第64話一件落着……?
◇
「それにしても災難だったな。優斗くん」
「いえ、店長が助けてくれたから平気ですよ」
バイトを終えた帰り道、切れかけて点滅する電灯の下を先輩と二人で歩く。
何度か通ったが、人通りが少ないので彼氏役を抜きにしても送り迎えが必要な程に思えた。
「それにしてもミミズを入れてくるとは、中々豪胆な嫌がらせだよ。笑ってしまうな」
「あはは。漫画とかで見ますけど、本当にあるんですねぇ」
「全くけしからん。私がホールにいれば思い切り言ってやったのに」
ふん、と鼻を鳴らしながら腕を組む。
先輩は今、ストーカー対策もあってキッチンで仕事をしているのだ。
女性に助けて貰うのは男としては気が引けるのだが……気持ちはありがたく受け取っておこう。
「今日もありがとう。明日も頼むよ優斗くん」
「はい、おやすみなさい」
先輩の玄関まで見送り、挨拶をして別れる。
しかしいつの間にか優斗呼びになってるなぁ先輩ってば……ま、いっか。
そんなことを考えながら歩いていると、電灯の影に隠れている人がいる。
「君は……!」
「ふ、ふふ……待っていたよ神谷優斗」
不気味に笑うのはファミレスで絡んできた長髪の男だ。
歳は俺と同じくらいだろうか。それよりも俺の名を知っているだと? 狙いは先輩ではなく、俺……?
警戒する俺に男はずい、と近づいてくる。
「よ、よくもやってくれたな。だけどあれで勝ったとは思わないことだな。ぼ、僕と、ししし……勝負しろ!」
「へ? 勝負……?」
「そ、そうだ! 喧嘩だ! お、男同士拳と拳の殴り合いだ!」
男はファイティングポーズを取る。
だがどう見てもへっぴり腰だし、気迫も感じられない。
まともに喧嘩が出来るようとは到底思えない。
い、一体何を考えているんだ……?
◆
戸惑う優斗を前にマコトはほくそ笑んでいた。
(ククッ……我が計画、それはわざと僕自分を殴らせてその決定的瞬間を録画することなり! それをツイッターやインスタにあげまくって、大炎上させてくれる! アイドル候補生が喧嘩をしたことがバレればクビになることは必至! ぼ、僕の方から殴りかかれれば絶対反撃してくるに違いない! 僕を虐めてきた奴らのようにッ! そしてこいつがことを知れば、如何に優しい玲たんでも愛想を尽かせるに違いない!)
彼が玲に入れ込んだ理由は親切にされたこと。
雨の中、ずぶ濡れになりながら帰っていた時に傘を差し出してくれた玲が、彼には天使に見えたものだ。
(あぁ我ながらなんと完璧な計画! 玲たん。君を惑わせる悪魔の本性を暴いてあげるからね……その為なら多少の痛みも我慢できる!)
カメラは万全、角度もバッチリ。
手を震わせながらも拳を握り締め、殴りかかる。
「うわぁぁ〜〜〜ッ!」
我ながらなんとも情けない声と動き。
当然その威力は推して知るべし。優斗の頬を捉えた拳はペちっとショボい音を立てたのみだ。
驚いたように片目を瞑った彼は、痛みよりもむしろ戸惑いの方が強く見えた。
だがそれでいいダメージを与える必要はない。むしろ弱ければ弱いほど、奴は僕を侮るに違いない。
僕の方が先に手を出したのだ。しかも遥かに弱いとなれば、反撃するのに躊躇するはずがないはずだ。
それは彼がかつて虐められていた時のこと、決死の反撃を試みたはいいが相手に大したダメージを与えられず、虐めはより酷くなったという経験からだ。
反撃をしなければずっと虐められるが、その反撃が弱すぎれば更に悪化するということを彼は学んでいた。
ともあれ、攻撃をしてきた画面さえ押さえればこちらのもの。
オタクを殴るイケメン、この絵は確実に燃える。
事実はどうあれ、ネット民は常に何か叩けるモノを求めている。
不祥事を起こした芸能人、モラルを欠いた一般人、時代錯誤な発言をした有識者、ひとこと余計なことを喋った政治家……それこそ叩ければ何でもいいのだ。後は謝ろうが黙ろうが関係なし。
無限の悪意は燃えて広がり続ける。鎮火は不可避。奴のアイドルとしての人生は確実に終わる。
さぁ来い神谷優斗。僕を殴ったその時が、お前の最後だ。
◆
「この! この! どうだ!」
最初は驚いて攻撃を喰らったが、それ以降は掠りもしない。
力も弱く、覚悟も感じない攻撃を避けるのは造作もないことである。
避けるだけの俺に男は息を切らせながら言う。
「ど、どうした!? 来ないつもりか!? これは喧嘩なんだぞ!?」
その通りだ。人を殴る練習をしたのも、先輩の身を守る為。
今ここで拳を振るうのが正しい使い方なはずである。しかし――
「……もうやめようよ」
そう言って、彼の拳を捕まえる。
何度も拳を振り続けたからこそ、その軌道を見切るのは容易い。
「なっ……!」
「目を見ればわかる。君は話して分かるタイプだろう? 俺を殴ろうとしたのも何か理由があるはずだ。例えば誰かから強要されたり、とか」
「そ、そんなものあるわけないだろ!」
「いいよ隠さなくて。俺もそうだから、わかるんだ」
虐められていた時、命令されて他の男子に喧嘩を売らされたり、女子に告白させられたり、よくしていたものだ。
昼のあからさまな嫌がらせや今回の喧嘩、自分で考えてやったにしてはあまりにも不自然である。
「う、嘘をつけ! お前みたいなイケメンリア充がぼ、僕と同じわけないだろう!」
「一緒さ。君からは俺と同じオーラを感じる。少なくとも暴力を好む正確ではないだろう。何か理由があるに違いない」
「そんな……もの……!」
「理由を話して欲しい。もしかしたら力を貸せるかもしれないからさ」
そう言いながら彼を安心させるべく、笑顔を向ける。
男は息を飲んだ後――逃げた。
「ち、ちくしょおおおおおっ!」
「あ、待ってくれ!」
呼び止めようとするが男の足は意外に早く、あっという間に見えなくなってしまった。
うーむ、いらんこと言ってしまっただろうか。
でも同類のニオイがする人だし、できれば力になりたいんだけどなぁ
◆
「くっ! 顔だけじゃなく性格までもがイケメンだと!? くそっ! くそっ!」
パソコンをバンバン叩きながらマコトは優斗の情報を調べていく。
SNSのフォロワーやHPでの扱いを見ると、なるほどオタクというのに間違いはなさそうに見える。
しかもよくある人気の為に陰キャを装っているやつではなく、本物の匂いだった。
――同類、優斗の言葉がマコトに納得感を与えていく。
「ありえないだろ! こんな、こんな良い奴がこの程度の人気でいいはずがないだろ! もっと拡散しろ愚民ども! 公式ももっと宣伝しろタコ! グッズを出せ愚図っ!」
「マコトーーーっ! うるさいわよっ!」
母の声を無視し、メッセージウインドウを幾つも開いては各所へ要望を送りつけていく。
勿論、一つだけでなく複数の回線、複数のアカウントを使ってだ。
優斗の素晴らしさをネットへと拡散していく。
小鳥遊の時もそうだが、普段虐げられている彼は親切にされることに非常に、非常に弱いのだった。
◆
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