第17話 インドにて

空想時代小説 

 前回までのあらすじ

 小田原・石垣山にて政宗の影武者が秀吉を殺める。その後、秀吉軍は崩壊し、北条家が巻き返す。政宗は佐竹を攻めると見せかけて反転し、宿敵相馬氏を倒す。以後、北の南部氏、越後の上杉氏を降伏させる。上杉氏に従属していた真田氏も降伏してきた。その真田氏の上州の領地を欲した北条氏と戦い、これを滅ぼす。ここに政宗の東国支配が決まる。10年後、西国を支配した徳川家康が幕府を開き、政宗は副将軍となり、家康とは不干渉同盟を継続することとなる。だが、家康が亡くなり、秀忠の時代となると不穏な動きが見られ、信州と小田原で戦が起きる。秀忠は家臣の勝手な行動と主張するが、虚偽であることは明白だった。そして政宗は反撃を開始する。水軍の活躍もあり、秀忠を隠居に追い込むことに成功する。3代将軍に家光をたて、政宗は隠居し、異国へ旅立つことを決めた。そして政宗はルソンにやってきた。そこで、キリシタンとなり、イタリアローマへ行くことを決める。


 日の本ジパング号は、ダゴン(ヤンゴン)からインドのサントメ(チェンナイ)をめざして出航した。陸が見えるところを行ったので、心配は海賊だけであった。コルカタ(カルカッタ)近くのコンタイという港に近づいた時に、商人たちの小舟が近づいてきた。10艘ほどの小舟に果物をもった商人たちである。皆、ターバンを巻いており、インドに来た感が強まった。長房は、水先案内人に

「大丈夫か?」

と尋ねた。

「と思います」

と水先案内人は答えた。インドではごくふつうの光景だという。長房(25才)は鉄砲頭の遠藤又右エ門(25才)に警戒するように伝えるとともに、縄ばしごをおろしてやり、1艘の商人2人を引き揚げてやった。その商人は甲板に上がるや否や、なんかわからぬ言葉で騒ぎだした。とたんに鉤のついた縄が船べりにとんできた。

「襲撃だ!」

と甲板員の誰かが騒いだ。上がっていた商人を装った海賊は、短い刀を出して振り回している。そこに、ダーンという鉄砲の音。海賊は一発で倒れた。もう一人の海賊はとっさに海に飛び込んだ。

「縄を切れ!」

長房の指令がとんだ。甲板員が手分けして船べりにかけられた縄を切ったが、船先の方にかけられた縄から何人かの海賊があがってきた。それでも又右エ門の鉄砲で退けることができた。又右衛門は複数の鉄砲を用意していたのだ。用意周到だった。海賊どもが引き揚げていって、落ち着いたところで政宗(53才)が船室から出てきた。

「油断もすきもあったものではないな。又右衛門、ご苦労であった」

「役目ですので・・」

又右衛門は冷静に答えた。

「長房、補給はどうする?」

「この港では難しいですな。幸い、前の補給から8日しかたっておりませんので、まだ2日の余裕があります。次のべーランブルに向かいたいと思います」

「うむ、平和な港であればよいが」

 今度は、港から離れて航行した。水先案内人は方角を迷わぬように心がけている。誤って大洋に出たら大変なことになる。そこは遠目のきく扇谷一豊(25才)の出番であった。帆柱の上にある望遠台から時折見える陸地を見逃さなかった。見えなくなると面舵(右より)に舵をきり、陸地が見えると航路をもどすということを繰り返した。2日でベーランブルに到着した。小さな港である。補給担当の横山隼人は、自作の濾過樽を陸揚げし、洗浄を行った。定期的に洗浄をしなければ、砂や小石が汚れ、使い物にならない。炭は事前に船上で作っておいた。暑いところで、火をたくのはつらかった。ひと晩だけ逗留して、翌日には次の目的地カーキナーブへ向かった。本来ならば2日の距離である。ところが、ここで風がやんだ。ものすごい暑さが船をおそった。多くの者が脱水症状をおこしている。濾過樽を使っても飲料水は間に合いそうもない。長房は政宗と相談の上、

