第62話再開のギュスターヴ(まさかの弟子入り!?)

モリガンの眷属、ギュスターヴ。

巨体の人狼で以前一度戦ったことがある相手だ。

ボス格なだけあって相当な強さで、あの時はどうにか部位破壊をすることで切り抜けることが出来たのだ。

とはいえあのまま戦っていたらどうなっていたかわからない程の強敵である。


「だがどうして奴がこんなところに……?」


逃げる際、あいつは俺に強い敵意を向けていた。

傷を癒したあと、俺を追いかけてきたとか?

……いや、どうも様子がおかしい。何かを探しているように見える。

キョロキョロと辺りを見渡しながら、ギュスターヴはその場を離れていく。


「むぅ、どこかへ行ってしまったぞ」

「そうみたいだな」


何かしらのゲーム内イベントという可能性も考えられるが、基本的にはあいつは敵である。

見つかったら襲いかかってくるのは確実だろう。

出来るだけ接触は避けた方がいいとは思うのだが……気になるな。



――ギュスたんキター!?

――俺たちは覚えてたぞ! 負け犬君。

――ギュスたそ可愛いよ。ハァハァ……

――ケモナー乙。……はいいとして、何しに来たんだろ?

――今、転職した直後だからレイモンドたんのSP切れてるな。レベルの低いモンクじゃ戦えないだろ。どうするユートさん!?



「――追おう」

「お、追うのかユート!?」

「うん、帰還の羽は持ってるから襲われても死にはしないし、あいつが何をしているかも気になる。この階で狩りをしながらそれを探ろう」


地下三階は崩壊した遺跡の中心点。隠れる場所も多いし、追う側からすればわかりやすい。

もしかしたらあいつ自身が呪いの手掛かりかもしれないしな。


「むぅ……気をつけるのだぞ」

「わかってるって」


親指を立てて返しながら、俺たちはギュスターヴの後を追うのだった。



――おっ、ユートさんギュスの奴を追うつもりか?

――だが相手さん移動速度が速すぎる。あっという間に見えなくなっちゃったぞ。

――物陰が多いってことは、それだけ見失いやすいってことだからなぁ。

――まぁそのうち会うこともあるんじゃね? 曲がり角でバッタリってことにならないといいけど。

――ギュスたんと曲がり角で運命の出会い!? 咥えたパンを落として始まるロマンス!?

――ケモナー乙。



「うーむ……意気込んでみたがあっという間に見失ってしまうとは……」


モンスターたちを殴り倒しながら歩き回る。

敵がうじゃうじゃいるこのフロアでレイモンドを飛ばして探して貰うわけにもいかず、普通に狩りをしながらギュスターヴを追っていた。


「あー、うー」


そんな中、時折現れるこのグールが厄介だ。


「くっ……だぁ!」


ドドドン! とコンボを決めて瞬殺する。

……ふぅ、相変わらず人間相手に拳を向けるのは苦手なままだ。

少しはマシになった、と思いたいのだが……


「よ、よし! ナイスだぞユート! この調子だ!」


わざとらしく褒めそやすレイモンドの目は明らかに泳いでいる。

反応からしてやはりダメっぽいなぁ。

他のモンスターはそれなりに殴れるようになったつもりなんだが、この調子じゃトラウマを拭い去れるのはいつになるかわからないぞ。

ため息と共に拳を下ろした、その時である。


「なんでェお前、そのへっぴり腰はよ」

「!!!!!」


頭上から聞こえた声の主は俺が探していた人物――即ちギュスターヴであった。


「な、ななな……なんでお前……!」

「何を惚けてんだ馬鹿野郎。んなど下手くそな追跡、俺でなくても気づくわボケ! ったく、俺を追う奴がいたから逆に探ってみたが……まさかテメェだったとはなぁ」


呆れたような口調でくっくっと笑う。


「隙だらけのテメェを後ろからブッちめようかと思ったが、あまりにショボすぎる攻撃で思わず見入っちまってたんだが……クハッ! つい我慢できず声をかけちまったってわけだ! ギャハハハハハ!」


更に、大爆笑し始めた。

ううっ、確かにヘボかもしれないけどさぁ。

そんなに笑うことないだろう。


「しっかし一度とはいえ、こんなヘタレに引いたとはなぁ。これじゃ俺様の名折れよ! つーわけで武士の情けだ、俺様が拳の振るい方ってヤツを教えてやるよ!」

「……へ?」


突然の発言に俺は、思わず間の抜けた声を漏らすのだった。



――ギュス師匠展開キター!?

――え? 何これイベント? そんなのアリなわけ?

――そういえば他の大陸の街とかには身体の動かし方がわからない初心者向けに、色々教えてくれるNPCがいたけど……なんでよりによってここで?

――しかもボスであるギュスが……?

