第5話 母と妹

 事件と言うのは、母と妹が行方不明になってしまったことだ。


 多分、家出したんだろうと言って、祖父母は全く探そうとせず、捜索願いも出さなかった。僕も二人は将来を悲観して、別の町にでも行ったのかと思っていた。


 今思うと、二人が全く慌てていなかったのはおかしかった。 

 家出した理由を祖父母は知っていたのかもしれない。


***


 数日後、山菜取りに山に入った人が二人の遺体を見つけたということだった。亡くなって日が浅かったのがせめてもの幸いだろうか。まだ涼しい時期だったから腐敗も進んでいなくて、二人とも眠っているかのようだった。もちろん、ぱっと見て亡くなったというのはわかったのだが。


 警察に呼ばれて遺体を確認したのは僕だった。

 悲しいというより、まるで夢を見ているようだった。


 多分、母が妹を連れて無理心中をしたのだ。

 なんとなくそれがわかった。母が妹を殺してしまったんだ。

 将来を悲観してのことだろう。

 母はその頃、時々、生きていても仕方ないと言っていた。


 それから、検死解剖をしたのだけど、何と妹は妊娠していたそうだ。


 相手は誰だったんだろう?

 外から誰か入って来たのか?


 一回だけ、おじさんが来たけど、おじさんは泊まらずに帰って行ったし、妹には会っていないと思う。


 祖父母は二人の死のニュースを聞いても、あまり悲しんでいなかった。

 複雑そうな顔をしていた。


「やっぱりな」と、祖母はぽつりと言った。

 

 祖母は普段から母を責め立てていた。

「将来どうするんだ」

「英子みたいなのがいたら家名に傷がつく」


 家名と言ったって、大した家柄じゃない。祖父は平家の末裔と言ってるけど、本当かどうか怪しかった。

 

 もしかして、相手は祖父なんじゃないか。

 祖父はまだ六十代でギラギラした感じの人だった。

 英子のことを「痩せて可愛げがなくなった」と言っていたくせに。


 「寿命だったんだね」祖母は言った。


 自分の娘と孫がなくなったのにそれだけ?

 僕はショックだった。

 葬式も親族だけでやった。

 家族の恥だからだそうだ。


 僕は家族全員を失ってしまったことになる。


 この祖父母と生きていく?


 まさか!

 無理でしょ。

 笑いがこみ上げてきた。


 後で知ったけど、母の預金は祖父母が勝手におろしてしまい何も残っていなかった。僕が全額もらえるはずだったのに…。しかも、学費がもったいないから高校をやめろとまで言われてしまった。


 僕はその狂った家にいるのが耐えられなくて、家出をした。父に連絡して、元住んでいた〇〇市内の学校に転校させてもらった。中学の友達もいたけど、僕はもう誰とも喋らなくなっていた。下を向いて学校に行き、授業が終わったら図書館で勉強する生活を送った。父に予備校の費用を出してもらい、毎晩頭がおかしくなるほど勉強したけど、受かった大学は都内のFランだった。


***


 僕は今、裕福な女性と結婚して何不自由ない生活をしている。

 不労所得を得ながら毎日好きなだけ小説を書いていられる。


 僕のように平凡な人間が妻のような美人で素晴らしい女性と出会えたことは、幸運以外の何物でもない。愛する妻と子どもに囲まれて、僕はとても幸せだ。

 今、大変な人もいるかもしれないけど、頑張って生きていれば必ずいいことがある。それは僕が保証する。


***


 それから、僕はこの場を借りて謝らなくてはいけないことがあります。


 妹を妊娠させたのは僕です。

 さっきは嘘をついてました。


 警察にお前じゃないかと言われて、僕は「祖父だと思う」と咄嗟に嘘をつきました。地元のなあなあの人間関係だから、警察はそれ以上立ち入りませんでした。


 これが真実です。

 

  

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