「皆、日中は休め! 体力温存じゃ。陽が落ちたらすすむぞ」

という指令を出した。

「オ~~」

という気のないかけ声があがり、皆、日陰を探して休んだ。船室は蒸し暑くいられるものではなかった。甲板にはあらゆる布が張られた。政宗は船室で、地図とにらめっこをしている。傍らには親衛隊長の太田光三(30才)がいた。

「太田、ローマは遠いの」

「お屋形さまは、日の本で初めてのことをしているのです。初めてのことは、そんなに簡単に得られる物ではありませぬ。拙者も、お屋形さまのその意気に感じてお供しております。弱気になられますな。お屋形さまが弱気だと皆が心配します」

「確かにそうだな。しかし、わしにずけずけ言うのは、成実(52才)とお主ぐらいなもんだ」

「恐れ入ります。お屋形さまのことを思えばゆえの言葉でございます。今後は慎みましょうか?」

「いや、いいのだ。今のままでよい。成実を思い出すのも悪くない。あやつは、ちゃんとやっておるかな?」

 その頃、仙台城では成実がくしゃみをしていた。天守台の代わりに作った懸け造りの舞台から城下を見て、政宗を思っていた。この後、仙台藩は天変地異におそわれる。大地震からの大津波、それに蔵王のお山の噴火と続くのである。

 日の本ジパング号に話をもどそう。本来ならば2日で行けるところを、4日でカーキナーブへ到着した。立ち上がれない水夫も結構いて、入港を皆喜んだ。ここで3日逗留した。体力回復を図ったのである。政宗も上陸した。大きい港ではないが、雑多な人種がいた。露店も多い。やたらと辛い物が多かった。政宗は辛い物を好まなかった。嫌いではないのだが、食べると翌日厠にいくのがつらかったからである。大船の厠は、ためるのではなく海に流す仕組みになっていたので排泄物を見ることはできなかったが、辛い物を食べると、きっと赤い物が排泄されていたことだろう。それに人々が手づかみで食事をしているのが奇異だった。食べ物を手でまぜて、つまんで食べるのである。一度、政宗が左手で鶏肉をつかんだら、大きな声で叱責された。後で通訳に聞いたら、

「左手は不浄の手です。インドの人々は右手だけで食べます。左手は排泄の時に使う手なのです」

という説明を受けた。政宗は、左手を見て、(自分の左手は不浄の手か?)と、うらめしく思った。

 船にもどると、長房が政宗に相談にきた。

「お屋形さま、水先案内人の話によると、雨季がせまっているとのこと。雨季がくれば、海も荒れます。問題はコロンボに行く途中のバーンバン海峡です。ここは小さな島が多く、海が荒れると座礁の危険性があります。急いで行き、雨季の前にコロンボへ行くか、手前のサントメ(チェンナイ)で雨季がおさまるのを待つか、どちらにするか迷っております。お屋形さま、どうされますか?」

「しれたこと、急ぐ旅ではない。サントメで待とうではないか」

「わかりました。無理はなしですな」

 その夜、サントメに向かって出航した。2日の距離だったが、途中で雨雲におそわれた。まるでバケツをひっくり返したような土砂降りだ。水夫たちは、裸になり体を洗った。最初のうちは喜んでいた水夫たちも、だんだん風が強くなってきて、慌て始めた。水夫たちだけでなく、甲板員も櫓をこいだ。政宗もこいだ。横波を受けないように必死でこいだ。航海士の横山隼人は、舵をしっかり握っている。扇谷一豊も隼人の脇で、波の方向を見定め、大きな声で

「面舵! 取り舵!」

と騒いでいた。この二人の連携がなければ、船は転覆していたかもしれない。

 3日後、サントメに入港できた。今までで一番大きな港である。桟橋があり、そこに大船を係留することができた。町も大きく、丘の上にはポルトガルが造った要塞がある。江戸と同じくらいの町ではないかと思った。長房は、交替で水夫たちを上陸させた。希望する者には、外泊も認めた。たまには女っ気のあるところにも行きたいだろうという配慮だったが、言葉が通じなくては、なかなか思うようにはいかないようだった。中には、うさん臭いところに入って、有り金全部取られたという水夫もいた。

