シロコイ

@isshu

第1話 回想

 淡い初恋の記憶。これは僕が6歳の頃のお話。母親がパートに復帰して、家を空けることが多くなっていた。まだ小さくかわいい一人息子にお留守番させるわけにはいかないと両親は考えたらしい。そうした事情からお隣の家の方にお願いして僕の面倒を見てもらうことになった。そこで一人娘の女の子と出会った。

「初めまして、岡本柊おかもと しゅうくん。私は月城彩つきしろあやと言います。これからよろしくね」

初めて会った彼女は丁寧な対応で僕を歓迎してくれた。僕より6歳違いの年上でだったが、姿勢やしぐさが落ち着いていて年齢よりも大人らしい印象を受けた。彼女の愛らしい表情に思わずドキッとしてしまい、思わず目を逸らしてしまったことを今でも覚えている。それからというもの、彼女と僕は一緒にお菓子を作ったり、勉強を教えてもらったり、公園で遊んでもらったり、かなり世話を焼いてもらった。僕は寂しい思いをすることなく、彼女と毎日過ごせる日常が一番大切な時間に変わっていった。それから1年後、いつも遊んでいる公園にて彼女が家の都合で引っ越ししてしまい、もう会えなくなると直接本人の口から説明を受けた。

「アヤねぇとお別れなんて嫌だ」

「ごめんなさい。でもわがまま言わないの。柊くんは男の子なんだから」

「嫌だ。ずっとアヤねぇと一緒がいい。じゃあ結婚して。そうしたらいつでも一緒に居られるでしょ」

今、思えば随分恥ずかしい告白を平然と口走っている。当時はまだ感情に流されて行動するしかできなかった。

「柊くんはまだ小さいから結婚できないじゃない。それに結婚は好きな人とするものでしょ」

「今は背が小さいけど大きくなるもん。それに僕はアヤねぇのこと好きだもん」

「だから・・・だから・・・どこにも 行かないで・・・」

胸の奥から湧き上がる痛みに耐えきれず小さな体を震わせる。大粒の涙が次々と溢れ出てどうしようもなく泣きじゃくった。彼女は何も言わず優しく僕を抱きしめてくれた。心地のよい温もりがゆっくりと胸いっぱいに広がってゆく。いつまでこうしていただろうか。僕の心は少しずつ静けさを取り戻そうとしていた。

「もう収まった」

「うん・・・」

「絶対会いに行くから」

「うん・・・」

「だからもう泣かないで」

「うん・・・」

まだ気持ちの整理がまだ付かず、ただ相槌を繰り返すしか出来なかった。

「もしも柊くんが大きくなっても、私のことを好きでいられたなら結婚考えてあげてもいいよ・・・。なんてね」

彼女は少し目線を逸らしながら小さく照れ笑いを浮かべた。夕焼け色の空は徐々に紫色に染まり、静寂な夜が始まろうとしている。

「そろそろ遅いから帰ろうか」

彼女に手を引かれ公園を後にする。ほんのりと涼しい風が彼女の前髪を揺らし、桜の花びらが空に舞い上がった。そこにはふわりと甘い初恋の香りがいつまでも漂っていた。

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