第68話事実を知る時


こうして束の間の共同生活が始まった。しかし……


「おおーい腹減ったし、ピザでも頼もうぜ。あ、金は払っといてくれや」

「ちょっと優斗、洗濯物溜まってるわよ。食器もぐちゃぐちゃよ」

「ハァ? 電気やエアコンを出しっぱなしはやめろって? 小姑かてめーは!」

「いいじゃない。少し水を出しっぱなしにするくらい。女性は水を沢山使うものなの。そんなんじゃアンタ、モテないわよ」


うぐぐ……ストレスがマッハだ。

自分の家を好き勝手使われるのって結構腹が立つなぁ。

友達とかは遠慮してくれるからそうでもなかったが、この二人に遠慮などという言葉はないようだ。

今日は日曜、学校もレッスンも休みの日だから相手せざるを得なくてキツい。

自分のことくらい自分でやればいいのに。


「暇だからちとパチンコ行ってくるから金くれや優斗。稼いでんだろ?」

「あ、私にもくれるわよね。二人で六万でいいわよ」

「えぇ……ま、まぁそれくらいなら……」


言われるがまま六万を渡す。

これ貰ったばかりの給料なんだけどなぁ。


「オイ、俺たちの荷物に勝手に触るんじゃねーぞ。てめーは信用ならんからな」

「あ、でも布団とかは運んでおいて頂戴ねー。ヨロシク」


家から出ていく二人。

全く、触っていいのか悪いのかどっちなんだよ。


「まぁ、あと二、三日の辛抱だよな……」


俺は嘆息を吐きながら、二人の布団を運ぶのだった。



しかし三日どころか一週間がすぎても二人は出て行く様子はない。


「いつになったら出ていくんだよ!」

「ウルセェなー。いいだろまだ二、三日の範疇だろが」

「そうよ優斗、細かいことばかり気にしてたらモテないわよ」

「な……っ!」


一週間過ぎるのはどう考えても二、三日の範疇じゃない。

にも関わらず細かいこと扱いとは。思わず絶句する俺に二人は追い打ちをかけてくる。


「そんなことより学校行かなくていいのか? 遅刻だろ」

「そうよ。学校は行かなきゃバカにされるわよ。母さんそんなの許さないからね」

「……っ! 帰ったら話を聞いてもらうからね」


そう吐き捨てて俺は学校に行く。

今までは学校に行ってたかどうかすら気にしてなかったくせに。

ともあれここで言い争っても仕方ないし、俺は逃げるように部屋を出るのだった。



「どしたん神谷、最近やつれてるね」

「大丈夫か?」

「あー……うん……一応」


浩太たちに力無く言葉を返す。


「元気だしなよ。そんなんじゃ志保が悲しんじゃうぞー」

「も、もう夏菜子ったら! ……でも、無理はしないで下さいね」

「うん……ありがと」

「あちゃあ……こりゃ重症だわ」

「大丈夫でしょうか。神谷くん……」


詩川さんたちの心配する声にも反応する気力が起きず、俺はその日をぐったりとしたまま過ごしたのだった。



レッスン中も似たような感じだったが、学校で休んだことで多少は動けた。

それでも権田さんたちは心配してくれており、早めに帰してくれることとなった。

……とはいえ両親のいる家には帰りたくない俺としてはありがたいようなそうでないような、だったが。

どこかで時間を潰そうかな、そんなことを考えながらスタジオを出た時である。


「いよう神谷くん」

「り、竜崎さんっ!?」


声をかけてきたのは竜崎さんだ。ニヤニヤしながらヘッドロックをかけてくる。


「なんだよ。女かぁ? こんな時期にスキャンダルは困るんだがなぁー?」

「あ、ははは……」


スキャンダルという単語に思わず反応してしまう。

だが青ざめる俺を見て、すぐに真面目な顔になる。


「……何があった?」

「実は……」


経緯と現状を全てを話すと、竜崎さんは呆れたようにため息を吐く。


「……犯罪じゃないか。何故通報しないんだ? あの二人、君にとっては恨むべき相手だろう」

「えぇ……でも母は俺の大好きな父さんが曲がりなりにも愛した相手だし、義父も今はあぁですが、かつては父の頼れる部下として頑張っていたと聞いてます。俺自身も育てられたという恩もありますし。だから頼ってきた時くらいは力を貸してあげるべきかなと……甘い、ですかね?」


俺だって常に平静でいられるわけではない。辛い状況になれば他人に強く当たることもある。

あの二人があんな性格になったのも、何か事情があるのかもしれない。

無関係というわけでもないし、一応育てて貰った恩もある。

多少なら力を貸しても……と思ってしまったのだ。

俺の言葉に頭でも痛くなったのか、竜崎さんは頭を抱えながら言う。


「甘いな……甘々だよ神谷くん」

「で、ですよね……」


竜崎さんにはなんと言われても仕方ない。

家から追い出された俺に与えてくれたマンションに、その元凶である二人を住まわせているのだ。

世話をしてくれている竜崎さんからすれば訳のわからない話だろう。

申し訳なさに縮こまる俺に、竜崎さんは呆れながらも言葉を続ける。


「……だがまぁ、この生き馬の目を抜くような芸能界では案外そういう奴が愛され、生き残ったりするものだ。完璧に計算で生きているつもりでも、そういう者からは冷徹な素顔が見えるものだし、客もそれに気づくからな。神谷くんのそういう性格は美徳だと思うぜ」


