第63話彼氏のフリ作戦、始動


彼氏役としての俺の仕事はファミレスに小鳥遊先輩を迎えに来ることだ。

帰りが遅くなるので心配になった彼が迎えに来ることになった……という設定である。


「お疲れ様です小鳥遊先輩」

「あぁ、ありがとう神谷くん。では失礼します店長」


張りのある声で挨拶をしてバイト先を出る先輩。

俺という存在をアピールする為だ。

その効果は抜群のようで、背後からの強烈な視線にはとてつもない嫉妬が混じっているのがわかる。



「ぬゥゥゥ……我らがアイドル小鳥遊玲さんに彼氏だとォォォ……?」

「信じられん! だがあの仲睦まじさ……認めざるを得ないということか……!」

「くッ、だがあれだけ顔の良い男だと、釣り合っていると言わざるを得ないぜ……」

「イケメン……憎い……」



な、なんだろう……寒気がしてきた……

やっぱり俺みたいな陰キャには先輩みたいな美人の彼氏役は荷が重いのかもしれない。

そんなことを考えていると、先輩が俺を訝しむように見つめているのに気づく。


「ふーむ……どうも彼氏っぽさが足りないな」

「あはは、ですよねー。俺じゃ役不足……どわっ!?」


突如、俺の腕にしがみついてくる小鳥遊先輩。

胸がその、当たっているんですが……激しく動揺する俺の耳元で囁く。


「……うん、これで良い感じだ。折角だし呼び名も変えてみるか。優斗くん?」

「か、勘弁して下さいよ先輩……」

「だがこういう場所でアピールしておかねば、彼氏役を頼んだ意味がないからな。もちろん強制は出来ないし、嫌ならやめるが?」

「い、嫌ではない、ですが……」

「ならばしばし我慢してくれ。優斗くん」


悪戯っぽい微笑を浮かべながら、俺の腕を引いて歩き出す。

嫌だなんてとんでもない。ただ陰キャの俺にはあまりにも刺激が強すぎるだけである。

刺激が強かったのは彼女のファンたちにとっても同様だったようで、激しい嫉妬の炎が燃え上がっているのが嫌でもわかる。

……もう後ろ、見ないようにしようっと。



「うおおおおお! こ、この感じ……信じたくはないが明らかに小鳥遊嬢の方が惚れているっ!」

「バカな! やはりイケメンか! イケメンは全てを解決するというのか!」

「でも幸せならオーケーです!」

「おま……血涙出てるぞ……いやショックなのはわかるけど……」


ファミレス内に巻き起こる怨嗟の声、だがその中で一際強い負の感情を発する者がいた。

否、正確にはそこからかなり離れた場所からだが――


「あ、ありえん……玲たんにかかか、彼氏だとぉ……! 信じない! 僕は信じないぞォォォ!」


真っ暗な部屋、パソコンの前でヘッドフォンをする長髪の男が頭を掻き毟っている。

クンクンと頭皮の匂いを嗅いで多少気持ちが落ち着いたのか、男はギョロリとした目で画面を凝視する。

キーボードを操作するとカメラがファミレスから繁華街へ、駐車場へ、コンビニ、スーパー、公園と次々変わっていく。

監視カメラをハッキングし、二人を探しているのだ。しばしそれを繰り返したのち、ようやく現場が写っているカメラを見つける。


「! いた……きっと何かの勘違いだ。あの玲たんに男がいるはずがない……きっと兄弟か何かに違いない……!」


爪を噛みながら一縷の希望をかけて画面を凝視する。

……が、行われるのは仲の良さげなやりとりばかり。

兄弟とは思えない会話の数々、何より時折頬を赤らめて微笑みかける様は、ラブコメなどで女の子が好きな男に向けるかのような艶っぽい表情そのものだった。


「ほ、本当に彼氏だというのか……クゥー! ぼ、僕という者がありながらーーーっ! このっ! ビッチビッチビーーーッチ!」


男は絶叫しながらガンガンと頭を机に打ち付ける。


「ちょっとマコト! 静かにしなさい!」

「わ、わかってるよママ!」


マコトと呼ばれた男は額からは血が垂れ、眼鏡に血が飛び散ったのに気づくと几帳面に拭いた。

そしてまたパソコンを一心不乱に叩く。

しばらくすると画面には優斗の情報が表示された。


「神谷、優斗……か。ふむ、あれだけ顔がいいなら何か不祥事の一つでも起こしているに違いない。モテる男は大体悪い奴だからな!」


自分勝手な理論を口走りながらパソコンを叩きまくる。

浮かび上がる文字、文字、文字。


「なになに? 美空学園高等部一年、弓道部に……は所属してないのか。写真が今と随分異なるな……整形? 痩せただけか? まぁそれは良い。成績は優秀、素行不良もなし、生徒たちからの評判も悪くない。加えてスターチャイルドに所属のアイドル候補生だとぉ!? ぐっ、て、天は一物も二物も与えるというのか! クキィーーー!」


