第34話書き換わる現実
俺が住所を伝えると、5分も経たないうちに竜崎さんが到着する。
マンションの下まで迎えにいくと、俺の横にいる詩川さんを見て気まずそうな顔をした。
「あー……もしかしてとんでもないお邪魔をしちゃったか?」
「いえいえ、そんなことはありませんよー?」
くすくす笑う詩川さんだが、その表情は何故か怖い。
……あまりこの人を怒らせないほうが良さそうだな。何を怒っているのかはわからないけども。
「神谷くん、この人何者ですか? やたら高そうな車に乗ってますし、夜なのにサングラスなんかしてあからさまに怪しいですけど」
警察、呼びます? と耳打ちをしてくる詩川さんに思わず乾いた笑いで答える。
竜崎さんは苦笑いしながら名刺を手渡した。
「失敬、自己紹介を忘れていた。俺はこういうものだ」
「スターチャイルドのスカウトさん!? ……あなたが?」
「あぁ、神谷くんにはこれから世話になる予定でね。なんなら免許証もついでに見るかい?」
「では一応……」
遠慮なく免許証を受け取りと名刺を見比べたあと、詩川さんは納得したようで頭を下げる。
「すみません竜崎さん! つい……」
「いやいいんだ。怪しい面をしている自覚はあるしね。ま、彼はちょっと抜けたところがあるし、君みたいな賢い彼女がいてくれると安心だよ」
「か、彼女って……そんな……」
「ん? 違ったのかい? ……まぁいい神谷くん、ここへ来た理由は君の現状を知ったからだが……そのことで話がある。車に乗ってくれ」
くい、と親指で車に乗るよう言ってくる。
現状……あ、俺が家から追い出されたことか。それにしても一体どうやって知ったのだろう。芸能界怖っ。
この件に関して、詩川さんに話して不安にさせるようなことはないか。竜崎さんも気を遣ってくれているのだし、乗っからせてもらおう。
「わかりました。詩川さん、本当にありがとう。助かったよ」
「ううん……あの、神谷くん。明日は学校に来るんですよね?」
不安そうな彼女に、大きく頷いて答える。
「もちろん! じゃあ明日!」
「はい! またウチに来て下さいね」
詩川さんに別れを告げ、車に乗り込む。
いつの間にか雨や止んでいた。
◇
「彼女は君のクラスメイトかい? いい子じゃないか」
「はい。こんな雨の中、俺みたいな奴を家に入れてくれるなんて……本当に優しい人です」
「優しい……か。本当にそれだけかな?」
「え? なんの話です?」
「……ふっ、いいや別に。汚れた大人の下衆な勘ぐりさ」
それより、と呟いてパンフレットらしきものを手渡してくる。
どうやらマンションか何かの案内用紙のようだが。
「そいつは君がこれから住むマンションだ。ウチお抱えのタレントたちを住まわせているもので、君の部屋も用意していたのだよ。しかしその途中で追い出されたことを知ってね。慌てて駆けつけたんだ」
「俺が住むマンション……ってそうだ! 俺のこと一体どうやって知ったんですか?」
あんな深夜、両親たちの突然の行動。
竜崎さんには知りようがなかったはずだ。俺の問いに含み笑いを返す。
「そこはそれ。蛇の道は蛇というやつだよ。いやぁ、君のご家族は少々問題がありそうだったのでね。見張りをつけていたのだが正解だったな」
「み、見張り……ですか?」
「芸能界じゃよくあることさ。ストーカーやファンの凸対策等々、トラブルの絶えない業界だからね。……それにしてもレコーダーで聞いていたが、あれが息子に対する物言いか? そりゃあ人間同士、多少口が過ぎることはあるかもしれないが、本当に信じられないよ。その上契約書まで破りやがって。あれ作り直すのも結構手間んだぞクソが……大人として、いや人としてどうかと思うぜ。あんな連中に育てられて君はよくここまで素直に育ったものだ」
竜崎さんは声を荒らげながら、拳を震わせている。
「っと、すまない、あまり悪く言うつもりはなかったのだが思わず……」
「いえ、いいんです。俺の為に怒ってくれてありがとうございます」
「だが手を出さなかったのは正解だぜ。君はこれから輝かしい未来を歩む予定なんだ。あんな連中に暴力を振るって、つけ込む隙を与える必要はないからな」
「あはは……そこまで考えてたわけじゃないんですけど……」
「ま、彼らには俺が個人的に制裁を加えておくがね。あぁいう奴はコテンパンに叩きのめしておかないと、懲りずに何度も這い出てくるものだ。眩く輝く星々に群がった連中を潰して回るのも俺たちの大事な仕事だからな。……くっくっ、しかしあれ程の下衆具合は芸能界でも中々見られない。幾らでも冷徹になれるというものだ。腕の振るい甲斐があるよ……!」
「な、なんか物騒な言葉が聞こえましたけどっ!?」
「はっはっは。なんでもないとも! 君は何も気にせず、どーんと構えていればいいのさ」
大笑いしながら車を走らせる竜崎さんであった。
しばらく道を走っていると、閑静な住宅街に入る。
この辺りはお金持ちが住んでいる一等地だ。
信号のない道をまっすぐ進んでいくと公園のような広場で停車する。
「着いたぜ。ここが君の新しい住まいだ」
「え? ……ええ? えええええっ!?」
目の前に広がるのは公園ではなく、マンションの敷地であった。
駐車場には高級車が並び、やたらと広い広場の向こうには50階を軽く超えていそうなマンションが建ち並んでいる。
「さ、行こうか」
案内されて中へ。オートロックの扉が開き、エレベーターは30階で止まった。
その角部屋、3001号室の前に立つと、扉がオートで開く。
「ここは単身者用のマンションだ。そこまで広くはないが暮らしていくのに不自由はないと思うぜ」
「広……っ! いや全然広いですってこれ!」
中は3LDKくらいはありそうだ。家族四人暮らしくらいは余裕に思える広さである。
風呂やトイレが付いているのは当然として、ベランダもやたらと広いし冷蔵庫にベッドにソファ、食洗機まで付いている。
「そうか? 金持ちからすれば犬小屋みたいなもんだぞ」
「犬って……」
思わず絶句してしまう。確かに、テレビとかで見るような大豪邸と比べればそこまで大きくはないのかもしれないが、一般庶民である俺からすると一人暮らしにはありえないようなマンションだ。
「っと、もう三時じゃないか。早く寝ろ寝ろ。明日学校なんだろ? アイドルは自己管理も仕事のうちだぜ」
「あ、そうですね」
色々ありすぎて忘れていたが、それでも明日は来るのだ。……いやもう今日なんだけどさ。
「詳しい案内はまた明日するから、今日はゆっくり休め」
「本当にありがとうございました。竜崎さん」
「いいってことよ。その分働いて返してくれりゃあな。じゃ、俺は帰るからよ」
「はい。おやすみなさい」
ニカッと笑って部屋を出る竜崎さんをお見送り、俺はベッドへとダイブするのだった。
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