第10話 家康死す
空想時代小説
前回までのあらすじ
小田原・石垣山にて政宗の影武者が秀吉を殺める。その後、秀吉軍は崩壊し、北条家が巻き返す。政宗は佐竹を攻めると見せかけて反転し、宿敵相馬氏を倒す。翌年には北の南部氏、その次の年には越後の上杉氏を降伏させる。上杉氏に従属していた真田氏も降伏してきた。その真田氏の上州の領地を欲した北条氏と戦い、これを滅ぼす。ここに政宗の東国支配が決まる。10年後、西国を支配した徳川家康が幕府を開く。政宗は副将軍となり、家康とは不干渉同盟を継続することとなる。
1616年、家康(73才)は隠居城である駿府城で伏せっていた。将軍職は息子秀忠(37才)に譲っている。そこに政宗(49才)を呼んだ。弱々しい声で、
「政宗殿、今まで世話になった。お主のおかげで、日の本の平安が保たれたこと、うれしく思うぞ」
「何を申される。拙者は、上様との約束を守ったのみ。上様あっての日の本でございました」
「ありがたい言葉だ。だが、わしはもう上様ではない。ただの隠居じゃ。上様は秀忠。今後は秀忠をささえてくれ」
「わかっております。今後も日の本の平安に尽くしまする」
と政宗は答えた。その言葉にウソはなかった。
そのひと月後、家康は息を引き取った。駿府の久能山に遺体は納められた。東照宮を建て、家康は神としてまつられた。葬儀に政宗も参列したが、将軍秀忠と謁見する機会はなかった。家康が生存中は家康立ち合いのもとで、年に一度会っていたのだが、今後の見通しはなく暗雲を感じていた。
案の定、戦が始まった。信州松本に、故石川数正の息子康長(50才)が攻め込んできて、旧領である松本城を奪いとってしまったのである。信州松本は、真田の出城であった。真田信幸(50才)が治める上田城と信繁(49才)が治める松代城のほぼ中間にあり、素早い攻撃に援軍は間に合わなかった。真田は、政宗に現状報告とともに、援軍の要請をしてきた。政宗は日の本平安の原則で、「しばし待て」と真田に命じた。そして、将軍家に、石川康長の退去命令を出すように依頼したのである。ところが、幕府からは
「石川康長は、幕臣ではなく、賊徒である。よって、征伐いたす」
という返書がきた。忍びの報告では、水野勝成(52才)率いる2万の軍勢が松本へ進軍しているとのこと。このおかしな幕府の動きに、政宗は2代目片倉小十郎(31才)を呼んだ。初代小十郎は前年に他界している。
「小十郎、幕府の動きをどう見る?」
「おかしな動きでございまする。黒はばき組(忍び集団)の情報によると、国ざかいの韮山城や山中城に兵がぞくぞく集結しているとのこと。その数1万以上。国ざかいを越えてくるのは必定と思われます。
「戦があるか?」
「そう思った方が・・・」
「将軍は、大御所が亡くなり暴走を始めたか」
「以前より、お屋形さまは目の上のたんこぶ。日の本はひとつと考えておられる方です」
「やはりな。戦で手柄をたてたことがない将軍ゆえ、戦をしてみたいのだろう。戦のない世のありがたさをわかっていないのだ」
「困ったお方ですな。私は小田原にもどり、備えたいと思います」
「うむ、後ほど援軍を送る」
小十郎は、急いで小田原へもどった。小田原城には、多くのしかけがしてあり、そう簡単に攻め落とされる城ではないが、兵糧攻めにあうとややこしくなる。政宗は、城内にいる支倉常長(45才)を呼んだ。
「常長、お主の出番だ。あの二人を連れてまいれ」
「ははっ、わかり申した。船はいかほど?」
「3艘かな。軍資金は用意させる」
「では、早めにもどりまする」
と言って、常長は旅立って行った。その後、政宗は幕府や家臣・諸大名に文を書いた。筆まめで知られる政宗であった。
幕府には、韮山・山中城に兵が集まりつつあることを問い詰めた。すると、箱根周辺に賊が出没していて、その征伐のためだという。箱根は小田原領である。松本で火ぶたがきられれば、峠を越えて攻めてくるのは必定であった。
政宗は、水軍を擁する田村宗顕(42才)に船を用意して、横須賀へ来るように文を書いていた。宗顕は、政宗の正室愛姫(めごひめ)の従弟である。5日ほどで、宗顕は水軍を連れてきた。
「宗顕殿、いかほど用意できた?」
「安宅船が5艘に、早舟が20艘です」
「うむ。では、安宅船にできる限り、鉄板をはりつけよ。火矢を防ぐのじゃ。それと無寄港でどこまで行ける?」
「安宅船ならば、横須賀から浜松程度かと。早舟は安宅船につけていけば行けますが、単独では隣の浜まででござる」
「そうか、では早速補給船を作れ。海上で補給をさせるのじゃ」
「わかりました。大き目の早舟を改造します。して、目的地は?」
「目的地は・・・・尾鷲じゃ。九鬼水軍との戦いじゃ」
「やはり・・・心して用意いたします」
九鬼水軍は、徳川の中心的な水軍であった。西国を制圧するのに、とても活躍していた。当時一番だった毛利水軍を破ったのである。
その翌日、真田から知らせが入った。松本城に水野勢2万が入城したとのこと。石川勢と抗戦した気配はなく、すんなりと入城したとのことであった。真田は臨戦態勢に入った。
そのまた翌日、長子の秀宗(25才)から知らせがきた。岐阜城主となった兵五郎である。ちなみに政宗と愛姫との間には、嫡子虎菊丸が産まれ、前年に元服し、忠宗(16才)と名乗っていた。秀宗の知らせは、急に国替えになり、伊予宇和島に向かっているとのことだった。母猫御前もいっしょである。
「幕府は、本気だな。わしから秀宗を引き離したか。もう許さん」
政宗は、意を決した。
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