第7話 みんなと昼休み
昼休みに入ると教室がざわめき始める。約束した、あの場所にアヤ先生がいるはずだ。また2人で会うと自分が緊張して上手く喋れず、アヤ先生に気を遣わせてしまうだろう。それに響也を昨日と同じように1人きりにするのは気が引けてしまう。
「今日の昼ごはんは体育館の裏手で食べたいけど一緒にどう?」
「いいけど、なぜそんな所まで行くんだ。何かあるのか?」
「実は昨日、アヤ先生と一緒に昼ごはんを食べていて、体育館の裏手はアヤ先生のお気に入りの場所なんだ」
「分かった、とりあえず行ってみようか。でも岡本と月城先生っていつ接点を持ったんだ?」
「実は10年前は家が隣同士で仲良くしてもらってたんだ。でも今は引越して違うのだけれど」
「なるほど、そういう関係性だったのか。また立ち話も何だしそろそろ行こうか。売店は寄らなくていいのか?」
「今日は弁当があるから大丈夫。さぁ、行こうか」
母親が忙しい時は購買でパンを買う必要があるが、今日は弁当を用意してもらい助かっている。2人は校舎を出て、目的地に向かって歩きだした。
体育館の裏手に到着した時、周囲は閑散としていた。体育館の屋根が丁度、日差しを遮っており、涼しさ漂う静かな空間が広がっていた。
「少しここで待とうか」
昨日と同じ小さな段差に腰を下ろし、響也もそれに続いた。
「昼ごはんを食べる場所にぴったりの場所だな。静かで落ち着いているからのんびりできる」
「アヤ先生が教えてくれたんだ。教室から遠いのが唯一の欠点だと思う」
「そのおかげで人が来ないのだから一長一短だな」
弁当を広げくつろいで食事をしているとゆっくりとこちらへ向かってくる人影が見えた。
「こんにちは、柊君。それと、立花君だっけ?私も一緒に昼ごはん食べてもいいですか?」
「二日目なのに俺の名前も覚えてくれているんですね」
響也は名前を呼ばれた事に驚いた表情を浮かべた。
「担当教室の生徒の名前は全員覚えているよ、ちょっとだけ自信ないけどね・・・」
彼女は視線を逸らしつつ、憂いを帯びた表情で答えた。何かあったのだろうか。
「とりあえず座って。昼ごはん食べようかアヤ先生」
「ありがとう、頂くね」
アヤ先生は昨日と同じ場所に座り、お弁当を広げた。会話も無い静寂の時間が流れた。自分も会話の話題を考えたが何も思いつかない。そして沈黙に耐え切れず響也は口を開いた。
「お弁当は自分で手作りされているんですか?」
「簡単な冷凍食品ばっかだけどね。朝は早いからなかなか手作りできなくて・・・」
「学校には8時出勤ですから大変ですよね。でもそれだけの量で足りるのですか?」
「私、少食なので・・・」
再び会話が途切れてしまった。昨日に比べてアヤ先生の口数が少ない。響也はほとんど初対面だから気付いていない。
「アヤ先生、元気が無いように見えるけど、何かありましたか?」
「実は、今日は失敗ばかりしてしまいました・・・。教室は間違えてしまうし、資料は忘れるし、人前で緊張してしまうし・・・。どうして私はいつもこんななんだろ・・・」
アヤ先生は自分の無力さに落胆している様子だった。
ミスや失敗に対して過度に自分を責めてしまう癖があるようだ。
「誰だって初めてのことは上手くいかないですよ。元気出して下さい」
ありきたりな言葉しか出て来ないが、それでも彼女を励ましたいという気持ちだけは本物だ。
「励ましてくれてありがとう、柊君。本当はこんなところで生徒さんに愚痴ってしまったら教師失格だよね・・・はぁ」
深いため息をつき、彼女の心中に溜まっていた感情を吐き出した。その表情はどこか脆く儚げでもあった。
「どんな人間だって本当に辛い時は、誰かに話を聞いてもらいたくなるものですよ」
「愚痴をこぼしたくらいで教師失格ってことはないと思います。前向きに行きましょう、アヤ先生」
「何事も前向きに考えないと駄目だね。話を聞いてくれてありがとう。」
「それに先生にはもう一人頼もしい味方がいますよ」
