第20話 いよいよローマへ

空想時代小説

 前回までのあらすじ 

 小田原・石垣山にて政宗の影武者が秀吉を殺める。その後、秀吉軍は崩壊し、北条家が巻き返す。政宗は佐竹を攻めると見せかけて反転し、宿敵相馬氏を倒す。以後、北の南部氏、越後の上杉氏を降伏させる。上杉氏に従属していた真田氏も降伏してきた。その真田氏の上州の領地を欲した北条氏と戦い、これを滅ぼす。ここに政宗の東国支配が決まる。

 10年後、西国を支配した徳川家康が幕府を開き、政宗は副将軍となり、家康とは不干渉同盟を継続することとなる。だが、家康が亡くなり、秀忠の時代となると不穏な動きが見られ、信州と小田原で戦が起きる。秀忠は家臣の勝手な行動と主張するが、虚偽であることは明白だった。そして政宗は反撃を開始する。水軍の活躍もあり、秀忠を隠居に追い込むことに成功する。

 3代将軍に家光をたて、政宗は隠居し、異国へ旅立つことを決めた。そして政宗はルソンへ到着した。そこでキリシタンとなり、イタリア・ローマへ行くことを決意する。途中の港では幾多の苦難にあう。それを乗り越えていよいよヨーロッパへ入り、イタリアへ到着した。


 ルソンを出航してから1年と30日が経っていた。1619年5月になった。ローマへの道は、花が咲き誇っていた。

 石畳の道を馬車で行くのは、政宗(54才)にとっては新鮮な感覚であった。随行するのは、親衛隊長の太田光三(31才)、財宝担当の佐藤新九郎(29才)、鉄砲隊長の遠藤又右衛門(26才)、通訳の河合ジョアン(23才)、それにイタリア語の通訳である。船長の高山長房(26才)は横山隼人(25才)らとともに船に残り、補給や修理を行った。

 政宗は、その日のうちにローマへ着いた。ローマの宿も石でできていた。ベッドは硬かったが、船のベッドよりは寝やすかった。なんと言っても、足を伸ばして寝られるのが良かった。大柄の太田光三は横になるとともに、高いびきで寝始めた。いっしょの部屋にいた佐藤新九郎は、そのいびきで寝ることができず、太田光三のおでこをピシャと平手打ちをした。その時は、いびきが鳴り止むのだが、すぐまた高いびきが始まる。新九郎が寝られたのは朝方であった。

 翌朝、朝食の席に寝不足の政宗がやってきた。隣室のいびきで寝られなかった。新九郎は思わず吹き出しそうになったが、太田光三は何のことかわからず、平気な顔をしていた。

 政宗の一行は、日本式の正装をして、サンピエトロ大聖堂に向かった。今までに見たことがないような巨大な建物である。高さだけで10間(18mほど)もあるだろうか。幅は100間(180mほど)ぐらいか。中央部にはそれより高い尖塔がある。入口には派手な服装をし、槍をもった衛兵がいた。寺院に衛兵がいるというのも不思議な光景だった。何を見ても驚きだった。

 応接室で副司祭のマルコ神父(55才)と会った。かつてルソンにいたこともある神父でスペイン語を解した。ジョアンが交渉して、スペイン語のわかる神父を窓口にしてくれるように依頼したのである。

 早速、教皇であるシャルル神父に会わせてくれるということで、ミサをしているシスティーナ礼拝堂に連れていかれた。迷いかねないほど長く、折れ曲がった回廊を歩き、礼拝堂の入口に着いた。そこから見えるシスティーナ礼拝堂は威厳のあるものだった。特に天井画が見事だった。中央にたくましい男が描かれ、その周りを天使がとびかっている。キリストの絵ではないようだ。高さ5間(9m)ほどの天井にどうやって描いたのだろうか? 

 天井に描かれた絵は、どこを見ても見とれるほどだった。後で聞いたら、ミケランジェロという画家が、櫓を組み、その上で横たわって描いたとのこと。その光景を政宗はなかなか想像できなかった。感嘆している政宗が気を取り直すと、ちょうどミサが終わったところで、マルコ神父の案内でシャルル教皇の前に立ち膝で謁見をした。シャルル教皇は70才を過ぎた白鬚をたくわえた人物であった。目元はやさしく、まさに聖人を感じさせる風貌であった。その周りには10人ほどの神父が並んでいる。その中には、目付きの鋭い神父もいた。後でマルコ神父から聞いた話では、周りにいた神父たちは次席とよばれる人たちで、ローマ教皇の方針は彼らの合議で決まるとのこと。教皇は、いわば象徴ということであった。日の本の天皇家と同じようなものかと政宗は思った。

 謁見はすぐに終わった。シャルル教皇は、政宗の頭の上で、持っている羽のようなものを振り、なにやら祈ってくれた。政宗一行は、箱に入れた金銀をお付きの方に差し出し、応接室にもどった。そこで、しばらく待たされた。半刻(1時間)ほどで、マルコ神父が一人の神父を連れてきた。先ほどシャルル教皇の周りにいた次席と呼ばれる神父の一人である。イタリア語なので、マルコ神父が通訳してくれた。

