第7話 北条攻め

空想時代小説

 前回までのあらすじ

 小田原・石垣山にて政宗の影武者が秀吉を殺める。その後、秀吉軍は崩壊し、北条家が巻き返す。政宗は佐竹を攻めるとみせて、反転して宿敵相馬を攻め落とす。翌年、南部家を降伏させ、昨年には上杉家を屈服させる。年末に謀反の動きがあったが、未然に防ぐ。今年はいよいよ北条攻めとなる。


 1993年4月(政宗26才)政宗家中が、出陣の準備をしているところに、真田から北条が沼田城に2万の軍勢をくりだしたという知らせが入った。沼田城の守りは真田信幸率いる5000である。籠城の準備はしているので、簡単には落城しないと思うが、政宗は先陣だけでも先に出陣させた。成実(25才)・前田利益(52才)らが率いる5000の騎馬隊は圧巻の迫力である。先陣には真田信繁(26才)も入っている。

 2陣は、小十郎(36才)率いる3000の鉄砲隊。

 3陣は、茂庭綱元(44才)の補給隊2000。

 4陣は、留守政景(44才)の長槍隊3000。

 5陣は、政宗本隊の弓隊ら3000。

総勢1万6000の軍勢であるが、諸将にも召集をかけているので、小田原到着時には3万には膨れる目算であった。

 政宗は、出陣にあたって、佐竹氏と成田氏に密書を出していた。佐竹氏には、政宗勢と戦わなければ、常陸と下総・安房の城の切り取りを認めるというものであった。佐竹氏には、反政宗の武将が多く、味方せよと言っても、聞くわけがないし、参陣させて裏切られるのも困る。そこで、敵対はしない。城取りは切り取り次第。政宗勢は下総・安房には行かぬという姿勢を見せたのである。この策は功を奏した。佐竹氏は間もなく常陸の北条勢の城攻めに出陣していた。

 成田氏には、何とか小田原城に入城し、小田原攻めが始まったら内部から火をかけ、城門を開くことを要請した。条件としては、本領安堵だけでなく、働き次第で下野の北条勢の城を与えるということを伝えた。返書はこなかったが、成田氏の動きは、政宗の要請に応えるものであった。後に兵糧をもって小田原城に入城するのである。

 4月末に、北条勢の沼田城攻めが始まった。沼田城は、河岸段丘の上にある。三方に利根川・薄根川・片品川が流れ、川を越えると急な坂道になっている。沼田城に攻め入るには、馬では不利だし、上から弓矢や鉄砲で攻撃をされるという攻め手には、とても不利な地形となっていた。段丘の上までいけば、平野部が広がっており、城下町が形成されている。

 北条勢は、雪解けの川を超えるのに手間取り、そこでも弓矢の攻撃を受けた。やっと越えても、丘の上からの弓矢や鉄砲の攻撃を受け、2000ほどの犠牲がでた。兵士には厭戦気分が出始めている。そこに、川の手前にいた補給隊が成実(25才)率いる騎馬隊に襲われた。援軍が間に合ったのだ。政宗勢が平井城をめざしているという情報もあり、沼田城を攻めていた北条勢は後退していった。

 その夜、小十郎は真田信繁を呼んだ。

「信繁殿、今から真田の陣営に行ってほしい。そしてお屋形の命令を伝えてほしい。文にすると、どこに知れるかわからぬので、口伝えじゃ。まず、真田勢は平井城の裏手にある金山城をおさえてほしい。あそこは、山城で石垣で囲まれた要害の地である。しかし、北条は山城は統治しにくいということで、今は空き城となっている。だが、平井城が落ちれば、北条勢はそこに籠もると思われる。そうなると厄介だ。だから真田勢におさえてほしいのじゃ。そして、北条勢が来たらせん滅もしくは、退却させてほしい。信繁殿は、この策の行方を見てからもどってきてよい。真田勢といっしょに働け。というお屋形の命じゃ」

