第65話デビュー決定! そして……


「本当にありがとう。助かったよ優斗くん」

「いえ、先輩の力になれてよかったです。……でもいいんですか? まだ約束の一ヵ月は経ってませんが」

「あぁ、あれから大きな事件もないしね。私がホールに戻っても問題ないだろう」


実際、以前に比べて男性客はかなり減っており、時折ホールから出てくる小鳥遊先輩を追う目もほとんどなくなっていた。

女性客が増えて入りづらくなったのもあるだろうが……原因は不明である。


「バイトまでさせてしまって、正直悪いとずっと思っていたのだ。それに……あまり君を独り占めすると後が怖そうだしな」

「?」


視線を向けた先には物陰で俺たちに視線を送る詩川さんの姿が見える。

膨れ面をしていた詩川さんは俺たちの視線に気付いたのか、慌てて顔を逸らした。

……そういえば彼女、時々一人でファミレスに来てるんだよな。

どうやら勉強とかをしているようではあるが、あまり身に入っているように見えなかったが……まさか俺を確認しに?

いや、ないない。多分何らかの事情で家で勉強できないのだろう。でもテストも終わったし特にやることもないはずだけど。

首を傾げていると、先輩は可笑しそうに口元を緩める。


「ふっ、自己評価の低いことだ。ま、以前の君を知る私としては理解できなくもないがな」

「え? 何ですって?」

「なんでもないよ。……本当に世話になった」

「優斗くぅーん、またバイトに来てねー!」

「店長……大事な後輩にあんな真似をされては困ります。あと私にも似たようなことをしていましたね?」

「あ、バレてた? ……てへ」

「てへ、じゃありません! 少しこちらへ来てくださいっ!」

「きゃー、いやー、殺されるー」


先輩に引きずられホールへと消えていく店長を見送る。

何がなんだかわからないが……どうやら彼氏役も終わりのようだ。正直荷が重い仕事だったが、どうにかこなせたようで安堵するのだった。



「神谷くん、キミのデビューが決まったぜ」


レッスンが終わったある日、竜崎さんが唐突に言う。


「へ? で、デビュー、ですか」


突然の言葉に俺は目を丸くせざるを得ない。


「うむ、君、この間バイトをしていただろう。あれがどうもSNSでパズりまくっていてな。顔面が良すぎるファミレス店員! ほれ、見たことないか?」


スマホを操作して出てきたのは、まごうことなく俺の写真だった。


「インスタとかでトレンドになっていたんだがな」

「俺、インスタやってないんで……ツイッターならやってますが」


ゲームやアニメなどの感想を呟くやつだ。

繋がっているのもその関係ばかりである。フォロー15、フォロワー10という典型的な一般人だ。


「そうなのか? だが君のアカウントは存在するようだが……これだろ?」

「ぶはっ!? ふ、フォロワー七万んん!?」


見せてもらった俺のインスタ画面は信じられないことになっていた。

それよりなんで俺のアカウントが? ……いや、そういえば皆と勉強会した時の飲食店で、フォローするだけでドリンクサービスとかでアカウントだけ作ったんだっけ。

皆と合わせて作ったので本名、自撮りというのがどうにも陽キャっぽくて落ち着かず、そのまま放置しておいたのである。


「あ、私フォローしてるわ。……ていうかフォロー返しなさいよ。別に良いけどさ」

「自分らも見かけたんでフォローさせて貰ってます! あ、返さないで良いんで!」

「ごめんすぐ返す。えーと……どこだろ」

「こうよ。ぽちぽちぽちっと」


碌に使ってないSNSなので操作方法が碌にわからず、唯架さんに操作してもらってフォローを返す。

あ、竜崎さんとかもフォローしてくれてたんだ。もちろん返しておく。


「いやー、ご当地番組で取り上げられてた時は驚いたよ。録画、撮っているんだが見るかい?」

「い、いいいいいいいですっ!」


そんな恥ずかしい姿がテレビで流れただなんて考えただけでも恐ろしい。

でもおかしいな。特にインタビューとかした記憶はないんだが……


「ほれ、よく撮れてるだろ?」

「俺ら見ましたよ。カッコよかったよなぁ神谷クン!」

「私は初めて見るわね。へー、よく映ってるじゃない」

「見ないって言ったじゃないですかーーーっ!」


完全に隠し撮りである。店長がインタビューに答えるのが目を背けてても聞こえてくる。


「とまぁ、こんな具合で人気が爆発してなぁ。その背後には熱心なファンもいるようで、乗るしかない、このビッグウェーブに! って感じでデビューが決まったわけさ! はっはっは、もうグッズも作り始めてるから逃げられないぞー」

