第67話最悪の客来たる
「ちょっとぉ。いるんでしょ優斗? 早く返事しなさいよ」
「親をいつまで待たせる気だァ? オイコラァ!」
どんどんとスピーカーを叩く音がインターホンから響いてくる。
突然の事態に思わずフリーズする。
何故、どうしてこの二人がここに……? 俺を家から追い出したんだから、もう用はないはずだろう。
だがもし何か大事な用があったとしたら……例えば父さん絡みとか。
しばし考えた後、俺は渋々返事をすることにした。
「…………はい」
すると画面の向こうで二人が顔を見合わせ笑顔になる。
「あらよかったわ。ちゃんといるじゃないの」
「んだよぉ、いるなら早く返事しろやグズがよ」
「どうしてここが……?」
「市役所の連中を締め上げたのさ。ったくあいつら無駄に手間取らせやがって、誰が働いた金で生活できてると思ってんだ」
「本当よね。親が子に会う権利を侵害するなんて、一体どういう了見なのかしら! あの税金泥棒!」
どうやら市役所で聞いてきたようだ。
血縁者なら調べられるんだっけ? よく知らないけれども。
どうでもいいが税金泥棒って……俺は二人がまともに働いているところを一度として見たことがないぞ。
「で、俺に何の用?」
「実はね優斗。私たち、事情があってあの家に住めなくなっちゃったの。それであなたのところに住まわせて欲しいのよ。ね、いいでしょ? 家族なんだから」
「そうそう、今まで面倒見てやったんだから、その恩を返させてやらぁ。いやー、こんなに早く親孝行が出来るなんて、お前も子供冥利に尽きるだろう?」
「な……っ!?」
ニヤニヤしながらとんでもないことを口にする二人に、俺は絶句する。
人を家から追い出しておいて、自分たちを住まわせろだなんて……はっきり言って正気とは思えない。
とはいえ両親、世話になっていたことは事実。出来るだけ穏便に話すべきだろうか。
「い、いやそれはちょっと……この家、俺の名義ってわけじゃないし……」
「何を固いこと言ってるの! 実の母親が困っているのよ? そんなよくわからないこと言わないで。お母さん悲しいわ……うぅっ」
「おいボケェ! 母親を泣かせていいのかよ! 血も涙もねぇ奴だなぁオイ! ぐだぐだ言ってねぇで早く扉を開けやがれよ!」
再度、ガンガンとインターホンを蹴る音が響く。
うう……管理人さんは午前中で帰ってるからなぁ。強く言って追い返せればいいんだけど……
「って別に無理に相手しなくていいじゃないか」
俺が入れなきゃ二人は入れないんだし、無視すればいいだけの話である。
いやぁ、オートロック機能って素晴らしいな。
「あーごめん、機械の調子が悪くてー」
「コラオイ! ふざけ――」
ぷちっ、と電源を切る。
何か言いかけてたけど今の俺には関係なし。ふー、なんとか切り抜けた。
まだチャイムを鳴らしているが、俺が出なければ諦めるだろう。他の人の目もあるし、居座っていれば警備の人とかもそのうち来るだろうしな。
「はぁ……どっと疲れた。悪いなギュスターヴ、レイモンド。ボスは明日にしてくれ……」
そもそも結構いい時間である。
明日からコンサートの為のレッスンもあるし、早めに寝なければ。
ベッドまで身体を引きずって、俺は倒れるように眠りにつくのだった。
◇
「……ん?」
目が覚める。起き上がりトイレに行こうとして、違和感に気づいた。
部屋に何かがいる。
「な、何者だ!?」
まさか泥棒? だがこんな高層マンションにどうやって……?
身構える俺の前に姿を現したのは男女二人の影である。
見覚えのあるそのシルエットは、まさか……
「うふふ、久しぶりねぇ優斗。いいところに住んでるじゃないの」
「ったく手間を取らせやがってよぉ」
肩をゴキゴキ鳴らしながら現れたのは俺の両親――神谷茂典に美恵、である。
どうしてこんなところに……? 混乱する俺に茂典は得意げに言う。
「へへっ、マンションの侵入手段なんて幾らでもあるんだぜ? 昔取った杵柄ってやつさ」
「すごいわ茂典さん、カッコいいわ!」
それは犯罪なのでは……もしや窓の鍵が空いていただろうか。
高層階は虫も入ってこないし風通しもいいから、つい開けっぱなしにしちゃうんだよなぁ。
とはいえ30階だぞ? だがまさか侵入してくるなんて夢にも思わなかった。
入り口は誰かと一緒に入ったとしても、そこからどうやってここまで……? ロープを伝って降りたのだろうか。
……くそっ、俺の想定が甘すぎたようだ。
「悪いけど通報させて貰うよ……!」
はっきり言って常識を疑う行為だ。
親だからってやっていいことと悪いことがあるだろう。
「まあっ! 親を通報するだなんて! なんて親不孝な子かしら!」
「だ、だからってやっていいことがあるだろ! 無断で家に入ってくるなんて、犯罪じゃないか!」
「違うわよ! 親は子に何をしてもいいの! 特に息子は母親のものなのよ! 当然でしょう!」
「話にならない……!」
元々おかしな人だったが、一度離れてみてよくわかった。
これ以上関わり合いになっても時間の無駄だ。俺は携帯の110番を押そうとする――
「そんなことしていいのか?」
「……どういうことだ?」
「優斗お前、もうすぐコンサートか何かを控えてるんだろ? なのに警察沙汰なんて大問題を起こしちゃマズいんじゃねぇかなぁ?」
「……っ!」
その言葉にボタンを押す手が止まる。
……そうだ。よりによって今のタイミングでそんな騒ぎを起こしたらコンサートが取りやめになるかもしれない。
竜崎さんはテレビCMや雑誌など広告費をかなり掛けたと言っていた。それだけの費用、上の期待だって大きいだろう。台無しにしたらどれだけの損害を出すかわかったものではない。
「そうよ。私たちだってあなたの成功を祈ってるんだから! この部屋で応援くらいさせなさいよ!」
「なーに、何もずっと居着くつもりはねぇからよ。二、三日置いてくれるだけでいいんだって! な? いいだろケチケチすんなって!」
二人は俺を応援してくれると言っている。
それに二、三日置いておくくらいなら、問題はない……のかもしれない。
「……わかった。でもそれだけしたら出て行って貰うから」
と、渋々言う。
困っているのは本当だろう。じゃないと面倒くさがりなこの二人が俺の住んでいる場所を探すはずがないもんな。
二、三日くらいなら大丈夫だろう。大人なのだし、これでも自分の住む場所くらいどうにかするに違いない。
「もー、最初からそういえばいいのに、相変わらず面倒な子ねぇ」
「へっ、まぁいいよ。勘弁してやらぁ。はー疲れた。風呂借りるぜ」
俺の言葉に何の返答もなかったが……本当に大丈夫だろうか。不安だ。
二人がリビングでくつろぐのを見ながら、俺は寝室に戻るのだった。
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