第49話絡まれる彼女に俺は
「なーに気取ってんだよ。いいじゃん奢るからさー」
「あんまり抵抗すんなってマジ。優しく言ってるうちに来た方が無難よ?」
「痛い目とか見たくないでしょ? なぁ」
「や、やめて下さい……本当に……」
屈強な男たちに取り囲まれた小柄な少女――唯架さんは道行く人たちに視線で助けを求めるが、誰も彼も見ないふりをして通り過ぎていく。
「どう考えても嫌がっている、よなぁ……」
一応事務所の同僚だし、見てしまったからには無視するわけにもいかないだろう。
でも俺コミュ障だからなぁ。どう声をかけたものか悩んでいた、その時である。
逃げようとした唯架さんの手首を男が掴んだ。
「チッ、暴れんじゃねぇよ!」
「いやあっ!」
悲鳴が聞こえた瞬間、俺は思わず駆け出していた。
とはいえ俺もケンカが得意と言うわけではない。故に、
「あのー……彼女、困ってると思うんですが……」
出来るだけ相手を刺激しないよう、やんわりと声をかけてみる。
「あぁん? なんだァてめぇはよ……?」
が、そんな俺の態度は彼らの機嫌を大いに損ねたようだ。
さっきまで愉しげだった表情は見てわかる程の苛烈な怒りに染まっていく。
……あちゃあ、やっぱり怒るよなぁ。どう考えても。向こうからすれば迷惑なのはわかって言ってることだし、あからさまに割って入ったらバカと言われたも同然である。
だが、唯架さんのこんな怯えた表情を見てしまった以上、引くわけにはいかない。震える声で抗議を続ける。
「は、離してあげてくれません……?」
「ハァ~? どうして見ず知らずのお前にそんなことがわかるんですかぁ~?」
「クソカッコつけ野郎が、ちっと顔がいいからって調子こいてんじゃねぇぞオラァ!」
「ボコされたくなかったらどっか行ってろや!」
しかし彼らはむしろ勢いを増し、今にも殴りかからんばかりの勢いだ。
俺がここで逃げたら唯架さんの心は折れ、簡単に連れ去られてしまうだろう。元イジメられっ子の経験から間違いない。
だからはっきり言ってめちゃくちゃ怖いけど……ここで引くわけにはいかない。
「む、向こうで話し合いましょう。……ね?」
「バカが! 死ねや!」
有無を言わさぬ放たれる顔面狙いの拳。
うわぁ。やっぱりな。ケンカは嫌だが、殴られるのはもっと嫌だ。
眼前に迫る拳を俺は軽く頭を振って躱す。
「な……?」
「チッ、ボクシングでも齧ってんのか!? だがこっちは三人よ!」
「おうとも! 囲んじまえ!」
三人は俺を取り囲むようにポジションを取る。うーむ、かなりケンカ慣れしてるなぁ。
だが最近の俺はオルオンで魔術師で十体同時に相手にすることも珍しくない。
それに比べればたったの三人、どうとでもなるはずだ。
「死に晒せェ!」
突進してくる男に合わせ、俺は足元に転がっていたモップを踏んだ。
持ち上がったモップの柄が男の顔面にぶち当たる。
ガァン! とものすごい音がして男は白目を剥いて倒れる。
ここはコンビニの裏、そこらに転がっていた掃除道具を使ったのだ。
オルオンで『ファイアウォール』を使いすぎた結果、突っ込んでくる相手へ咄嗟の対処が出来るようになってて良かったと言ったところか。
「山ちゃん!」
「テメェよくもォ!」
激昂する男の背に、俺は既にモップを突き立てていた。
『バックアタック』に慣れ過ぎた俺にとって、向かってくる敵の背後に立つことなど造作もないことだ。
「その辺にしときません? ほら、その人も気絶してますし、早く手当した方がいいかと……」
「ぐっ……て、テメェ……」
どうにか声を荒らげようとするも、もはや彼らに戦う気力は残っていないようだ。
しばし互いの顔を見合わせた後、
「くっ、今日のところはこれで勘弁してやらぁ!」
「覚えてやがれよっ!」
倒れた男を二人で抱えながら、捨て台詞を吐いて逃げていく。
うーん、びっくりするほどテンプレ的な台詞だ。
「ほっ、行ってくれたか……」
ケンカは苦手だ。殴られるのはもちろん、殴るのも怖い。
だから殴らずに済むならそれに越したことはない。
安堵の息を吐いていると、近づいてくるサイレンの音が聞こえてきた。
誰かが通報してくれたようだな。
でも取り調べとか受けたら面倒である。……よし、逃げよう。
「ま、待って……!」
その場を離れようとした俺の服の裾を掴んだのは唯架さんだ。
もしかしてお礼を言おうとしているのだろうか。別に感謝されたくてしたことじゃないんだけどな。
しかし彼女の口から出たのは予想外の一言だった。
「スタジオに連れてって……今からレッスンだから……警察の人たちに話をしてたら、遅れちゃう」
「えぇ……こ、こんなことがあった直後なのにレッスンに行くつもりなんですか?」
こくり、と頷く唯架さん。
その足は震え、顔色は真っ青。まともに立つことすらおぼつかないように見える。
とてもではないが厳しいレッスンが出来るコンディションとは思えない。
にも関わらず俺を真っ直ぐ見据える目からは、頑として譲ろうとしない強い意志を感じる。
ストイックとは聞いていたがここまでとは……驚くやら呆れるやら、である。
これは何を言っても無駄そうだな、と俺はため息を吐いて言う。
「わかりました協力します。でもまだ歩けないでしょうし、肩を貸しましょう。スタジオまでは歩いて五分くらいだから、歩いているうちに少しはマシになると思いますよ」
手を差し出すと、唯架さんはほんの少し躊躇したのち俺に身体を預けてきた。
「……あの……神谷くん……」
「なんです?」
俺の問いにしばしモジモジした後、
「あ、ありがと……」
蚊が鳴くような声で礼を言う唯架さんの顔は、夕陽に染まり赤くなっていた。
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