「先ほどは、謁見の儀、ご苦労さまでした。シャルル教皇はジパングからの初の来訪で、いたく感激されていました。つきましては、貴殿をローマの貴族に任じたいということです。ぜひ、受けてくだされ」

とだけ言って、そそくさと奥へもどっていった。何か事務的で冷たい感じがする話しぶりであった。残ったマルコ神父が通訳のジョアンに話したことは、次のようなことである。

「貴族就任には、また貢ぎ物が必要です。今回のように外国の裕福な人間が来ると、貴族に任じ、貢ぎ物を得ることが慣例となっているのです。今回の件もシャルル教皇の判断ではなく、次席たちの合議で決まったことです。以前、貴族就任を断った者がいましたが、破門され衛兵にローマから追い出されてしまいました」

ということであった。

「何たること! 天下のローマ教皇も金まみれか!」

佐藤新九郎が怒った。他の者も同じような怒りを覚えていた。そこに政宗が口をはさんだ。

「そう言うでない。日の本の寺院も同じようなものだ。ここにはマルコ神父のような善良な方もいるではないか。それにシャルル教皇の目はやさしかったぞ。わしは、あの方に神を感じた。取り巻きにおかしな者がいるのは、どこの国も同じじゃ。わしは、今回の申し出を受けようと思う。それが、これからの日の本のキリシタンのためになるはずだ」

「しかし、お屋形さま、貢ぎ物の金銀がありませぬ」

佐藤新九郎が訴えた。

「イスパニア国王への貢ぎ分があるではないか」

「それでは、イスパニアとの交易は叶いませぬ」

「交易はまた考えればよい。今は、日の本のキリシタンのことを考えよう。新九郎、早速船にもどり、金銀をもってきてくれ」

「わかり申した」

佐藤新九郎は、早馬で船へともどっていった。新九郎がもどってくるまで、政宗ら一行はマルコ神父の案内でローマ見物を行った。コロッセオなどの有名な建物も素晴らしかったが、政宗が特に目を見張ったのは水道橋であった。1000年以上も前に、はるか遠くから水道を引いたということを聞いて、信じられぬ思いであった。傾斜のきつい水道橋ならば造れる感がするが、ほとんど平らで、わずかな傾斜しかない。

1000年以上前に、それだけの測量技術があったことが驚きであった。

 2日後、佐藤新九郎は横山隼人とともにもどってきた。翌日、マルコ神父に申し出を受けるということを伝え、またシャルル教皇に謁見する機会を得た。政宗は、シャルル教皇から貴族の証しである勲章を授かり、その日は絵師による肖像画のモデルになった。顔だけ描かれ、後は画家に任せることになった。その肖像画はサンピエトロ大聖堂の廊下に他の貴族といっしょに飾られるとのことであった。

 いつまでもローマにいると、また無心にあう恐れがあるので、肖像画の完成前にローマを離れることにした。するとマルコ神父から

「私をジパングに連れていっていただけませんか。今まで、ジパングにはポルトガルの宣教師が行っておりました。私は、その宣教師たちを監督指導する権限をもっております。また、信仰があついジパングの人間を宣教師にできる資格があります。ジパングで本物のキリシタンを育てたいのです」

と申し出があった。政宗は通訳のジョアンを通して、

「来ていただくのは嬉しいが、行くまでに1年以上かかりますし、ローマにもどってこられぬかもしれません」

と答えた。すると、

「覚悟の上です。ジパングに骨を埋めてもいいと思っております」

「それだけの覚悟がおありでしたら、お連れしましょう」

「ありがとうございます。それでは、旅費として、これを受け取ってくだされ」

と言いながら、小さな宝石箱を差し出した。蓋をあけると緑色に輝いている宝石であった。後で知ったことだが、エメラルドという宝石とのこと。信者からいただいたものだということであった。政宗はうやうやしく受け取り、

「お預かりします。何か困ったことがあれば使わせていただきます」

ローマで予想以上の出費をしてしまったので、帰国のための金銀がやや不安だった。万が一の際には使わせてもらうことにした。

 出航の日、マルコ神父は二人の修道士を連れてきた。この二人もジパングに行きたいということで、連れてきたということである。食い扶持は増えるがいた仕方ない。同行を認めざるを得なかった。船上に案内し、高山長房を紹介すると、マルコ神父が怪訝な顔で、

「あなたは、私の知っている人に似ている。ルソンで会ったジュスト右近という方です。知っていますか?」

と聞いてきた。長房はびっくりした顔で、

「私の父です」

と答えた。

「なんと! ジュストのお子さんですか。これぞ神の思し召し。感謝ですね。政宗様、ジュスト右近はすばらしいキリシタンでした。生きていれば、ジパング初の宣教師になっていたことでしょう」

と涙を浮かべながら政宗に握手を求めてきた。

 長房は船長室をマルコ神父らに譲った。3人が寝られる部屋はそこしかなかった。長房は、横山隼人の部屋を共有することにした。舵取りは、二人の仕事なので、同時に部屋にいることがないから、窮屈には感じなかった。

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