 長房は通訳とともに、マダガスカルの情報を知る者、できれば水先案内ができる者をさがしていた。2日目に、とある酒場で、マダガスカルに行ったことがあるという男と出会った。通訳を介して、次のような話をした。

「マダガスカルに行ったことがあるということだが?」

「ああ、あるよ。さんざんなところだ」

「さんざんというと・・・?」

「港らしい港はない。砂浜と岩礁があるだけで、大型の船は近寄れない」

「小さい船なら可能か?」

「砂浜に乗り上げたところで、原住民におそわれるのがおちだ。仲間10人がやられた」

「どんな武器を持っている?」

「主なものは槍だ。それを投げつけてくる。弓もあったが、射程距離は短い」

「水先案内できるか?」

「大金をもらっても願い下げだ。死んだら金をもらっても意味がない。ところで、目的地はどこだ?」

「ローマだ」

「ローマならホープ岬を通るより、スエズに行って、エジプトから別の船に乗り換えた方は早い。半分の日にちで行ける。ポルトガル人はそうやっているぞ」

「自分たちの船で行きたいのだ」

「好きものだな。途中で沈むぞ」

と、ぼろくそに言われた。

 3日目の夜、異様な光景が目に入ってきた。サントメ要塞が火に包まれているのである。上陸していた水夫たちが、あわてて船にもどってきた。

「暴動だ! 現地の人間とポルトガル人が争っている」

船長の長房は、各部署の人員把握をさせた。

「水夫部、全員います!」

「甲板部、全員います!」

「炊事部、全員います!」

「航海部、全員います! あっ、お屋形と太田殿がおりません」

と航海士の横山隼人(24才)があわてて報告してきた。

「なにっ! お屋形がいないだと、どこへ行かれたのだ!」

「わかりませぬ。昼過ぎに町へ行く。とおっしゃってでかけられました」

「こんな時にかぎって・・・! よし、お屋形がもどりしだい出航じゃ。大場殿、水夫10人を早舟に乗せて船先へつないでくだされ。桟橋から離れるためには、早舟で引いてもらわなければならぬ」

「合点!」

大場作左衛門(25才)は、早速、水夫10人を選び出し、早舟を船先に回させた。10人で大船を引くのは並大抵のことではない。だが、そうしなければ暴動に巻き込まれる可能性がある。10人の水夫はあらんかぎりの力を振り絞って櫓をこいだ。少しずつ、少しずつ大船が桟橋から離れ、大船の櫓でこげるところまで離れた。その時、政宗と太田光三が走ってくるのが見えた。暴徒に追われている。金持ちだと思われたのだろう。鍬や刀を持った10人ほどの現地の人間から今にも襲われそうだ。そこに、遠藤又右エ門が鉄砲で威嚇射撃をした。それで、暴徒の足がしばし止まった。そのスキに政宗と太田は早舟に飛び込んだ。たくましい水夫たちに抱きかかえられる羽目となった。縄ばしごを伝わって登ってきた政宗の顔は青ざめていた。

「危うく死ぬところだった。酒場で飲んでいたら突然暴徒が襲ってきた。太田がいて助かった」

「お屋形、もしかしておなごのいるところだったのでは?」

長房が意地悪く聞いた。

「男だけで飲んでもつまらんではないか」

「お屋形、ほどほどになされよ。おなごはどこの国でもこわいものですぞ」

政宗は言い返せなかった。

「ところで、お屋形、この先どうなさいますか? バーンバン岬を突っ切りますか? それとも迂回しますか? 迂回すれば7日かかります」

「いつ嵐がくるかわからん。座礁は避けねばならぬ。迂回だ。水と食料はあるか?」

「水は雨が降ったので充分ありますが、食料はぎりぎりです」

「コロンボまで節約だな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る