また髪をバリバリと掻き毟る。

机もドンドンと叩き、椅子をガタガタと揺らしていた。


「マコトーーーっ!」


母親の怒声を聞きながら、マコトは爪の匂いを嗅いで心を落ち着かせながら、目を閉じる。


「あり得ん……! 幾ら叩いても何のホコリも出てこないとは……普通は万引きだの補導だのイジメだの、出てくるはずだろう! イケメンなんて外面がいいだけで、ぜェェェッたいに悪事を働いているハズなんだ! 何かあるはずだ! 何か……」


血走った目で画面を凝視するが、やはり何も見当たらない。

しばし考え込んだ後、男は口角を持ち上げニタリと笑った。


「……いや、待てよ? なるほどアイドル候補生か……これは使えるかもしれないぞ。……ククッ、許さんぞ優斗とやら。玲たんを誑かしたその罪、その身を持って購って貰おう……!」


男のくぐもった笑い声が、暗い部屋に響くのだった。



彼氏役を始めて二週間、俺の心配とは裏腹にファミレスにいた先輩絡みの男性客はかなり減ってしまった。

店長は客が減ったことでショックを受けており、何故か俺に少しでいいからバイトをしてくれないかと頼んできたのである。

客が減ったなら俺がバイトに入る意味はないのでは? と思ったが困らせた原因が俺であることは事実なのだし、レッスンまでの一時間という条件で働くことにしたのである。

結果……何故か、お客さんは大量に増えた。不思議だ。そういう時期なのだろうか? 首を傾げながらも俺は増えた仕事をこなすのだった。



「きゃあ! 今日も来たわよ優斗クン!」

「いつ見ても格好いいわねぇ。眼福だわぁ」

「はぁ……やだわ、ため息が出ちゃう」


不思議そうな顔で配膳する優斗をうっとりした顔で見つめる女性客たち。

彼女らは店長が隠し撮りした優斗の写真を載せたインスタ情報により集まったのだ。

レッスンまでの17時〜18時という限られた時間というのも上手く作用したようで、結果失った以上の客を獲得したのである。


「クックック……やはりいいわね優斗君。絶対人気が出ると思ったけど、予想以上だわぁ。あー、レギュラーになってくれないかしら」


と、ブツブツ呟きながらホールの物陰から更なる写真を撮る店長。

そしてお察しの通り小鳥遊玲に大量の客が集まった原因は彼女にあるのだが……全く反省はしていないようだった。



「注文いいですかー?」

「はい、すぐ行きまーす」


何やら様々な思惑が交差している気がしなくもないが、俺はとにかく働くのみだ。

それにしてもやたらと女性客ばかりが俺に絡んでくる気がしなくもないが、接客業ってこういうものなのだろうか。

今までは皿洗いくらいしかしたことなかったから、なんだか新鮮である。


「ち、ちょっといいか……!」

「ただいま伺います!」


呼ばれて向かう先は長髪の男が一人座っていた。


「如何いたしましたか?」

「こ、この水……ミミズが入ってるじゃないか! 取り替えたまえ!」

「は……? そ、そんなはずは……」

「そ、そんなはずも何も、今ここにいるじゃないか! ど、どうしてくれるんだ!」


どう考えても絶対にありえない。

困惑する俺に男は罵声を浴びせ始める。


「し、謝罪しろ! 悪い噂も書き込んでやる! ぜ、絶対許さんからな!」

「お客様ー? どうなさいましたか?」


そんな時、俺の後ろから出てきたのは店長だ。

テーブルを見るなり異変に気づき、しかしにっこりと笑う。


「あら可愛いミミズちゃん。一体どこから紛れ込んだのかしら……ん? お客様、お手が土で汚れていますわよ? 拭きましょうか」

「わっ、な、何をする……!」

「あらまポケットも! なんだかヌメヌメしますわねー。まるでここにミミズを入れていたみたいですわ」

「か、帰るっ!」


一万円札を置いて、男は逃げるように立ち去る。

俺はそんなやりとりをポカンとした顔で眺めるのみだ。


「あ! コラ待ちなさーい! ……ったくもう」


店長がため息を吐くと同時に、万雷の拍手が巻き起こった。


「たまにいるのよねーあぁいう客、ガツンと言っても構わないから♪」

「は、はぁ……」


もしかして今、絡まれていたのだろうか。

考えられるとすれば小鳥遊先輩の絡み……? うーむ、もう終わったのかと思ったがこの問題、意外と根が深いのかもな。

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