第60話モンクにチャレンジします(人を殴るのは怖いもんなぁ)

正呪印による属性反転、その真価を試すべく俺が向かったのは魔術塔の下にある地下遺跡。

階段を降りると迷路のような坑道が続いており、そこには無数のゾンビが彷徨いていた。


「うわぁ……間近で見ると結構グロいなぁ」


目玉とか飛び出ているし、変な液体が全身から垂れている。

ゲームだってのは重々承知なのだが、流石に引いてしまう。


「っとそんなことより鑑定鑑定」


ゾンビ

レベル14

属性不死

HP980

SP0

弱点 光、火

弱点部位 頭、胸、関節


うん、幸い敵のレベル自体はそこまで高くないようだ。

これなら一気にいけそうである。


「よーし、追っかけてこい!」

「うー、あー」


歩き回りながらゾンビを引連れながら走り回る。

三体、四体、五体……ゾンビは速度が遅いので多少やきもきはするが、一気にレベルを上げるには大量の敵を集めた方が効率がいいからな。


「そろそろいいか」


集めたゾンビは十二体、この辺りが限界だろうと判断した俺は少し離れた場所にファイアウォールを展開する。と同時に、


「レイモンド、転職を」

「了解だ!」


淡い光と共に転職するのは、モンクだ。

徒手格闘を得意とし、格闘系スキルに加え支援系スキルまで使えるという非常に高いソロ性能を誇る職業である。

拳による攻撃はAGIによる補正も掛かり、更に魔法スキルの使用頻度も低くないのでバランス型の俺とも相性が良い。そして――


モンクへの転職が終わると同時に、どどどどどん! と爆音が響きゾンビたちが消滅する。

不死属性ものモンスターは痛みを感じない為、ノックバックをしないという特性を持つ。

それを触れた相手をノックバックさせるファイアウォールにぶつけると貫通して来るわけだが、その最一気にダメージを与えられるのだ。

即ち、瞬殺である。

レベルアップのファンファーレと共に俺のレベルは一気に10まで上がった。



――相変わらずパネェな。俺たちが低レベルを駆け抜けようと思ったら、いくら強い武器持っててもかなり時間かかるぞ。

――まぁ俺たちは他プレイヤーに頼むって方法もありますが。奈落ではそれは出来ないもんな。

――最近はちらほら見るようになったけど、大体序盤で詰んでるっていう。つかこないだアップデートしたのに難易度はあまり変わってないという。

――今やってるような連中は大抵ユートさんに憧れて始めたような奴らばかりだからなぁ。虐殺されて喜んでいる節すらあるぞ。

――あ、でもこの間最初の街でガチャ出来るようになってたな。あれは結構救済かも。そろそろ突破する奴も出てくるんじゃね。

――一か八かの廃課金を強いられるのか……それはそれでキツい。

――それにしても次はモンクか。ユートさんは『大丈夫』かね?



「うむ、相変わらず素晴らしいな。このレベル上げ方法は」


高レベル魔術師で攻撃オブジェクトを生成し、ダメージを与える直前に転職することで他職に経験値を得させる。

面倒臭い低レベル帯を駆け抜けるのにこれほど便利な技はない。

ま、レイモンドのSPを大量消費するので連打は出来ないが、ここまで上げればそこそこ戦闘スキルも取れるから問題なし。

レベルが上がったことでスキルツリーを確認していく。


「支援系スキルはとりあえず後回しにして、まず取得するのはこの『対魔の心得』だな」


こいつは悪魔、不死属性を持つモンスターと戦いやすくなるパッシブスキルだ。

具体的には悪魔、不死に対するダメージを最大30%増加させ、被ダメを最大30%軽減するというものである。

更に最大スキルレベルが5と低めに設定されているのも素晴らしく、この手の心得系の中ではもっとも使い勝手が良い。


「とりあえずこれを1だけ取得して、練達の腕輪を装備する……っと」


HPはかなり減ったが、これでスキルレベルが5まで上昇した。

浮いたスキルポイントを使って『連打撃』、その上にある『崩拳』、『虎砲』まで一気に取得していく。

これらはコンボスキルというもので、スキル一つ一つの消費SPが少なめに設定されている代わりに好きな時には使えないという特徴がある。

具体的な使い方としては、通常攻撃時に自動発生する『連打撃』の直後にタイミングよく『崩拳』、『虎砲』とスキルを発動させることで一気に高ダメージを叩き込むのだ。


「さて、早速試してみますか……はっ!」


見つけたゾンビに殴りかかる。

どかっ! と顔面に拳を叩き込むと同時に『連打撃』発動。

身体が勝手に動いて胴体部位を破壊する。「うーあー」と呻き声を上げながら、ゾンビは消滅してしまった。


「おおっ! すごいぞユート! カッコいいぞ!」


はしゃぐレイモンド。しかし俺は……拳を突き出したまま固まっていた。


「ユート?」

「……あ、あぁ……」


震える拳をじっと見つめながら、なんとか言葉を返す。

俺の手にはゾンビを殴った嫌な手応えが残っていた。

今までいじめられていたこともあり、俺は人を殴るのが苦手だ。

魔法や剣で戦うならともかく、拳のように至近距離での戦いとなるとやはり恐ろしい。

くそっ、こいつは中々重そうな課題だな。



――あら意外、ユートさんらしくないね。クソ遅いゾンビ相手なのに全然動けてないじゃん。

――ってまぁしょーがないでしょ。このゲームあまりにリアルすぎるから殴った感触が直接伝わるモンクって人気ないんだよね。

――正確には二種類に分かれてる感じかな。俺らみたいなオタクは無理だけど、殴り慣れてるヤンキーからは人気あるみたいだし。

――てかヤンキーもこのゲームやってるんだ。オタク趣味のヤンキーって案外多いらしいけど、マジなのかぁ。

――そもそもオタクはモンクは選ばない(偏見)。大体魔法職か剣士系でしょ。

――わかるけれども! ……じゃあなんで今更モンクなんかに? 随分と嫌そうに殴っていたけども。



俺がわざわざモンクをやろうとした理由は、人を殴る練習の為である。

小鳥遊先輩の彼氏役を買って出たことで、荒事にも巻き込まれる可能性が高くなった。

今まで絡まれた時はどうにかなっていたが、この調子だといつかは本気で戦わざるを得ないこともあるだろう。

そんな状況でへたれているわけにはいかない。

だって俺の周りにはいつも、守りたい人たちがいるのだから。


幸い俺はゲームでの経験がリアルに生きるタイプみたいだし、人型であるゾンビを相手にすればその練習にはなるかもしれないと思ったのだ。

コンボスキルを習得したのも自動攻撃なら強制的に慣れるだろうという目論見もあった。

……でも正直言って全然ダメだ。腰が引けているし全身の動きが硬くなっているのがよくわかる。

避けるのは得意なんだが、殴るとなるとやはり違うものだ。

とはいえ弱音を吐いている場合ではないし、今のうちに慣れておかないとな。


「うーあー……」

「くっ、怖い……けど、克服してやる……!」


向かってくるゾンビたちに、俺は拳を振るい続けるのだった。

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