第61話人を殴るのも慣れてきた?(いや、あんまり才能ないと思います)

ゾンビを刈り続けることしばし、あっという間にレベルは30にまで達した。

それでも俺はまだ人を殴るのに抵抗が残ったままだった。


「い、いいぞユート! 大分サマになってきた!」

「はは、ありがとうレイモンド」


お世辞なのが丸わかりだ。自分でもわかるくらい酷い動きだからなぁ。

練達の腕輪のおかげで攻撃力はかなり上がっているはずなのだが、(コンボ系スキルは大体スキルレベルが1〜5なので、全部スキルレベルマックスで使えるのは非常に強い)へっぴり腰だとダメージも半減以下である。

しかもHP -1000のおかげで避け損ねた攻撃で何度も死んでるし。

我ながらなんて情けないんだ。くそぉ……!



――ユートさん、何かを克服しようとしている? 殴れるようになろうとしている感があるね。

――オタクが暴力性を身につける為に、モンクを練習していじめっ子にやり返したって話は聞いたことがある。

――あー、俺もそれネット記事で見たよ。反応は賛否両論だったけど、俺はいいと思う。やっぱりイジメはやり返さないと終わらないもん。経験者は語る。

――そうなの? 耐えていれば飽きてやめるって聞いたことあるけど。

――それ完璧デマよ。むしろ酷くなるから。経験者は語る。

――じゃあユートさんはいじめられっ子の可能性が微レ存?

――かもなぁ。だったら経験者としては応援したいところだ。がんばれユートさん! 人を殴れる男になれ!

――それはそれでちょっと……まぁ悪い奴を殴る拳は必要だよな。



「なぁユートよ、そろそろ下の階に行ってみぬか?」


更にしばらく狩り続けたところでレイモンドがたまりかねたように言う。


「恐らくだが相手が人型だから戦いにくいのだろう。ユートは優しいからな。もっと人外系のモンスターならやれるのではないか?」

「……そうかもな」


元々ここを狩場に選んだ理由は人型のゾンビを殴り慣れる為だが、ちと段階を飛ばしすぎたようだ。

そこそこレベルも上がってきたし、ここは下の階に行って他のモンスターと戦ってみるのもいいかもしれない。


「そういえばサーシャも言ってたしな。サンディアの地下遺跡には呪いの手がかりがあるかもしれない、と」


彼女が言うにはどうやら俺の呪いによく似た気配を地下遺跡で感じたことがあるらしい。

もしかしたら何か呪いに関する情報が手に入るかもしれないし、行ってみる価値はあるか。

俺はともかくレイモンドの呪いは解いてあげなきゃだしな。


「……そうだな。気分転換になるかもしれないし。ありがとうレイモンド」

「うむ! その通りだ! ユートが辛そうなのは見るに耐えんぞ」


嬉しそうに俺の周りを飛び回るレイモンド。

どうやら子供に心配をかけてしまうとは。俺はため息を吐きながら次の階層へと移動するのだった。



――おっと、階を移動するようですな。結局殴れるようにはならなんだか。

――わかってても難しいぜ。特にオタクにはよ。暴力がダメな行為だと刷り込まれてるからなぁ。経験者は語る。

――経験者多すぎだろ! いや俺も経験者なんですが。

――実際空手とか習ってるとオタクでもそう簡単には虐められないらしいぞ。覚悟が決まっている奴は強い。

――って言いながら次の階もゾンビ系だったら笑うんだが。

――レイモンドたんが途中偵察に行ってたから違うんじゃね。



「おおう……」


地下二階は大空洞となっており、その中央にはボロボロの遺跡が鎮座していた。

かなり広い空間だな。下手に歩き回るとすぐ囲まれてやられそうだ。

出来るだけ壁づたいに歩いていく。そんな俺に近づいてくる黒い影。


「ギーギー!」


虫のような鳴き声を上げながら突っ込んでくるのは小悪魔をぬいぐるみにしたようなモンスター、デビぐるみだ。

早速鑑定メガネを使い、ステータスを確認する。


デビぐるみ

LV32

属性悪魔

HP2800

SP100

弱点属性 光


俺のレベルは現在32まで上がっている。

対魔の心得もあるし、コンボ一発で削り切れるくらいのHPだ。

レベル的には十分戦えるはずである。……もちろん上手く戦えれば、の話だが。

拳を握り、相対する。そして呼吸を整え、殴りかかる。


「でぇい!」


どどどん! と攻撃音と共に一気にコンボを叩き込んだ。叩き込めた。

連打を喰らったデビぐるみは虚空に散るように消滅していく。


「おお……す、すごいぞユート! 今のは腰が入ったいい一撃だったぞ!」

「……うん、自分でも驚いてる」


相手がゾンビじゃなく、ぬいぐるみだったからだろうか。

敵への戸惑いが減った分、思いっきり殴ることができたような気がする。


「よし、これならいけるかもしれない!」

「うむ! この調子でどんどん行くのだ!」


身体に殴るという行為を染み込ませれば、そのうちゾンビが相手でもちゃんと攻撃できるかもしれない。

心地よい感触を握り込むように、俺は次の敵を探すのだった。



――おっ、今度はちゃんと攻撃できたじゃん。散々ゾンビ相手に攻撃して耐性がついたかな?

――どうかな。俺の見立てじゃまだ全力じゃないよ。デビぐるみ相手だったから少しマシな攻撃ができただけに過ぎないね。

――うーん、そういえば剣士とかの時みたいなイかれた動きはしてないなぁ。あくまでも普通のモンクって感じ。

――だね。まぁ一歩前進ではあるけれど、あれじゃ人は殴れないよ。経験者は語る。

――ゲームとリアルじゃ感覚も違うだろうしなぁ。しかしこれだけ練習してもまだ相手を殴れないなんて、相当お優しい性格なんだねユートさんは。



「はぁっ! たぁっ! とぉーっ!」


現れるモンスター相手に、俺はコンボを決めていく。

戦闘を繰り返すたび、ほんの少しずつではあるがマシになってきた気がしないでもない。

それに伴いレベルも少しずつ上がっていた。

ただ地下二階はとても広いので、時々どうしても敵が大量に集まってきてしまう。

囲まれれば回避率と防御力が落ちてしまうので、そうなる前に魔術師に転職、都度一掃しながら進んでいく。


「いい調子だぞユート!」

「あぁ、これなら更に下の階に行ってもいいかもな」


地下三階にはデビぐるみなどに混じってゾンビの上位モンスターであるグールがいる。

改めて人型のモンスターを殴れるか、試してみるべきだろう。

今の俺なら出来る……かもしれない。


「お、おい待つのだユート! 止まれ!」


階段に向かおうとして、不意にレイモンドが俺の襟首を掴んだ。

ぐえっ、一体なんなんだよ……文句を言おうとした、その時である。

崩れた壁の向こう側に見える大きな影。その正体は――


「あれはもしかして……ギュスターヴ、か……?」

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