第6話 2人目の実習生

 どうやらアヤ先生以外にも教育実習生がいたようで、2限目の現代文の授業で軽く自己紹介が行われた。

「どうも初めまして。生駒大学の教育学部から来ました柳原紗織です。担当クラスは違うけれど、みんなと一緒に楽しく過ごせたら嬉しいです。気軽に声かけてね♪」

髪はふんわりとウェーブがかかり、少し明るめの色合いのヘアスタイルはアヤ先生と対照的だった。笑顔が良く似合っていて、見ているだけで安心感と安らぎを与えてくれた。今日の授業は柳原先生が授業のサポートを務めるらしく、クラス中を歩き回っていた。

「何か分からない点や疑問点があれば、私に遠慮なく声を掛けて下さいね。何でもサポートしますよ♪」

「すみません、この問題なんですけど・・・」

ある生徒が質問を投げかけるとすぐさま柳原先生が駆けつける。

「強い雨ほど長くは続かない、この文章を単語に分けるのが問題なんだけど、まずは文節に分けよう。言葉の最期に、にぇを付けると可愛く文節を区切れるよ。この例文だと、強いにぇ、雨ほどにぇ、長くはにぇ、続かないにぇ、という感じ。そこから意味がわかる単語と意味がわからない単語に分けるの。すると、

強い、雨、ほど、長く、は、続か、ない。となるの。ここで重要なのは、続く+ないの形で分けるのがポイントです」

柳原先生なりの独特なアレンジが入っていたが、問題を解くことができたようだ。柳原先生の声掛けのおかげでクラスの雰囲気が明るく活気付いていた。自分も机に向かって問題を解いていると柳原先生が近づいてきて話しかけてきた。

「あなたがあの噂の岡本君ね。あや先生から色々聞いてるよ。私とも仲良くしてね」

「こちらこそ宜しくお願いします。アヤ先生からどんな噂を聞いたんですか?」

「そうだなぁ・・・今は授業中だから、休み時間に話すよ。それで分からない問題ってある?」

「活用形が難しくって分からないですけど・・・」

「まずは6種類の活用形を覚えようか。未然、連用、終止、連体、仮定、命令があって、覚え方は『見ようかな死体、勝手にメッ!!』だよ。言ってみて?」

本心はやりたくなかったが、暗記する為に挑戦することを決めた。

「見ようかな死体、勝手にメッ」

「いいよ、そんな感じ。感情を込めると覚えやすいよ。死体を見てみたい好奇心と、見てはいけない自制心の狭間で迷う感じね」

「はぁ・・・」

「それで、未然形の書くは、書く+ない=書かないになるの。ちなみに未然形の覚え方は『身銭がない!売れるの?』です。はい、復唱♪」

「もう勘弁して下さい・・・」

難しい国語の授業を楽しくしようと柳原先生は工夫を凝らしているようだが、語呂合わせを言わされるのは抵抗がある。とても恥ずかしい思いをした甲斐があり、頭の中に新たな知識が叩き込まれたのだった。


授業後、柳原先生が再度自分に声を掛けてくれた。

「改めてこんにちは、岡本君。あや先生と岡本君は昔、お隣同士の家で仲良くしてたんだっけ?」

「そうなんです。それでアヤ先生と面識があるんです。」

「そっかそっか。あや先生は昔に可愛らしい弟みたいな子がよく懐いてたって話をしてたよ。」

「恥ずかしい話、それが自分です」

昔の事とは言え、人に面と向かって言葉にされると気恥ずかしい。可愛らしい弟だと思っている彼女に想いを打ち明けたとして、本当に恋は実るのだろうか?恋人になる事は出来るのだろうか?漠然とした未来を思い描くことは今は出来そうもない。

「あやはあんまり自分の話をしようとしないの」

「そうなんですか?」

「私が唯一知っている過去は岡本君の話だけ。後は本人は喋りたがらないの」

「何かあったんでしょうか?」

「あんまり深く踏み込むのも気が引けるけどね・・・」

あのアヤねぇにそんな影があるなんて時の流れは残酷でもあると悟った。

「家の事情で引越しをして、離れ離れになっても岡本君の事を気にかけていたみたいだよ」

「人との繋がりは物理的な距離が離れても心で繋がれるのだと信じたくなりました」

「ロマンチックなセリフね。綺麗な日本語は私に素敵に響くんだよ」

「ちょっと、煽てないで下さいよ・・・」

「あやは、人見知りで不器用かもだけど、これからも仲良くしてくれると嬉しいな。じゃあまた会いましょう、岡本君」

そう言い残して柳原先生は教室を後にした。アヤ先生に恋心を伝える事よりも先にアヤ先生の事をもっと知らなければならない。もし過去の事で悩んでいるなら自分を頼って欲しい。そのためにはまず信頼を勝ち取らないといけない。良い関係を築く為に焦らずゆっくりと進むことを決めた。

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