第45話レッスンスタジオにて。後編

「神谷くんっ! 無事っ!?」


ギギギィッ! とブレーキ音と共に権田さんが声を上げる。

あれから数分後、全速力で回り込んできたのだろう。権田さんが自転車に跨りゼェゼェと息を切らせていた。

そんな権田さんに皆、向き直り――


「すいませんっしたァァァ!」


ハキハキした声で謝った。

ビシッと腰を直角に曲げた綺麗なお辞儀を見て、権田さんは目をパチクリとしている。

不気味そうに彼らを見た後、権田さんは俺に耳打ちをしてきた。


「……い、一体ぜんたい彼らに何があったの? 神谷くん」

「反省してくれたんですよ。やはり話せばわかるってことです」


――あの後、激昂し襲いかかってきた彼らを俺は瞬殺した。

いやもう本当に。なんというか彼ら、すごく弱かったのである。

全然喧嘩慣れしていないのだろう。オルオンで濃密な戦闘経験を積んだ俺からすると欠伸が出るような遅いパンチ、出鱈目な呼吸で繰り出される蹴り、殺気も感じない武器攻撃。

リアルで何度か戦った不良たちの方が余程厄介だったくらいである。

物騒なことを言ってたけど本当に口だけだったようで、あまりに遅すぎる彼らの攻撃を躱しながらどうしたものか考えていると、いきなり土下座してきたのだ。


「すみませんでした神谷さん! 俺ら調子こいてましたっ!」

「なんで顔だけは勘弁してくださいっ! これだけが俺らの取り柄なんですっ!」

「心を入れ替えて一生懸命やりますんでっ! お願いしますっ!」


……俺もそこまで言われて攻撃する程鬼ではなく、ちゃんとレッスンを受けることを条件に許したのである。

で、そのすぐ後に権田さんが到着したというわけだ。


「なんだかわからないけど神谷くんのおかげってことね。……ねぇアンタたち、今の時代は色々生きづらいこともあるかもしれないわ。けれど、なんだかんだ言っても生き残れるのは努力を継続し続ける子なのよ。厳しく言い過ぎたのは私も反省してるから、また一緒に頑張りましょうか?」


俺の、父の言葉に感銘を受けたのか、本当は怒りたいだろうところをグッと押さえ、優しい言葉をかける。

しかし彼らは――


「いえっ! 僕たちが甘えていただけですからっ!」

「これまで以上にしごいてくださいっ!」

「なんでもしますからお願いしますっ!」


人が変わったような彼らの言葉に一瞬呆気に取られる権田さんだったが、すぐに口元を緩めて声を張る。


「よぉし! なんでもやるって言ったわねアンタたち! それじゃあビシバシ行くわよぉ!」


――その日、全員がぶっ倒れるまで基礎練は行われた。

日頃サボっていたツケだろうか、練習を終えると彼らは歩く事すらできなくなっており、権田さんの呼んだタクシーで送り返されたのである。

権田さんはとても満足げな顔をしており、何度も礼を言われてしまった。

ちなみに俺もタクシーを呼ばれそうになったが、少し休めば回復したので普通に歩いて帰ることにしたのである。


「……」


何故か、唯架さんと一緒に。権田さんにそう言われたのだ。


「女の子を送るのは男の子の役目よ。ついでにこの業界について聞いてみなさいな」

「そうですね。唯架さん芸能人ですし、無名の俺にボディガード役をしろってことですね!」

「んー……まぁキミの方が目立つ可能性もあるかもしれないけどね」


……なんてよくわからないことも言っていたが。

もちろん、俺としてはなんの問題もないが彼女の迷惑にならないだろうかとやや不安である。

しかしどうやって話しかけたものだろう。

コミュ障としては女の子に話しかける時は苦労するものだ。

地味と華がないとか皆は言ってたけど、普通に美少女だしやはり目立っているように思える。

それに芸能人の名前を往来で呼んではダメだろう。


「ねぇ、あの人って……」

「うんうん、だよねー」


周りの女の子たちが明らかにこちらをチラチラ見ている。

唯架さんは顔バレ防止用にサングラスに帽子を被っているが、アイドルというのはそれでもわかる程オーラが出ているものなのだろう。

何が起きるかわからない。気を引き締めねばと考えていると、不意に二人組の女の子が声をかけてきた。


「あのー……すみません」


咄嗟に唯架さんを守るよう、前に出る。

女の子は僅かに躊躇った後、その手を差し出してくる。


「お兄さん、握手してくれませんかっ!?」


俺に。

……え? 唯架さんじゃなく、俺?

一体どういうことだろうと思いながらも、まぁ俺ならいいかと握手を交わした。


「きゃー! やったー! ありがとうございますっ!」

「わ、私も! お願いしますっ!」

「あー、ずるい私もー!」


途端、周りで見ていた人たちが集まってきた。

しまった。目立ってしまったようだ。

このままじゃ唯架さんの正体がバレてしまう。


「後、ごめんなさいっ!」


俺は慌てて唯架さんを連れ、駆け出すのだった。

しばらくすると彼女たちを振り切ったようで、ようやく公園のベンチに腰掛ける。


「ふぅ、なんとか逃げ切れた……ってうわぁ! ご、ごめん!」


いつの間にか唯架さんの手を握っていたようで、慌てて離す。


「気にしないで。それにしてもあなた、華があるわね」

「はな……?」


一体何のことだろう。

さっきの子たちは単に俺を橋渡しにして、唯架さんに話しかけようとしていただけだと思うけど。


「羨ましいわ。それでもあなたには負けないけれど……!」


そう呟いて、唯架さんは歩き去る。

な、何か怒らせるようなことをしてしまっただろうか。

俺は彼女の背中をただ見送るしかなかった。

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