「真田といっしょに働けるのは本望です。ありがたき幸せ。心して戦いまする」

信繁は意気揚々と出ていった。

 5月に、政宗勢の平井城攻めが始まった。北条勢は農民兵が多いので脱走した者が多く、2万からわずか5000に減っていた。城主は、北条幻庵の孫である北条氏隆(25才)。攻め手は政宗勢の1万6000に加え、上杉勢2000。真田勢2000。計2万の勢力である。真田勢は手はずどおり金山城へすすんでいる。そこでは、さしたる抵抗はなく、おさえることができていた。

 平井城は、平山城で、川によってできた河岸段丘の上にある。しかし、東方のみががけで、三方は平野部となっている。政宗勢はおのずと北側から攻めた。北条勢は、さしたる準備もなく、逃げ込んだ城である。城から飛んでくる矢の数は少なく、鉄砲の音は聞こえなかった。それだけ窮した籠城だったのである。政宗と小十郎は敵の夜討ちを警戒していた。戦う兵糧がなく、援軍の可能性もないとなれば、夜討ちにでて兵糧をうばうか、そのまま逃げるしかない。だれでも容易に予想できた。

 案の定、寝入りばなの時刻に、敵がしのんでやってきた。ねらいは兵糧である。政宗は、その近くに伏兵をしのばせており、敵のほとんどを討ち取った。その数500ほど。決死隊であったのだろう。戦いぶりは、必死の形相で勇敢であった。

 翌朝、平井城は静まっていた。政宗勢は、無人の城に入城した。空城の計を怪しんだが、伏兵もいなければ罠もない。よほどあわてて逃げ出していったのだろう。

「昨夜の決死隊が失敗したので、あわてて逃げ出したのでしょうな。敵の行先は、やはり金山でしょうか?」

小十郎はしらっとした顔で政宗に声をかけた。

「お主が、真田勢を金山に向かわせたのは、知っておるぞ。お主を敵にまわすとこわいの。太閤にお主をとられなくてよかったぞ」

小田原で、太閤に謁見する前に、その交渉を小十郎が担っていた。その際に、太閤から10万石の領地の条件で誘いがあったことを政宗は知っていた。しかし、小十郎は太閤の前で、

「拙者は、奥州しか知り申さぬ。天下のことは、天下人の軍師が担うこと。拙者よりも黒田殿、石田殿、大谷殿の方がふさわしく思います。拙者は太閤さまに仕える奥州の一大名の家臣として生きていく方が、身の丈にあっております」

と答えたのである。太閤は、

「10万石をのがしたな。まあ、それもよい」

と言ったとのこと。その数日後、小十郎がはなった影武者によって殺されるとは、思ってもいなかっただろう。

 金山城では、真田信幸(27才)・信繁(26才)兄弟が今か今かと北条勢を待ったいた。金山城に登ってくるのは、正面の道しかない。他の山道は獣道程度で、たとえ登ってきたとしても、5間(9m)ほどの石垣が待ち構えている。まさに、石垣で囲まれた堅固な城である。朝になり、登ってくる北条勢があった。その数およそ2000。平井城にいた数の半数である。

「兄者、きたぞ」

「うむ。では、手はずどおり」

信幸の合図で、兵が配置についた。石垣の上に櫓はなく、隠れるところは限られているが、上からの弓は、勢いよく敵にあたる。下からの弓は、勢いが弱く、あたったとしても鎧が防いでくれた。弓よりも効果的だったのは、石であった。石垣の城なので、大きめの石を落とすだけで、数人の兵が倒れ、逃げ帰っていく。どうせ破却する城である。城を壊しながら敵を倒すというのは痛快だった。昼前には、北条勢は登ってこなくなった。夜討ちの警戒をしながら、一晩を過ごし、忍びである草の者たちの情報を待った。

 翌朝、草の者たちから、北条勢は四散して逃げていったという報告があった。そこで、真田勢は金山城の破却を始めた。主に、大手門付近の石垣を崩し、中に入れぬようにした。獣道の石垣を崩すと、がけ下まで落ちていき、畑に影響があるので、そこはそのままにした。水場には石や土を埋め使えなくした。それを見て信幸が、

「これからは、山城の時代ではないな。守りには強いかもしれないが、城下町を作ることができぬ城では栄えぬ。岐阜や安土のような城下町を見下ろすような城がほしいの」

「兄上、今にできまする。戦がなくなれば、城もいらなくなります。そういう世をみたいものですな」

「まさに、我らが生きている間に見られるかの?」

「政宗殿ならば、我らと同い年。太閤ではできなかったことができるやもしれませぬ」

「ところで、我らは次はどこへ行けばいいのだ?」

「草の者の話では、政宗殿は八王子城へ向かったとのこと」

「八王子城か。北条氏照(51才)相手だな。難敵だな」

そういうと間もなく、真田勢は八王子城へ進んだ。

 さて、政宗勢は会津から上州から武蔵の国の西に入った。なので、下野の国は、戦に巻き込まれていなかった。ただ、隣の常陸の国を佐竹義宣(23才)が蹂躙しているので、下野に攻め込んでくるのではないかと国衆は戦々恐々としていた。

 成田氏長(53才)だけは、下野は安泰とわかっていたので、安穏として兵糧集めをしていた。そして、籠城と見せかけて、小田原城に入城した。北条氏直(31才)からは、八王子城が攻め込まれるところで、援軍要請の書状がきていた。わたりに船ということで、成田氏長は1000の手勢を連れて、小田原城に入城した。八王子城では戦が始まっており、北条氏直からは涙を流さんばかりに喜ばれた。そして、成田勢はからめ手の守備の一部隊として配置された。氏直は少しも疑っていなかったのである。そこが政宗との器の違いと氏長は思っていた。

 八王子城へ転じよう。八王子城は谷間の盆地にあり、その背後に山城の曲輪が広がっている。本丸館に行くには、一本道しかない。そこを進めば、両脇から伏兵に攻められるのがおちである。ましてや、城主は北条一の猛者北条氏照である。政宗勢は、八王子城を目の前にして、にらみあう日々が数日続いた。しかし、小十郎はひとつの策をたてていた。本丸館への攻撃は難しいが、背後の山城が比較的手薄だとの報告を受けていた。そこで、桑折政長(32才)率いる2000の弓隊が、隣の山から尾根沿いにすすみ、山城の一番上の曲輪を攻めた。朝一番に攻めたので、敵はまだ戦の支度ができていなかった。あっけなく、曲輪を占拠することができた。それで北条勢に混乱が生じたのは、政宗本隊にもわかった。そこで政宗は、騎馬隊に突入を命じた。成実(25才)や前田利益(52才)たちが我先にと突進していく。中には、鉄砲や弓矢で倒れる者もいたが、横からの攻撃なので、全滅するまでにはいたらなかった。

 大手門近くまで進むと、北条氏照自ら騎馬隊を率いて出てきた。猛将ゆえに、先を見る力は足りないようだ。派手ないでたちの前田利益をめざしてやってきた。

「そこにいるのは、前田利益殿と見た。我は、北条氏照なり。神妙に勝負せよ」

「なんと、城主自ら出てくるとは、あきれかえる。たしかに、我は天下のかぶき者、前田慶次なり! 正々堂々と勝負せよ。者ども手だし無用ぞ!」

前田利益の声は大いに響きわたった。利益は、戦で名乗る時は前田慶次と名乗った。利益という名は、前田家に養子に入った際につけられた名で、あまり好きではなかったのである。元々は、信長の家臣滝川一益の血筋である。二人は何度か馬上で立ち合った。しかし、なかなか決着はつかず、二人とも馬から降りた。利益が斬りかけ、氏照がそれを受ける。ほぼ同年齢の二人だが、動きでは前田利益の方が上である。二人が立ち合っているところに、北条勢の一団が逃げかえってきた。谷間の山林に伏せていた弓隊や鉄砲隊である。政宗勢の歩兵部隊が山上から攻め降りてきたのだ。だいぶ回り道をしてきたので、思ったより時間がかかったが、政宗勢が一気に優勢となった。それを見た北条氏照が、背を向けた。大手門に逃げ込もうとした時に、ヒューという音とともに、矢がとんできて氏照の背に突き刺さった。氏照は一度倒れたものの、自力で立ち上がった。そして、周りにいた兵に抱えられ、城内に入っていった。

「利益殿、見事な戦いぶりであった」

「おう、成実殿の弓であったか。そちらこそ見事な腕前」

「利益殿、ご覧あれ。本丸館へ火矢がかけられている。桑折殿の部隊が、そこまで来ておるわ」

「我らの勝ちですな」

二人は、お互いに顔を見合わせ、健闘をたたえあった。大手門が破られ、桑折勢が本丸へなだれこんだ。本丸館は火をかけられ、崩れ落ちた。北条氏照は館で自刃したとのこと。火が強く、その亡骸は確認できなかった。八王子城攻めに5日かかったが、ここも政宗のものとなった。

「次はいよいよ小田原城ですな」

小十郎が政宗に声をかけた。

「いよいよだな。一度、小田原に行きそびれているので、楽しみだ」

政宗は、小十郎の顔を見ながら笑みをもらした。八王子から小田原への途中の北条勢の支城は空城か、すぐに開城となった。ほとんどの兵が小田原城に籠もったからである。

 5月末に小田原城攻めが始まった。政宗勢は総力3万。上杉勢や真田勢だけでなく、大崎勢・葛西勢・和賀勢・岩城勢、それに海には田村勢の水軍がいた。北条はほぼ2万の勢力と見られた。

 攻城初日は、にらみ合いとなった。成実(25才)が騎馬隊を率いて、大手門付近を走りまわったが、応戦は全くなかった。

 2日目は、弓隊が攻撃をしかけた。北条勢からも矢が飛んできたが、防御の盾が弓隊も守った。北条勢の被害は不明だったが、籠城がうまくいっていると思い、油断をし始めていた。小十郎(36才)は、その敵のゆるみを待っていた。忍びの者を使い、中にいる成田氏長(53才)に密書を渡した。

「時はいま」

それのみである。その密書を見た氏長は、その紙を飲み込んだ。覚悟を決めたのである。その夜、からめ手門が静かに開けられた。門の外に潜んでいたのは、真田信幸・信繁が率いる1000である。静かに潜入した真田勢は、信幸の合図で一斉に火矢を放った。城内で混乱が生じた。そこに、成実や利益率いる騎馬隊2000がなだれこんだ。油断をしていた北条勢は鎧をつけていない武士も多くいた。大手門も留守政景(44才)率いる5000の攻城槌隊の亀甲車で破ることができた。当主の北条氏直は、政宗勢の勢力をつかむことができず、炎の中、右往左往するばかりであった。ただ、わめいているばかりで、配下に指示は伝わらなかった。一刻(2時間)ほどで、炎は本丸館をおおっている。

 氏直は最後を覚悟し、近侍の武士を呼び、介錯を頼んだ。自分で腹を切る覚悟はなく、匕首を腹にあてたままでしばらく時が過ぎた。そこで、覚悟を決めた介錯をする武士により首を落とされた。介錯をした家臣は、その首を政宗勢に差し出し、その場で割腹した。

「北条にも骨のある武士がいたな。当主がしっかりしていれば、こうならなかったのにな」

そこで、攻撃中止命令がだされ、残った北条勢は捕虜となった。後日、政宗勢に味方する者は召し抱えられ、反する者は武装解除の上、野に放たれた。

 これで政宗の東国支配が決まったのである。

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