第2話 時は進んで・・・
月城家が引っ越してから、僕は学童クラブに預けられ、両親の迎えを待つ日々が続いた。彼女から手紙のやり取りを何度かしたのちに連絡が途絶え、あっけなく初恋が終わった。早いもので自分も高校生2年生に進級し、16歳となった。6月1日、月曜日。テレビで梅雨入りの天気予報を聞き流しながら、朝の支度を済ませて学校に向かった。暖かい太陽の光が差し込み、揺れる木々と共に吹き抜ける風が新緑の香りを運んだ。静かな住宅街を抜けて、あの想い出の公園を横切った。この場所を通る時は自然と早足になってしまう。自分は未だにアヤねぇへの初恋を引きずっていた。すると後方から聞きなじみのある声が耳に入った。
「おはよう、シュウ。まだ6月なのにちょっと暑いよね。今から暑いと今年の夏はどうなっちゃうんだろう?」
話かけてきたのは幼馴染の
「おはよう、あかり。相変わらずよくしゃべるな」
「シュウが単に無口なだけでしょ。それより聞いてよ。昨日アイス食べに行ってきたんだけど_」
あかりのたわいない会話は少々退屈で、朝に聞くとついあくびが出てしまう。
「_って聞いてるの、シュウ。せっかくこの私が話しかけてあげているのに。シュウにはおもてなし心がないよね」
本人には直接言わないが生意気な態度が鼻につくのが欠点だ。
「すまない。ちょっと考え事をしていて・・・」
「もうしっかりしてよね。つまりアイスのトリプルの組み合わせが重要なわけで_」
2人で学校に登校するのがあたりまえで、あかりと話していると朝の憂鬱な気分が徐々に晴れていった。自分たちの通う
「おはよう、シュウ、あかり。今日も仲良しコンビで登校か?」
気さくに声をかけてきたのは男友達の
「響也、お前はいいよな。電車通勤だから朝からダル絡みされなくて」
上之関高校周辺の交通インフラが限られており、唯一通っている電車で、響也は登校している。それは田舎の欠点でもあるが、生活の一部として問題なく受け入れられていた。
「シュウ、それどういう意味よ!私のはダル絡みじゃなく、ちゃんとした会話です!」
「まぁまぁ二人ともその辺で。そういえば今日から教育実習生の先生が来るらしいよ」
「へぇ〜、そうなんだ。イケメンでかっこいい先生だとうれしいな♪」
「でも、あかりの場合イケメンでも成績は変わらないと思うけど・・・」
「モチベーションが上がるとやる気があがる。やる気が上がると記憶力も上がる。どう、完璧な理論でしょ」
「確かに人は好きな事や趣味だと記憶力が上がるから、間違ってはないな」
「女性の先生だったらどうするんだよ」
「それなら、やさしい女性の先生がいいなぁ。どんなことでも優しく教えてくれるの。はぁっ、うちのダメ担任と変わってくれないかなぁ」
取るに足らない会話が弾み、時間が自然と流れて行く。すると朝礼の始まりを知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。
「やば、そろそろ戻らないと。またね」
3人は会話を切り上げ、生徒達は一斉に自分の席へ戻っていった。
「えー、朝礼始めます。はい、日直の人、挨拶お願いします」
担任の先生が教室のドアを開け足を踏み入れると、さっきまで楽しそうだった雰囲気が一変し、空間に緊張が走った。
「起立、気を付け、礼」
日直の生徒が手際よく挨拶をした。
「お願いします。えー、今日から6月です。梅雨入りすると、雨が長かったり、低気圧だったり、気温の寒暖差激しいです。野球部のみんなにも言っているけど、しっかり栄養バランスのいい食事して、しっかりと寝て、体調管理していきましょう。あと英語の提出物、まだ出してない奴いるな、誰とは言いません。あえて名前は言いませんけどもしっかりと提出するように。期限は今日までです」
厳格な態度でクセのある話し方をするのは担任の
「えー あと今日から教育実習の先生が研修に来ます。先生、入ってきて自己紹介の方お願いします」
「は、ハイっッ_」
教室の外で待機していた女性の声は少し震えて擦れてしまっていた。あの山田先生に紹介されては緊張するのも仕方ないだろう。教壇に立つ彼女に視線を移すと、淡い記憶の中で見た面影があった。間違えようがない、アヤねぇだ。あの頃よりもしなやかで魅力的な体つきとなっており、伸びた黒髪は艶やかで朝の日差しを反射し紅葉のような色合いを見せていた。
そして浅い深呼吸の後、簡単に自己紹介が行われていた。
「み、皆さん、初めまして。き、今日から教育実習生として来ました月城彩と言います。これからどうぞ、よろしくお願いします」
彼女は軽く頭を下げ、丁寧なしぐさでお辞儀をする。するとさっきまで教室を張りつめていた緊張感が和らいでいた。小さく始まった拍手は次第に大きくなりクラスは彼女を歓迎していた。
「えー、月城先生は2週間程、授業の手伝いやホームルームを担当します。このクラスの仲間をして切磋琢磨できるようにお前達も協力してやってくれ。特に江口、先生が美人だからって手を出すなよ」
「まだ手を出していないっす、山田先生。それに自分は紳士っす」
くすくすとクラスから笑い声が起こった。野球部の生徒がからかわれるのはこのクラスの日常と化していた。
「えー これで朝礼終わります。以上」
休み時間に入ると何人かの生徒が、月城先生の周りを取り囲みインタビュー大会が始まっていた。その中にはあかりの姿もあり、あることないこと聞き込んでいた。自分は再会できた喜びと同時に彼女が自分を忘れているかもしれないという不安が頭をよぎった。何せ10年も前の出来事なのだ。すぐに傍に駆け寄って話をしたいが足が萎縮してしまう。気恥ずかしさと不安が入り混じり、心臓がズキズキと脈を打ち始めた。自分は臆病者に成り下がっていた。
「柊はインタビュー行かなくてもいいのか」
響也がいつの間にか隣に立って喋りかけてきた。
「まぁな」
「月城先生って美人だよな、野次馬が出来るのも頷ける」
「まぁな」
自分は精一杯冷静を装い、相槌を繰り返した。そんな様子を察したのかは分からないが、響也が別の話題を振ってきた。
「それにしても野球部じゃなくてよかったよ。このクラスだと山田先生に目を付けられるからな」
「いつも雑に絡まれるから野球部は大変だよな」
「それと英語の提出物早めに終わらせといて正解だっただろ」
「響也の言う通りだったよ。いつも教えてもらって、サンキューな。」
響也と会話を続け、息を整えているとすぐに休み時間は終わってしまい、パパラッチ達は自分の席へと戻っていった。
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