響也の目線の先には、手にペットボトルを抱えたあかりがこちらに向かって手を振っている。
「みんなそんな場所でお話してたの?私も混ぜて」
「あかり、なんでこんな所に?」
「なんでって、お茶を全部飲んじゃったから自販機まで買いに来たの。そしたら話し声が聞こえて気になって来て見たら、みんながいたんだよ」
「それより、ツッキー先生とサオリン先生ってお友達なんですか?今日初めてサオリン先生と一緒の授業を受けた時に聞きました」
「サオリン先生?」
全員の頭の中にはてなが浮かぶ。いつの間にそんなあだ名で呼ぶ仲になったのだろうか。
「私たちは、同じ生駒大学の教育学部でそこから仲良くなりました。紗織先生はよく私のことをよくからかって遊んでくるんですよ」
「お二人はとても仲が良いんですね」
「紗織はやっぱりすごいなぁ。どこへ行ってもみんなと打ち解けることができて。それに比べて私なんて・・・」
「ツッキー先生どうしたの?何かあったの?」
「アヤ先生は少しだけ自信を無くしているんだよ」
今までの経緯を簡潔な言葉で説明した。
「そうなんだ。そういえば朝、教育実習が大変って話をしたような気がする」
「教育実習が大変だって訳じゃなくて単に私の問題なの。人前で上手く話せないし、ミスばかりするしで・・・」
「そんなことない。ツッキー先生、昨日私の居残りの課題を最後まで手伝ってくれたし、危ないから一緒に家まで帰ってくれるなんてそんな先生他にいないよ!」
「一ノ瀬さん・・・」
「たしかに朝礼とかで、言葉があやふやな部分があるかもだけど・・・」
「それは今言わなくてもいいだろ」
「でもツッキー先生は優しくて、真面目で、ちょっとおっちょこちょいだけど、誰よりも生徒想いの素敵な先生だよ!!」
あかりのまっすぐな言葉に励まされて、一粒の涙が頬をつたった。
「ありがとう、一ノ瀬さん・・・。私、もっと強くならないとね・・・」
「先生、今日の放課後は暇ですか?早速パフェ食べに行きましょう」
「えっと・・・さすがに今日はちょっと・・・」
「おい、あかり。そんな唐突に誘ったらアヤ先生に迷惑だろう」
「だってツッキー先生に早く元気になって欲しいから・・・そうだ、いいこと考えた!」
あかりは目を輝かせて、思いついたアイデアを発表した。
「土日のどっちかに、このメンバーでパフェに行こうよ!それならツッキー先生もいいでしょ?」
「そうね、日曜日の午後からなら空いてるけど・・」
「じゃあ決まり。詳しい計画はまた連絡するね」
「ちょっと待って。とんとん拍子に話が進んでるけど俺たちもパフェを食べるのか?」
「あんたたちはどうせ暇なんだから。それにみんなでワイワイ言いながらパフェを突き合うのが青春ってもんでしょ」
「確かにみんなと馬鹿騒ぎも悪くはないかもな」
「キョウヤはこれでOKだね。シュウはもちろん行くよね?」
「分かった、行くよ。あかりにしてはいいアイデアだと思うよ」
「みんなはどんなパフェが食べたい。季節のフルーツをふんだんに使った限定パフェ?それともアイスたっぷりのデカ盛りパフェ?濃厚なチョコレートパフェなんかもありだよね〜」
「パフェなんてどれも似たようなものだろ?」
「パフェを甘く見ないでよね。フルーツのフレッシュな甘さ、口の中でとろけるアイスクリームの誘惑、歯触りを楽しめるコーンフレーク。全てが絶妙なバランスで成り立っていて、一口食べたらもう止まらない。パフェとは完璧の名にふさわしいデザートなの」
「パフェの魅力に取り憑かれてるな・・・」
「ふふっ。みんなの会話を聞いていると落ち込んでることがバカみたい・・・」
「本当ですね・・・」
心の暗雲が晴れるかのように彼女の表情には徐々に笑顔が戻ってきた。やはり彼女は笑っている姿の方がとても似合っていた。あかりとの会話に夢中になっていて、予鈴が鳴っているに気が付かなかった。響也の呼びかけで時間を知り、慌てて教室へと戻っていった。
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