第36話砂漠の狼。前編(またなんか出たァァァ!)
◆
「ふぅー……なんというか……色々あった。本当に色々と」
学校から帰る道中、俺は思わず独りごちる。
まず朝、寝坊した俺がマンションから飛び出すとそこには老執事の運転するハイヤーが待っていた。
どうやら竜崎さんが手配してくれたらしい。恐らく寝坊するだろうから、とそう言っていたとか。
一から十まで申し訳ない、と思いながら俺は恐る恐る後部座席に乗った。
運転手さんの華麗なドライビングテクニックで無事、学校に送り届けられはした俺は衆目に晒され恥ずかしい思いをした。
一体どうした? なんでハイヤー? スターチャイルドとか書いてたけど何アレ?
そんな質問をどうにか笑って誤魔化していたが中々許しては貰えず、詩川さんが助け舟を出してくれたおかげでなんとか事なきを得たのだ。
二人だけの秘密ですね。なんて言ってくれた時はドキッとしたが……ともかく、無事に一日を過ごせたのである。
今日ばかりは部活を休ませて貰い(尤も部員ではないのだが)帰宅する。
「って言ってる間に着いたな」
下から見上げると相変わらずとんでもないマンションだ。
貰った鍵を扉にかざすと、オートで開いてエレベーターが降りてくる。
途中、廊下を掃除するロボットが見えたし、どこまでいたせり尽くせりなのかと恐ろしい気持ちになる。
「ただいまー……」
部屋に入ると広々とした清潔な空間が俺を迎える。
いつの間に持ってきたのだろうか、家に置いてきた俺の荷物もまとめられていた。
ま、竜崎さんの仕業だろうな。メールで礼を言って荷解きを始める。
◇
……そして一区切りついたところで、ログインする。
ふぅ、なんだかんだでゲームは落ち着くよな。
どうやら先日繋がらなかった理由は、緊急メンテだったらしい。
お詫びに補填チケットがプレゼントボックスに送られていた。なんかこれ、ガチャか何か引けるんだっけ。
新システムはいまいちよくわからないんだよな。まぁ詰まった時に引いてみよう。
今はそんなことよりも――
「レイモンドはどうしてるかな」
先日は彼の仲間たちが逃げ込んだ場所を見つけたのだ。
しかしレイモンドは自らの姿が変わったことで嫌われることを恐れ、仲間たちに言えなかった。
ずっとそのままとは行かないだろうが人に言われてもやりづらいだろうし、俺は敢えて席を外して打ち解ける時間を与えたのである。
昨日は子供たちに遊ばれるくらい何もできなかったからなぁ。でも別れ際にやる気を見せていたし、案外仲良くなって……
「わーい! コウモリコウモリー!」
「ぬ! やめろ馬鹿者! 許さんぞー!」
俺の眼前には子供に揶揄われ、追い回すレイモンドがいた。
うーんダメだ。まるで成長していない。
「いやぁ、ユートさんの使い魔さん。子供たちの相手をしてくれて助かってますよ。皆も篭りっきりでストレスが溜まっていたようなのでありがたいです」
「あはは。そうですかー」
全然話してないじゃないか。俺はレイモンドを捕まえ、物陰に引きずっていく。
「ダメじゃないかレイモンド。俺が帰ってくるまでにちゃんと話すって言ってただろ!」
「す、少しは話したぞ! どうやって暮らしているとか、どうやって逃げただとか……」
「そんなことより! お前の正体を告げなきゃ意味ないじゃないか」
「うぐっ……! だ、だがやはり恐ろしくてな……」
申し訳なさそうに縮こまるレイモンドの肩を掴み、その目をじっと見つめる。
「俺は君の親でもなんでもないから、強制することは出来ないよ。……けど、人にはやらなければならない時と言うものがあるだろう? それが今なんじゃないか? そのまま何も言わずにいて、君は後悔しないのか?」
父さんの言葉だ。俺も救われた言葉だ。それを俺はレイモンドにも言う。
しばし押し黙った後、決心したように頷いた。
「ユート……わかった。今から言ってくるぞ!」
「……ん!」
俺がやってあげることは可能だが、それでは彼も成長できない。
彼の為を思えばこそ、言うべき時は言わないと。
決意を新たにするレイモンドの背中を見送っていた、その時である。
「た、たたた、大変だァ!」
突如、入口の方から響く声。
慌てて駆け入ってきた一人の男が、息絶え絶えになりながらも声を張る。
「き、来やがった! あの野郎、俺たちを見つけやがったんだ!」
「何だ? 一体何が……!?」
「モリガンの手先がやって来やがったんだよッ!」
◆
――お? ボス戦かな?
