第54話VSミュラー、後編(いつからもクソも全然気づかなかったんだが)


――マジだぁぁぁっ! えー、全然気づかんかったわ! いつの間に転職なんてしてた?

――ミスディレクションてやつだね。見返してみたらミュラーが出てきた時、会話しながら指示を出してる。転職時に出る光も上手く視線を逸らさせたみたい。

――手品とかで使うやつ? 視線誘導的な。もしかしてユートさん、プロのマジシャンでもあったりする?

――ダンスといい……リアルに多芸すぎるでしょ。あるいは恐ろしいほどの集中力があるとか。

――脳波で動かすのは集中力が必要だからなぁ。普通は休憩を挟まないと疲れて仕方ないが、彼は信じられない長時間プレイをするからね。

――そしてあの演奏フィールドは確か……



そう、ミュラーが乗り込んできた直後、こっそり吟遊詩人に転職してその状態のまま戦っていたのだ。

ファイアウォールはこんなこともあろうかと街で買ったスクロールによるもの。

これだけで勝てればラッキー、なんて甘いことを考えていたが幾ら何でも虫が良すぎるよな。

やはり最後は魔術師として戦う必要があるようだ。

淡い光が俺を包み、俺は魔術師へと転職した。


「なるほど。これまで私を謀っていたとは、大したものだな少年! だが既に瀕死な上に中途半端なステータスの君が魔術師になったからと言って、これから何ができるというのだ!?」

「できる限りやらせて貰いますよ」

「ふっ。ならば見せてもらおうかっ!」


ミュラーが詠唱するはライトニングエッジ。

雷属性最速、威力もありスタン効果もあるこの魔法をミュラーは多用していた。

だからこの場面でも必ず使うと思っていた。


「ライトニング――っ!?」


信じられないと言った声を上げるミュラー。

発現するはずだった雷の矢がそのまま立ち消えてしまったからだ。

先刻、俺の周囲に展開しているのは『魔人たちの狂騒』ではない。

雷属性攻撃を完全無効化し、他の属性ダメージも半減以下。土属性攻撃の威力のみを倍増させる演奏スキル、『石畳の聖域』である。



――やっぱり『石畳の聖域』かよ! あんな局地的にしか使えないような演奏を取っちまうとはなぁ。

――各属性の聖域はスキルツリーの奥の奥だろ。もう吟遊詩人のスキルは碌に取れねぇだろ。聖域は使いにくいし、やっちまったんじゃね?

――いや、でも聖域は強いよ。使い所は限定されるけど特に魔術師との相性は最高だしね。一人で使えるならかなりアリだと思う。

――しかも動きも少ない上にフィールド範囲もデカく持続時間も長いから手軽に使える。狂騒を使う隙がない相手でも狙える。

――そうそう。あの聖域、俺も友人の吟遊詩人に頼んで使わせて貰ったけど鬼強かったぜ。狂騒も半端ねぇが、何せ威力が鬼出るんだもんよ。



とはいえ俺は土属性の魔法スキルを殆ど取得していない。

魔術師のスキルツリーは大きく分けて火、水、風、土の四属性で、その最奥にあるスキルを取るには他の属性を諦めねばならないのだ。

俺が多用していたグレイスブリザードは水の派生、氷の最奥にあるスキルでこれを取得した時点で他の属性は半端にしか取れないし、火と風もまぁまぁ取っているので土属性はほぼ捨てている状態だ。

故に取得しているのはアイスロックの前提スキルであるストーンショット(しかもレベル1)のみ。

もちろんこれはミュラーも使えるが、この状況を想定していなかった彼女よりも俺の方が早い。


「……っ! ストーンショット!」


それでも詠唱開始まで持っていくとは冷静な判断力である。

だが流石に俺の方が早い。

詠唱完了と同時に礫弾がミュラーを襲う。


「きゃああああああっ」


7450! ダメージ表示が頭上に浮かび、彼女は吹っ飛んだ。

ゲージは真っ黒。どうやら俺の勝ちのようだ。


「馬鹿な……聖域上とはいえ、何故ここまでの威力が……?」

「俺のストーンショットはレベル5だったんですよ」


手にした腕輪を見せる。

そう、この練達の腕輪を装備していれば、スキルレベル1のものもレベル5で発動させることが可能なのだ。

ようやく役に立ってくれたか。HP-1000はかなり痛く、途中危ない場面もあったけどここに来て役に立つとはな。

……うーむ、それにしても本来なら2000くらいしか出ないはずなのに、7000越えとは恐るべし聖域。

テキストには倍増と書いてはいるがそれどころじゃないな。まぁゲームの計算式は結構複雑だしな。強い分には構わないか。

狂騒と併用できないのが欠点だけど、上手く使えばボスも瞬殺かもな。ともあれ――


「勝者! ユート選手ゥゥゥ! 見事決勝戦を制しましたァァァ!」


おおおおおおおおおお! と客席が沸く。もはや俺に文句を言う者はいないようだ。

ほっ、よかった。これでも文句言われたらどうしようかと思ったよ。


「有無を言わせぬ魔法での勝利に今度は客席も納得です! それでは皆さま、盛大な拍手で祝福して下さい!」


わあああああああああ! と割れんばかりの拍手が鳴り響く。

俺はそれに手を振って返すのだった。



――練達の腕輪がこんなところで使うとは……ここまで計算ずくとは恐ろしい戦略だ。流石ユートさんだぜ。

――結局なんで三倍くらいのダメージが出たの? 倍増とは一体……

――聖域系演奏は基本200%なだけで踊りのクオリティ次第で三倍にも四倍にもなるのよ。戦いながらでもそれだけの水準を叩き出したってことね。

――恐るべしユートさん……じゃあ本気で踊ったらもっとやばい威力になるってこと……? ボスも瞬殺じゃん。こわっ。

――まぁでもその分時間もかかるしね。狂騒みたいに詠唱ディレイカットとかはないから、ステータス的には使い勝手はあまりよくないと思うよ。

――しかしやたらと人間臭いNPCだったよな。ミュラーは特に。最近のAIって進歩してるなって思うよホント。



「よぉ、見てたぜ坊主。見事な勝利だったじゃねぇか」


リングから戻ろうとした俺の前に現れたのは、塔の前で飲んだくれていたおじさんだった。

一体どうしてここに……? 訝しむ俺を見てくっくっと笑う。


「あいつは俺の弟子……つーか部下でね。前から君のことは注目していたんだが、実際に試させて貰ったわけだ」

「部下? 試す?」


これ、何かのイベントだろうか。NPC……だよな?


「運営側だよ俺は。一言で言えばGM《ゲームマスター》ってやつだな」


おじさんはそう言ってニヤリと笑った。

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