パチンとウインクをする竜崎さん。

そのあまりに堂に入った仕草に思わず感嘆を漏らす。


「その……ありがとうございますっ!」

「ふっ、いいってことよ。……だが不用心だな君は。二人が家で何か悪さをするとは思わなかったのか?」

「いえ、全く……」


首を横に振るが、言われてみれば何かされたと考えるべきかもしれない。

急にパソコンが壊れたり、何故か靴が濡れていたり、壁に穴が空いていたり……あの二人が来てから変なことが起こり過ぎている気がする。


「やれやれ、キミは人を疑うということを知るべきだな……ま、ウチのマンションにはストーカーなどの対策として室内には幾つか監視カメラが設置してあってね。スマホでいつでも手軽に見られるのさ。……こんな風に」


竜崎さんが操作すると、液晶にソファでくつろぐ二人の姿が映し出される。


「でもこれプライパシーの侵害というやつでは……」

「こ、細かいことは気にするな! おっ、何か話してるみたいだ。音声を大きくするぞ」


操作をするとスマホから音声が聞こえてくる。


――はー、それにしてもこんないい場所に住みやがって。イラつくなぁ!

――まぁまぁ、おかげで私たちもいい暮らし出来るんだからよかったじゃない。

――そうだがよ……チッ、あんなガキに下手に出なきゃいけねぇってのは気分が悪いぜ。


「随分口の悪い奴らだな。神谷くん、優しいのはいいがガツンと言ってやらなきゃだぜ?」

「あはは……本当に困った人たちですね」


――イラつくからまた壁に穴開けてやろ。オラッ! あー気分スッキリ。しかし気付かないもんかねぇ。家の中とか気にしてないのか?

――ゲーム機に水ぶっかけても気付かずに買い替えてたものねぇ オタクのくせに気付かないなんてバカよねぇ。

――全くだ。しかし意外と壊れなくてつまらねぇよな。風呂に浸けても動くんだからよ。

――日本製品は頑丈って言うからねぇ。洗剤とか入れたらすぐ壊れたけどね。キャハハ!


「し、信じられねぇ糞どもだな……恩ってもんを感じねぇのか……? なぁ神谷くん、悪いことは言わねぇからやっぱ追い出せこいつら。な?」

「でも……そうしたらあの二人、必ず問題を起こしますよ。もうすぐコンサートなのに、竜崎さんたちに迷惑をかけるわけには……」

「おいおい、そんなこと言ってる場合じゃ……」


――いやースッキリ。こんなに気分が晴れたのはお前の亭主をブッ殺した時以来かなぁ。


不意に流れてきた言葉に俺は固まる。

なんだ? 今なんて言った……? 父さんを、殺した……そう言ったのか?


――そうねぇ。おかげで保険金もたんまり手に入って、悠々自適の生活が送れたんだものねぇ。

――しっかしあの野郎、間抜けだったよなぁ。自分の女を寝取られていることにも気付かねぇんだからよぉ。バカだよなぁ!

――んふふ。あの時のあなた、とっても素敵だったわ。やっぱり男はちょっとヤンチャなくらいがいいわよねぇ。

――ぶっははは! だよなぁ! 人の一人や二人殺すくれぇの方が男らしいってもんよ!


耳を通り過ぎていくのは信じられない言葉の数々に、俺の身体が揺れる。


「か、神谷くん!? 大丈夫か? 気をしっかり持て!」


肩を揺さぶられるのをどこか遠くに感じながら頭の中に思い描くのは、大好きだった父さんのことだ。

仕事から帰った後もいつも一緒に遊んでくれたし、気分屋な母から庇ってくれたことも何度もあった。

優しかった父さんがどうして俺を残して自殺したのか、ずっとずっと疑問だったけど……まさかこの二人が殺していただなんて。

いくらなんでも信じられない。信じたくない。


――それにしても睡眠剤ってのは便利なもんだ。ビルの屋上まで引き摺っても起きないなんて、正直驚いたぜ。

――ちょっと。前もって遺書を書かせた私の手柄も忘れないでよね。あれのおかげで警察から疑いの目を躱せたんだから。


だが決して気分が萎えたというわけではない。

むしろ今まで燻っていた炎が燃え上がってくるようだ。


――優斗のやつもやっちまうかぁ! そうしたらここにも住めるんじゃね?

――あら、それはとってもいい考えねぇ。同じようにすればわかりゃしないわよ。

――ギャハハハハハハハハ!

――オホホホホホホホホホ!


煩い。とスマホを切る。

竜崎さんが俺を見て、信じられないという顔をしていた。


「……すみません。竜崎さん」

「あ、おい神谷くん!?」


止める声を振り切って、外へ出る。

その後、どう走ったかは覚えていない。

気づけば俺はマンションの自室前へと辿り着いていた。

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