「逃げはしないですが……なんか急ですね」

「決まる時はあっさり決まるものさ。……ま、君なら遠くないうちにデビューするとは思っていたがね」


パチンとウインクをする竜崎さん。

唯架さんが呆れたようにため息を吐き、俺に手を差し出してくる。


「やれやれ、結局負けちゃったね。でもすぐに追いつくから、待ってなさいよ!」

「はいっ!」


その手を取り、固く握り締める。

唯架さんより先にデビューが決まった以上、無様な姿は見せられない。

ようし、やるぞ! 俺はそう強く心に刻むのだった。



「くそっ、酷い目にあったぜ……」

「えぇ、本当に。全くあの子は疫病神よ」


悪態を吐きながらボロボロのラーメン屋で丼を啜る男女二人。

優斗の両親、義父の神谷茂典と実母の美恵だ。

二人は優斗への虐待が明るみになったことで警察や児童相談所から起訴され、逮捕まではいかなかったものの罰金やら色々と面倒な手続きを強要されたのである。


「正明はどうしてんだ?」

「引き離されちゃったわ……虐待の疑いがあるからあなたたち二人には預けられないって。今はどこかの施設にいるみたい」


弟の正明は二人が連れていかれた後に学校へ連絡があり、そのままシェルターに預けられた。

優斗ほどではなかったが、それでも多少なりとも虐待の傾向が見られたからだ。

その後どうなるかは二人のこれからの行い次第だ、と警察や職員たちに強く念を押されたのである。


「はぁ……ま、あいつがいなくなってくれたのは不幸中の幸いか。正直あいつを飼っておく金もねぇよ」

「そう、ね……あの子もそろそろお金がかかる頃だし、借金まで背負っちゃったしねぇ」

「だな。……ちくしょう! 何が賠償金だ! ふざけやがって!」


彼らの貯蓄――元夫を殺して得た保険金は竜崎から求められた賠償金一千万を支払った為、その全て失っていた。

それどころか借金までせざるを得なかった。

一応仕事も探したが、今まで碌に働いてこなかった二人に務まる仕事など、ありはしない。

子供を養うなどもっての外だろう。


「くそったれ! 家も抵当に入れられちまったし、これからどうやって生きていけばいいんだよ!」

「本当だよもう、全部優斗のせいね!」

「あぁ、今度ツラを見たらボコボコにしてやるぜ!」


荒れる二人にうんざりしたような顔をしながら、ラーメン屋の店主はテレビのチャンネルを変える。

そこに映っているのはコンサートの予告だ。それを見ていた美恵が、不意に目を丸くする。


「ね、ねぇアンタ。あれもしかして、優斗じゃない……?」

「え……? ほ、本当だ! あの野郎、一体何やってんだ?」


テレビに映っているのは優斗であった。

画面下には有名アイドルのコンサート、小さい文字で期待の新人、神谷優斗初デビュー決定! という文字も踊っている。


「ななな、なんだってーーーっ!?」


突如、大声を上げる二人に店主は耳を塞いだ。


「あ、あの子がアイドルデビュー!? しかもあんなにいい扱いで!?」

「……スゲェのか?」

「そうよ! 普通は小さなお祭りやイベントとかに出て少しずつ知名度と経験を積ませてから、ようやくデビューするものなのよ。TVでの広告なんて打っては貰えないし、席料を取るような舞台なんて与えられない。しかも五人とかの抱き合わせではなく、一人でとか……はっきり言って信じられないわ。あの優斗が、天下のスターチャイルドに、ここまで期待されているっていうの……?」

「へぇ……アイドル狂いの美恵が言うならそうなんだろうな」

「えぇ、ものすごい期待されているに違いないわ。なんであんな子が……信じられない……!」


ブツブツと呟く美恵を見て茂典はニヤリと笑う。


「つまりそれだけ生活が潤ってるってことだ。……じゃあよ、俺ら、あいつに世話になりゃあいいじゃねぇの。今まで世話してやってた代わりによ」

「! そうよね! それにあの子の近くにいたら他のアイドルにも会えるかもしれないわ!」

「よっしゃ決まりだ! へへっ、運が向いてきやがったぜ! 親父、釣りはいらねぇぜ!」


勢いよく千円札を二枚叩きつけ、店を出る。


「いや、お客さん金が足りねぇよーっ!」


追いかける店主の声が夜の街に響き渡った。


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