――つかレイモンドたん意外にナイーブよね。そこが可愛いが、ユートさんも可愛いがるだけじゃないのは好感。
――ユートさんいいこと言うわ。俺もやるべき時はやらなきゃあな……
――ニートには耳が痛い言葉だぜ……
――いやそこは働いとけよ。
◆
「ちくしょう! 食料の補給に行ってた連中がつけられたんだ!」
「あの女、まだ俺たちを諦めてなかったってのかよ!」
「女子供を逃がせ! 早くなんとかしないとみんな殺されちまうぞ!」
そんなセリフが飛び交う中、俺は井戸から外に出る。
「さむっ!」
途端、ぶるりと身体が震える。
外は夜、砂漠の夜は極寒と言うがかなりの寒さだ。
砂漠の月が静かに輝くその下では、それに似つかわしくない喧騒が起こっていた。
逃げ惑う人、武器を手に立ち向かう人、そんな彼らを追い詰めていくのは――巨大な狼。
否、人狼とでも言うべきか。
鈍銀の毛皮を纏い、真っ赤な瞳をした狼の身体はまるで人間のように発達した手足がついていた。
「くそォ! 来るんじゃない化け物め!」
無数の剣にて人狼を突く――が、微塵も堪える様子はなく鋭い歯を見せて嗤う。
「クハハッ! 効かねぇよ馬鹿どもが! 死にさらせやぁ!」
「うわぁぁぁっ!?」
「ぎゃぁぁぁっ!?」
ずがががっ! と振るう爪が地面を砕き、その衝撃で人々が吹き飛ばされる。
こちらへ逃げて来るのは食料を調達に行っていた人たちだろうか。
マズい。このままでは追いつかれる。
「レイモンド! 弓手に転職してくれ!」
「……」
「!? おいレイモンド! ……くそ!」
何故か動かないレイモンド。これ以上待てないと俺は駆け出す。
連続『ステップ』にて人狼の前に立った俺は、その攻撃を『パリィ』で弾いた。
「あァ……? なんだテメェは……?」
「俺はユート、旅の者だよ。この人たちに手を出させるわけにはいかないな」
折角見つけたレイモンドの仲間をむざむざ殺させはしない。
立ちはだかる俺を人狼は興味深げに見下ろす。
「む……変な感じがすると思ったらオメェ、もしかして主殿の眷属かぁ?」
人狼の胸には俺と同じ、黒縄の紋様が刻まれている。
ただし俺のと違い、それは赤黒い光を帯びていた。
「だったら話は早ぇ。俺はギュスターヴ。手を貸せよ。一緒にこいつらブッ殺そうぜェ?」
「断る……それに俺は眷属じゃない」
「『まだ』だろ? さっさと主殿に屈しちまえよ。楽しいぜぇこっち側はよォ! ヒャヒャ!」
下卑た声で笑うギュスターヴ。
俺の脳内を浮かんだのは悪役ロールプレイという単語。
確かにゲームの中ならば何をしても犯罪にはならないし、そういうプレイスタイルで遊ぶ者もいる。
それを否定するつもりは全くない。が――
「生憎、俺はそういうの好きじゃなくてね。それにもう人にパシられるのは嫌なんだ」
「パシ……? パシられている……だとォ……? そりゃオイ、まさか俺のこと言ってんのか……?」
途端、ギュスターヴの表情が変わる。
驚きから怒りへ、あっという間に憤怒をも通り越していた。
俺としてはただイジメられてた過去の自分について言っただけなのだが、何か奴のツボに入ったようだ。
だが何とか堪えてはいるようで、血管を浮かせながらも笑みを浮かべたままだ。
「は、はは……冗談キツいぜ? 俺は望んで主殿の下で働いてんのよ? 言わば自主的! ある意味対等な関係と言える。パシリとは違うだろ!?」
「いやだって主殿って呼んでるじゃないか。下でしょ君は。パシリ以外何者でもないって」
俺も昔パシられていたからわかる。
こういう場合、やられている方はプライドを守る為に色々言い訳を用意してしまうものなのだ。
何にせよ現状把握が大事だ。戦う前にそれを伝えようとしたのだが……奴は俺の言葉に目を血走らせながら、拳を握りしめている。
「――殺すッ! テメェのハラワタぶちまけて! バラッバラに解体して! その骨しゃぶり尽くしてくれるわぁぁぁッ!」
夜闇の中、激昂に吠えるギュスターヴ。
……なんだかわからないが、奴の
全然そのつもりはなかったんだが、結果オーライと言えなくもないか。ともあれ――
「やるぞレイモンド! しっかりしろよ!」
だが答えはない。
そういえばさっきどうも様子がおかしかった気がする。
レイモンドは信じられないといった顔でポツリと呟いた。
「ユート……あれはボクの、母だ……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます