第29話

 

☆ 要 渚

 

 停学処分を受け、暇ですることがないからスマホをボケーッと眺めていた時にそれを見つけた。【教師と生徒がひと気の少ない早朝の学校でキスしてる件】などという陳腐な文章と共に投稿された一枚の画像。知っている人が見ればすぐに僕と飛鳥井先生だと分かるその写真は、僕が先生に傷隠しの化粧をしてもらっている瞬間を捉えたものだった。ご丁寧に最も顔が近づいた瞬間というおまけつきで。


 この写真が原因で先生は謹慎処分を受けてしまったようだ。ついさっき「ごめん、要くん。私の思いつきのせいで……」と電話が掛かってきたばかりだ。先生は悪くない。悪いのは投稿主。こんな、嘘のコメントまで添えやがって。

 そのせいで母さんに『どうしてアンタは次から次へ問題を起こすのよ』とまた怒られてしまった。店はしばらく一人で切り盛りするのだとか。僕は家で反省してろということらしい。

 いいさ。予定とは違った形で時間が出来ちゃったからそれを有効活用させてもらうよ。


「姉ちゃん。ちょっと出かけてくるね」


 

☆ 荒木 美保


「十万いいね超えてる……!」

 朝起きてスマホをチェックするのがこんなにワクワクするだなんて知らなかった。アタシの呟きがこんなにバズったのは人生で初めてだ。一昨日の朝に投稿したばかりだけど拡散された数はもう一万を超えちゃった。万バズって初めて! 人生初の万バズが週刊誌の隠し撮り記事みたいな投稿だったのはちょいビミョーだけどやっぱり嬉しい。どうしてもニヤけちゃう。


 でもこの悪い笑みはバズったからじゃない。踏切で私に恥をかかせたあの男子に仕返しが出来たからだ。時間さえあればひそかに付け回して、遅刻してまで写真を撮った甲斐があった。

巻き添えになったこの先生には悪いけど、教師が学校で異性の生徒と密着すること自体おかしいんだもん。こんな明らかに使われてない物置みたいな部屋で朝早くからナニやってんのよって話。


 これだけ拡散されたからウチの学校でも投稿を見てる人はいるし、なんだったらクラスでもそれっぽい会話が聞こえた。でもアタシが撮ったなんて言ってもどうせ誰も信じないよね。アカウントだって秘密にしてるし。いいもん。アタシだけが楽しめてればそれで充分だよ。

「美保―。遅刻するわよー?」

「分かってるー」

 お母さんはいつも口うるさい。私はもう中学生なんだから一人で色んなことが出来るのにずっと子ども扱いだもん。ヤんなっちゃう。それは身支度を終えて家を出ようとした時まで続いて『体操服持った?』だの『出し忘れたプリントはない?』だの、とにかくしつこいんだ。

「大丈夫だって言ってるじゃん。いちいち玄関まで来なくていいよ。ママ足悪いんだから」

 そうやって突き放すとママは少し傷ついたような顔をする。ママは子どものころに高い所から落っこちたせいで足に後遺症があるから杖がないと歩けない。でも自業自得だから私はこれっぽっちも同情したことはないけど。


「も、もう行くから!」

 ……なんだかモヤモヤする。なんでアタシが罪悪感とか抱かなきゃいけないワケ? 気を紛らわすためにもう一度スマホを見たけどさっきと違ってあんまりワクワクしなかった。そりゃそっか。たった二、三十分で大きな変化があるわけないし、一万を超えると表示が省略されるから一件や二件いいねが増えたところで分かんないもんね。


 う〜ん、なんかもう飽きちゃったカモ。バズったところで匿名だとアタシだって証明する手段がないからつまんない。友だちが多かったら自慢できるのに。

ほかに面白いことないかなぁ。とりあえず投稿についたコメントでも見てみよ。ひょっとしたらこの男子や教師の個人情報が載ってたりするカモ。

「いたっ」

 ヤバ。歩きスマホしてたら誰かにぶつかちゃった。ただでさえ校則でスマホ持ち込みは禁止されてるのに。

「ご、ごめんなさ――」

 相手の顔を見た瞬間、恐怖と驚きで喉が干上がって言葉が突っかかった。冷汗がブワッて背中に広がって心臓がものすごいバクバクしてる。ウソ、でしょ……。なんでここにいるの? あの男子が!

「前、見ないと危ないよ」

 悪魔みたいな微笑みを顔に貼り付けたその男子は「ちょっと話があるんだけど、いい?」と許可を取ろうとしている風を装ってアタシに命令したんだ。




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