第53話VSミュラー、中編(いやこれ相手も相当ズルいぞ!?)
「行きますよミュラーさん!」
「むっ……!」
真っ直ぐミュラーへと駆け出していく。
いつものように逃げると思ったのか一瞬面食らったような顔をした彼女だったが、すぐに気を取り直し詠唱を始める。
――詠唱が短い。俺が接近すると悟り魔法のランクを落としてきたか。
「ライトニングエッジ!」
放たれるは雷の刃。
基本詠唱時間は二秒、更にDEXによって大きく減っており、その詠唱は恐らく一秒満たないほどである。
くっ、やはり極まった魔術師は厄介だな。ここまで詠唱時間が短いとは思わなかったぞ。
当然避けられず、喰らってしまう。
ダメージは450、俺の最大HPは約4500、削れたのは一割程度だがこのスキルの本領は命中させた後にある。
――スタンだ。頭上に無数のお星様が浮かび、俺の動きは封じられてしまう。
「くっ……だ、だが魔法での追撃より俺が動く方が早いっ!」
状態異常回復速度はVIT依存、バランス型の俺は治るのが早い。
そしてDEXで詠唱時間は短縮できてもディレイは削れないので、ミュラーにできるのはせいぜい杖で殴ることくらいなはずだ。
「――と、思うだろ?」
手にしていたのは一枚の巻物だった。
あれはスクロール、魔法スキルが込められた使い捨ての巻物である。
しまった。スクロールはアイテム扱いなのでスキルディレイの影響は受けない。しかも魔術師が使えば威力も十分!
スタンからはようやく回復しつつあるが、ミュラーが使おうとしているのは広範囲魔術だ。よ、避けられない……っ!
「サンダーストーム!」
どぉん! ババババ、と雷撃が降り注ぐ――
◆
――おいバカァァァ! 何で向かっていってるんだよ! 死にたいのか!
――むぅ、客席にズルと思われてたみたいだったからなぁ……また逃げながら戦うことに抵抗があったんじゃね?
――だからってあれじゃ特攻も同然だろ。見ろ、スタンこそしなかったけどHPバーが真っ赤じゃねぇか。
――大会中は魔法スキル以外はダメージを与えられない。その仕様のせいか回復したきゃヒールとかを使う必要があるんだよねぇ。もちろんユートさんには使えないわけで。
――そもそも接近して何をしようとしていたのか。直接攻撃はダメージ与えられないし。
――……いや待てよ。それ以外を狙っていたとしたら……?
◆
「おーいてて……死にかけた。今のでスタンしてたら終わってたな」
足元をフラつかせながらも何とか起き上がる。
このゲーム、HPが減りすぎると動きが鈍るんだよな。
「チッ、タフな男だ……しかし!」
舌打ちをしながらも楽しげに詠唱を開始しようとするミュラー。
――だが、おかげでここまで近づけた。俺の詠唱は既に完了済みである。
「ファイアウォール」
ポツリと呟くと同時に、ミュラーを囲うように九本の火柱が生まれる。
接近したのはこれを使いたかったからだ。
重なるように立ち昇る火柱、そのノックバック効果により彼女はピンボールのように何度も弾かれていく。
「ぐあっ!? だ、だがこんなものがどうしたというのだ! 効きはせんぞ!」
「でしょうね。ファイアウォールの真価は敵を弾くことでその侵入を防ぐこと。攻撃力は低めに設定されている。その上、今俺が装備しているのは杖ですらありませんから」
俺が手にしているのは今まで装備していたマジックロッドではなく――バーゼラルエッジだ。
こいつは攻撃を当てるたびに状態異常を付与するという武器で、その効果は当然魔法でも引き起こす。
「――っ!? 魔法が……」
ファイアウォールの多段ヒットによってミュラーに付与された状態異常は毒、火傷、鈍足、弱体、盲目、そして――沈黙。
◆
――先日の観戦でミュラーの詠唱速度、魔法威力から彼女のステータスがINT、DEXの二極に近い形であろうことは想定してたんだろうなぁ。
――そもそも魔術師はVITに振る余裕はないし、あれだけ状態異常ばら撒かれたらそりゃ喰らうわな。
――沈黙以外にもスタンや麻痺でも何でも良いもんね。ファイアウォールの射程は短いから接近の必要があったわけだ。
――VITがないということは治る速度も遅いし、HPも低い。攻撃を喰らえばすなわち――
――あーいけませんお客様! オーバーキルでございます!
――よっしゃ! いっけぇぇぇ!
◆
これで勝ちだ。
ミュラーはVITなど碌に降ってないだろうし、俺の大魔法の詠唱が終わるまでに何もできはしないだろう。
「……ふ」
にも関わらず、彼女は笑う。
ま、まさかこの状況で何か手があるとでもいうのだろうか。
困惑する俺を前にミュラーの唇が僅かに動く。――ライトニングエッジ、と。
バヂィ! と音がして視界が白く爆ぜる。
な、何が起きた……? ミュラーは沈黙状態だったはずなのに。
「こんなこともあろうかと思って仕込んでおいたのだよ。万能薬を口の中にな」
あーん、口を開いて見せてくるミュラー。
指で広げられた彼女の口内、その奥歯にはカプセルらしきものが覗いていた。
◆
――ええええええ!? 口の中に回復薬仕込んでおくとかそんなのアリかよ? 反則じゃね!?
――そもそも消費アイテムは手元から離して三秒経つと消滅するから、あぁして保持しておくのは不可能なはず。
――というか自分で空中に投げてタイミングよく受けるとかやってたプレイヤーがいた気がする。
――あれってスーパープレイの一種でしょ。こっちは状態異常対策をイベント仕立てでやっているのかも。
――開発の拘りか、AIが賢すぎるのか……自動で仕様の穴を潰していくのは結構ヤバいよね。
――それより女の子の口内ってなんかエロい。
――わかる。
◆
「なんとォォォ! ミュラー選手お見事ォォォ! 状態異常対策もバッチリです! さぁさぁユート選手あとがないぞー!? このまま負けてしまうのかーっ!?」
おおおおおおお! と大歓声が湧き上がる。
座り込む俺を、ミュラーを不敵に見下ろして笑う。
「さて、どうする? これを上回る手を用意しているのかな? もしなければ私の勝ちだが?」
沸き起こるミュラーコール。
客席も、審判も、ミュラーすらも俺の敗北を確信しているようだ。
予想はしていたがかなりの強敵だな。
「見事ですミュラーさん……能力もさることながら、咄嗟の対応力も素晴らしい」
「君こそ中々だったよ。惜しむらくは魔術師としては歪なそのステータスだな。もう少し『らしい』能力なら勝負はわからなかったかもしれない」
「えぇ、俺としても魔術師戦を挑むのはキツいと思っていましたから。こんな邪道で挑んですみませんでした」
「よいよい気にするな。魔術協会の守護者として、君のその勇気と機転を讃えよう」
余裕の談笑は俺の詠唱速度を既に見切っているからだ。
同時に攻撃すれば確実に勝てることを理解してのだろう。実際その通りである。
ただし、このままならの話だが。
「ところで――いつから俺が魔術師だと勘違いしていました?」
「っ!?」
目を見開くミュラー。
展開する演奏フィールド。
――そう、今までの俺は魔術師ではなく、吟遊詩人だったのである。
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