第58話バイトとトラブル、そして……

「神谷、くん……じゃないか……!」


店員さんの正体は、まさかの小鳥遊先輩であった。

弓道部の部長で、俺もよく世話になっている人である。


「驚きました。バイトしてたんですね」

「う、うむ……弓道は金が掛かるから、必要分はバイトで稼げと母に言われて……それよりさっきは本当に助かったよ。さっきの連中、いつも絡んできて鬱陶しかったからな」

「あぁ、小鳥遊先輩、美人ですからね」

「な……っ! へ、変なことを言うんじゃないっ!」


俺の言葉に小鳥遊先輩は唇を尖らせ、プイッと顔を逸らす。

も、もしかしてキモいことを言ってしまっただろうか。

長い間非モテだったので、女子相手にどう話していいかイマイチわからないのである。


「お、おーい、大丈夫だったか? 神谷ー」


男たちが逃げ去ったことで、浩太たちも恐る恐る声をかけてきた。


「怪我はしてねーか? 少し絡まれてたみたいだったが」

「大丈夫でしょ。すぐ帰ってたし。それにしてもアンタたちびびっちゃってさー情けないよねー」

「言っておくが神谷がおかしいだけで、俺たちの方が普通だからな!」

「まぁ……そうですね。神谷くんは怖いもの知らず過ぎて見ているこちらとしてはヒヤヒヤしますから、少しは気をつけて貰わないと……」


心配するのか呆れるのか、どっちかにして欲しい。


「なんだ。君たちもいたのか。……ふむ、すまないがもうすぐバイトも終わるし、少し待っててくれないか? 神谷くん」

「あ、ハイ……もちろん構いませんけど」

「よかった。じゃあ後で」


忙しそうに去っていく小鳥遊先輩。

俺たちはそれを見送るのみだ。


「待ってろって……何か用なのかな?」

「あの人も打ち上げに参加したかったとか」

「お礼を言いたいんじゃない? 何かサービスしてくれるかもよ」

「しかし何故神谷くんを名指し……?」


首を傾げながらも待つことしばし、仕事が終わり私服に着替えた先輩が俺の正面に座る。


「すまない。待たせたな」


動きやすそうなスウェットにロングのスカート。見る人によっては野暮ったいと思われるかもしれないが、浩太たちにはクリティカルヒットだったようだ。


「おおー! 小鳥遊先輩、私服姿も素敵です」

「もちろん制服姿もですけどねっ!」

「……そういうのはやめろと言ったはずだが」

「す、すみません……」


凍るような抑揚のない言葉に冷ややかな視線、詩川さんとはまた違った迫力に二人は思わず縮こまる。

なんて恐ろしい目だろうか。横で見ていた俺ですらちびりそうになる程だ。

二人を十分に脅かした後、大きなため息を吐いて言葉を続ける。


「実は一つ相談に乗って貰いたことがあるんだ。……私がここで働き始めてからというもの、どうも客たちの反応がその、彼らと似たような感じでな」

「彼らって俺らのことですか!?」

「可愛いって言っちゃダメでしたー!?」


大いにショックを受ける二人。

しまったな。どうやら安易に褒めるのは女の子的にはあまり良くないらしい。

日向さんが当然、とばかりに追従する。


「当たり前よ。好きでもない男子にそんなこと言われても迷惑なだけなんだから。あんたら少しは節制なさい」

「うぅ……良かれと思ったのに……」

「むしろ迷惑だったとは……」


そ、そうだったのか……これからは発言に気をつけよう。

非モテに女の子の気持ちなんてわかるわけがないものな。うんうん。


「まぁその……なんだ。最初は私も困惑しつつも適当に対処はしていたが、近頃は調子に来る輩も現れ始めてな。次第にエスカレートしてきたのだ。仕舞いにはさっきのように乱暴な連中まで……」

「あー……小鳥遊先輩ってばかなり可愛いですからねー。おっぱいも大きいし、そりゃナンパもされるかー」

「な……や、やめろそういうのは!」

「そうよ。失礼でしょう!」

「さーせーん」


舌をぺろっと出して誤魔化す日向さん。

どうやらこの手の発言は同性でも許されるわけではないらしい。

中々難しいな。女子というのは。


「……コホン、ともあれ最近は本当にひどくてね。毎日仕事にならず、本当に迷惑しているんだよ。それでだ神谷くん、一つ君に協力して欲しいことがあるのだが」

「俺でよければなんでもやりますよ。小鳥遊先輩にはお世話になってますから」


どんと胸を叩いてみせると、先輩は目を輝かせ俺の手を取る。


「本当か!? 本当になんでもやってくれるのか!?」

「お、俺に出来る範囲でなら、ですが……!」

「もちろんだとも。そう多くは求めないつもりだ。……あぁいや、しかし迷惑はかけてしまうだろうが……」


考え込み、ブツブツ呟く先輩。

そんなに勿体ぶられると、怖くなってくるんだが。

息を呑んで言葉を待っていると、先輩は覚悟を決めたかのように、言う。


「実は――君には私の彼氏役になって欲しいんだ!」

「えええええええええええっ!?」


俺よりも誰よりも、詩川さんが大きな声を上げていた。


「ダメ、だろうか……?」

「だ、だだだ駄目に決まっていますっ!」


真っ先に反論したのは詩川さんである。

何故彼女が反論するのだろうか。しかもあんなに顔を真っ赤にしてまで。


「君の言いたいことはよくわかる。彼にそんな要求を迫るなど、自分でもどうかと思うよ。だが結局のところ彼らが私を誘ってくる理由は特定の相手がいないからに他ならない。私にそういう相手が見つかれば、もう二度と来ることはないのではなかろうか?」

「うっ……し、しかし……」

「三ヶ月……いや、一ヶ月でいいんだ。頼むっ!」


詩川さんがすごく睨んでくるが、世話になっている小鳥遊先輩に頭を下げられては無碍にはできるはずがない。


「……わかりました。そのくらいならお安いご用ですよ」

「おおっ! 本当か!? ありがとうっ!」

「えぇ、俺に務まるか自信はないですが」

「何を言う。君ほど頼りになる男は私は知らないぞ。いや、神谷くんが頷いてくれてよかった。私にできる礼ならなんでもするから是非言ってくれ!」


と言っても、先輩に要求なんて出来るはずもなく俺は苦笑いを返すのみだ。

そして詩川さんがめちゃくちゃ睨んでくるが、それはそれとして……

こうして俺と小鳥遊先輩は、期間限定の恋人となったのである。

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