――そんなのギュスたんがツンデレだからに決まっているだろ! 激しい戦いを経て固い絆に結ばれた二人、何も起きないはずもなく……

――ケモナー乙。



「おいおい、なんだぁそんなへっぴり腰で人をぶん殴る気なのかァ!? 殺す気でいけ! ダボが!」

「こ、こらギュスターヴ! ユートになんてことを言うのだ!」

「うるせェ! 俺ァ師匠だ! 師匠が弟子を詰めて何が悪ィ!」


言い争うギュスターヴとレイモンドに挟まれながら、俺は正拳突きを繰り返していた。

結局、独学では限界があると悟った俺は素直に彼の世話になることにしたのである。

驚いたのは提案したギュスターヴもだったようで、俺の方から頼むとなんだか照れくさそうに頷いていた。

なんだろう。根は案外いい奴なのだろうか。


「オラ! 軸がブレてんぞ! 無心だ! 拳を突くことに全集中しろ!」

「押忍!」


彼の教えはわかりやすく、単純であった。

コンボだの避けるだの考えず、無心でただ思いっきり突け! 気合いで突け! とにかく突け! ……である。

なるほど、決まった型を繰り返すことにより身体に覚えさせ、殴ることへの忌避感が弱まるわけだ。

空手などで素振りを繰り返すのと似たようなものかもしれない。

あとはとにかく気合いとのことだ。俺みたいな陰キャには最も遠いものだが、やってみると確かに重要な気もしてくる。


「ふぅむ、多少はマシになってきたようだな。どうよレイ、仕上げに一発ゴニョゴニョゴニョ」

「何ぃ!? ボク自身を危険に晒してユートを追い詰めるだと!?」

「おうよ。見たところあいつは人の為にこそ力を発揮するタイプだろ? だったらお前なんかピッタリじゃねぇの」

「貴様とんでもないことを……! だがまぁ一理あるかもしれんな……」

「だろうが。テメェも少しは役にたちやがれ!」

「くっ、これもユートの為か……仕方あるまい」


何やら相談している二人に構わず正拳突きを続けていた。その時である。

レイモンドがふらふらとグールの方へと飛んでいく。


「ウ、ウワー! 助けてくれー!」

「! レイモンド!」


怪我でもしたのだろうか。まともに飛べてない。

なんだか棒読みっぽいのが気になるが……このままではグールの餌食になってしまう。

咄嗟に駆け出しレイモンドの前に立ちはだかると、眼前のグール目掛けて拳を振るう。


「うおおおおおおお!」


どぱん! と爆ぜるような感覚と共に。グールの上半身が吹っ飛んだ。

今までとは全く違った感覚に呆然としていると、二人がすっ飛んでくる。


「見事! 見事だったぞユート! まこと素晴らしい一撃であった!」

「おう、やればできるじゃねェかよ。流石俺を退けた男だぜ!」


バシバシと背中や頭を叩きながら祝福してくる二人だが、それよりもだ。


「そんなことより大丈夫なのか? 飛び方がおかしかったけど! どこか怪我したか? 回復するか?」


さっきのレイモンドは明らかに様子がおかしかった。

その治療の方が優先である。


「あ……あーうむ……も、もう大丈夫だぞ。さっきは翼が攣ってしまってなー……はは、参った参った」


だが俺の心配を他所に、レイモンドは何故か視線を合わせようとしない。

ギュスターヴは何やら肩を振るわ笑っているし……一体どうしたのだろうか。


「ククッ、なんにせよよかったじゃねェか。それより今の感覚を忘れねェうちに、どんどん倒していくんだな」

「ギュスの言う通りだユート! ボクたちでグールをかき集めてくるからそこで待っておれよ!」

「あ、おい!」


言ってその場を離れていく二人。

うーむ、確かに今の飛び方はおかしくないかもな。じゃあさっきのは一体……?



――まさか自分の身を捧げてユートさんに拳の振るい方をマスターさせるなんて使い魔の鏡だな。そしてユートさんがニブすぎる件について。

――レイモンドたん……自らの身を犠牲にして……ええ子や。

――しかしギュスターヴは敵じゃなかったのかよ。実は親切な奴だったり?

――それも全て愛ゆえに! 異なる種族という壁は厚いが、それ故に二人の愛は燃え盛る……ッ!

――ケモナー乙。



そうして二人が連れてくるグールを倒しまくることしばし、まだ多少の躊躇はあるものの、いつの間にか問題なく拳を振るえるようになっていた。


「おう、多少はマシになってきたじゃねェの! そうよ、拳ってのは技で繰り出すんじゃねェ。魂で繰り出すモンだ! その感覚を忘れるなよ!」

「うん、ありがとうなギュスターヴ。助かったよ本当に」

「な……っ! か、勘違いするんじゃねェぞ!? 俺様と互角に近い戦いをした奴がぬるい攻撃してるのが許せねェだけだからな! フン!」


頬を赤らめながら、ぷいと横を向くギュスターヴ。


「レイモンドもありがとな」

「うむっ!」


礼を言いながら、ふと気になったことを尋ねる。


「ところでギュスターヴ、なんでここにいたんだ?」


だがさっきまでの様子はどこへやら。

彼は俺の質問に答えるつもりはないと言った風に背を向ける。


「……テメェらには関係ないだろ。じゃあよ」


そう言って去っていく。

ダンジョンの奥へと消えていく背中はどこか悲壮感を感じさせていた。

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