよね。40は23×5だけど22×2×5とも表せる。けど問題文にある自然数の2乗となっている時は、〇2×△2×▢2・・・のように必ず2乗が付く形になるの。公式みたいな物だから覚えておいてね」

「分かりました・・・」

彼女の熱心に指導する姿に感化されて、再び問題文と向き合った。

「まず自然数nを求めるよ。96を素因数分解してみると25×3になるよね。これを変形すると22×22×2×3になる。この時、2乗になっていない数を調べてそれを掛け算するの。2×3で6になるから自然数nは6になる。大丈夫、ついてこれてる?」

「まぁ、なんとなくは・・・」

「文章問題は慣れもあるから頑張ってね。次にどんな数の2乗になるのかだけど、さっきの式をそのまま使えばいいよ。22×22×2×3に6を掛けて変形させると、22×22×22×32になるから2乗を無視して2×2×2×3を解けば答えになるよ」

「ってことは24が答えですか」

「そう、正解。暇があったら、96×6の答えが242になっているか電卓で調べてみるとより理解出来ると思うよ」

「この問題、あかりは解けたんですか?」

「何回も一ノ瀬さんに説明したんだけど、ちんぷんかんぷんな感じで。私の教え方が悪いのかなぁ?」

「問題がややこしいだけで、アヤ先生のせいじゃないよ。それにあかりは理解するのに時間が掛かるタイプですから」

「そうなのかなぁ・・・でも一ノ瀬さんにも分かってもらえるように私も頑張らないとだね。その調子で次の問題も頑張ってみて。またね」

こうしてアヤ先生は他の生徒の様子を見て回っていた。集中力が途切れると、さっきまで隣にアヤ先生がいたことを思い出す。あれだけ無防備に近づかれたら心臓に悪い。冷静さを取り戻すために、次の問題に目を移すが、アヤ先生のことが気になって仕方がなかった。思わず彼女の方を見てしまい、目が合ってしまい、その瞬間、胸の鼓動は一段と激しくなり、顔も熱くなってきた。幸いにも、このタイミングで問題の答え合わせが始まった。ひたすら公式を書き写すことで、平常心を取り戻した。こうして何でもない平穏な授業は幕を閉じた。

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