第15話 ルソンにて

空想時代小説

 前回までのあらすじ

 小田原・石垣山にて政宗の影武者が秀吉を殺める。その後、秀吉軍は崩壊し、北条家が巻き返す。政宗は佐竹を攻めると見せかけて反転し、宿敵相馬氏を倒す。以後、北の南部氏、越後の上杉氏を降伏させる。上杉氏に従属していた真田氏も降伏してきた。その真田氏の上州の領地を欲した北条氏と戦い、これを滅ぼす。ここに政宗の東国支配が決まる。10年後、西国を支配した徳川家康が幕府を開き、政宗は副将軍となり、家康とは不干渉同盟を継続することとなる。だが、家康が亡くなり、秀忠の時代となると不穏な動きが見られ、信州と小田原で戦が起きる。秀忠は家臣の勝手な行動と主張するが、虚偽であることは明白だった。そして政宗は反撃を開始する。水軍の活躍もあり、秀忠を隠居に追い込むことに成功する。3代将軍に家光をたて、政宗は隠居し、異国へ旅立つことを決めた。そして政宗はルソンから来た大船に乗って旅だった。


 ルソンで年を越した。1618年の正月である。正月はこれといって静かだが、7日前はにぎやかだった。キリシタンの最大の祭り、聖誕祭いわゆるクリスマスである。花火を打ち上げるは、大道芸人が繰り出すなど、にぎやかな日であった。反面、教会では静寂なミサがひと晩中行われていた。政宗(53才)は、長房(25才)から

「お屋形さま、ルソンで過ごすにはキリシタンの方が暮らしやすいです。何かあったら教会が守ってくれますし、人をさがすのもキリシタンの方がしやすいです。父高山右近(当時63才)は、亡くなる時、聖人の一人として葬られました」

と言われていたが、なかなか踏み切れなかった。しかし、クリスマスのミサの様子を見て、キリシタンになることを決めた。正月あけ、教会でソテロ司祭のもと洗礼を受けた。キリシタン名はルイスである。

「愛(めご)が知ったらびっくりするだろうな」

政宗は、キリシタンである愛姫のことを思い出していた。江戸にいた時に、愛姫から何度もキリシタンへの誘いがあったのだが、のらりくらりとかわしていたのだ。うさん臭いとしか思っていなかった。

 洗礼を受けた教会で、政宗はある風景画を見た。それまで、キリストやマリアが描かれた宗教画は見たが、風景画は初めてだった。長房を通して、司祭に聞いてみるとイタリアの風景だという。石でできた建物が並び、華やかな衣装を着た人々が歩いている。露店には日よけがかけられ、腰かけてお茶を飲んでいる人もいる。まさに、異国の世界であった。ルソンにもさまざまな人がおり、見知らぬ物を売っているのだが、街並みは江戸の方が整然としていた。異国の魅力ということでは、政宗の心をうつことはなかった。しかし、この風景画に政宗は魅入られた。

「長房、ここに行ってみたい」

と政宗はぼそっと口を開いた。

「・・・お屋形さま、今何か言われましたか?」

「ここに行ってみたいと言ったのだ」

今度は、はっきりと言った。

「ここって、イタリアのことですか?」

長房は、絵を見ながら呆気にとられていた。

「そうだ。キリシタンの都、ローマだ」

「ローマですか!」

長房は、素っ頓狂な声をだした。

「行けんか?」

「それは、ルソンに来ている者もいますから行けなくはないと思いますが・・・」

とんでもないことを言いだす方だと呆れていた。長房はその日から情報収集に忙しくなった。イタリアまでの航海についての情報収集である。航路・立ち寄る港・費用・通訳・資材・補給など、あらゆる街の情報が必要だった。政宗は、ソテロ司祭の教会に入り浸り、絵画を見て夢を膨らましていた。

 10日ほどたって、長房が政宗に相談にきた。

「お屋形さま、航路の件でご相談が・・・」

「うむ、どうなった?」

「航路は主に3つあります。もっとも多いのは、東の大海を越えて、ノビスパン(メキシコ)に渡り、そこから陸地を経て、船を乗りかえ、アトランテッィク海(大西洋)を越えます。これがもっとも速くて200日ほどで行けます。ただ、途中の港が少なく補給に難があります。

 次に早いのが、西のインド洋を越える航海です。この航路は、ホープ岬(喜望峰)という難所を越えなければなりません。インド洋を突っ切るため、これも補給に難があります。

 3つ目は、インドに立ち寄る航路です。補給は一番しやすいのですが、350日ほど、ほぼ1年かかります。また、これも難所の喜望峰を越えなければなりません。この航路次第で、準備する物が変わってきますので、これを決めていただかないと前へすすめません」

「うむ、ひとつ目の最短航路は船を乗り換えなければいかんから、それはしたくないな。残るはふたつだが、信房どう思う?」

「拙者は、3つ目のインドに寄る航路を選択したいと思います」

「うむ、わしもそう思う。あわてる旅ではない。ゆっくり行こうぞ」

「はっ、わかりました。ところで、資金に余裕をもたせるため、航海に不要なものを売りたいと思うのですが、よろしいでしょうか」

「うむ、許す。イスパニア王とローマ教皇への土産は残しておけよ」

政宗は相当の金銀を持ってきていた。1年や2年の滞在では困らないほどだったが、この先3年ほどかかる航海のためには、余裕がほしかった。長房は、鎧や着物など、今後不要なものと思われる物を商人に売り、金銀に換えた。世界中、金銀だけは共通の価値があったのである。

 信房は、その日から準備に大忙しだった、資材の調達は家臣に任せることができても、人員の選定は自分でしなければならなかった。まずは水夫の確保である。こぎ手や甲板員で150名ほどが必要である。しかし、これはすぐに見つかった。江戸までの航海をいっしょにした者たちの多くが志願してくれたからだ。自由人になったとはいえ、さしたる職もなくぶらぶらしている者が多かった。

 大変だったのは、通訳である。インドの言葉であるヒンズー語の通訳はすぐに見つかったが、途中のマダガスカルという島の言葉を話す人間が見つからなかった。現地人の島なので、交易がないのが実情だった。行ったことのある船乗りにきくと、身振り手振りで水や食料を手に入れたとのこと。時には争ったこともあったとのことだった。この航海の難しさを長房は感じ取っていた。

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