第27話スカウト、再び
「小鳥遊先輩、元気が出たみたいでよかったなぁ」
すっかり暗くなった帰り道、俺は独言ながら歩く。
あの後、連中は弓道場をピカピカに掃除して帰っていった。
どうせなら少しやっていけばいいのにと誘ったのだが、何やら慌てた様子で逃げ出すように帰ったのである。
変な奴らだな、と首を傾げたものだが……まぁ彼らも心を入れ替えたようだし、部員もそのうち戻ってくるだろう。
それが余程嬉しかったのか、小鳥遊先輩は部活時間中活き活きとした様子で励んでいた。
喜んでくれたようで何よりだな。うんうん。
そんなことを考えながら歩いていた、その時である。
電柱の影からぬっと人が出てきた。
「やぁ神谷くん。こんばんは」
「ッ! り、竜崎さん!」
思わず驚き、飛び退いてしまう。
現れたのはアイドルグループ。スターチャイルドのスカウト、竜崎さんだ。
目を丸くする俺を見て悪戯が成功した子供のようにくっくっと笑う。
「ようやく一人になってくれたね」
どこかの悪役のような台詞を吐きながら、竜崎さんは俺に紙袋を手渡してくる。
「手土産だ。つまらないものだが受け取って欲しい」
「あ、これはどうもご丁寧に……わ、高級そうなお菓子」
中に入っていたのは伊勢丹とかで売ってそうなお菓子セットだ。
紙袋からわかるような高級感、しかも俺の好きなどら焼きである。
「甘いものが好きというのは聞いていたからね。口に合えば幸いだ」
「ありがとうございます。……でもなんでいきなり?」
「それはもちろん、君をスターチャイルドにスカウトする為さ。その為に機会を見計らっていたんだ。友人と一緒のところに声をかけてもウザがられるだろう? 君について色々調べながら、一人になるのを見計らっていたのさ」
なるほど。どら焼きが好きなのを知っていたのも、その為か。
母さんや弟の正明、それにクラスメイトたちから情報を集めたんだろう。
そこまで俺について調べていたなんて……お土産も貰ったしあまり無碍にするのもよくないかもしれない。
というかすごく美味しそうだな。高級どら焼き、一体どんな味なのだろう……そんなことを考えていると、
ぐぎゅるるるるる、と腹が大きな音を立てた。
「す、すみません」
時間も時間だし、部活動の後だからお腹もかなり空いていたとはいえ……恥ずかしい。
「いや、ははは。若いから仕方ないよね。よかったらご飯でもどうかな? もちろん奢らせて貰うよ」
「それはその、ありがたいですが……」
見ず知らずの人に奢って貰うのは流石に遠慮してしまう。
しかし竜崎さんは俺の手を取り、真剣な眼差しで言う。
「俺の趣味は将来有望な若者に腹一杯食べ物を奢ることなんだ。是非奢らせてくれないか!」
「そ、そこまで言うなら……」
もう一度、ぐぎゅるるる、と腹の音が鳴る。
竜崎さんの誘いは、健全な腹ペコ男子には何とも抗い難いものであった。
◇
タクシーに乗り、連れて行かれた先は駅前だった。
そこかしこからいい香りが漂って織、歩いてるとその匂いに引っ張られてしまいそうだ。
お手頃ステーキセット200g1400円、ラーメンチャーハンセット1100円、回転寿司一貫150円。
食欲を刺激する文字がネオンに照らされ、夜の闇に踊っている。
「何か食べたいものはあるかい?」
「うーん、ステーキとかラーメン、寿司もいいですねぇ」
気づけば今見たものを順に並べていた。お腹が空き過ぎて思考力が失われているようだ。
まぁはっきり言ってしまえば腹が満たせればなんでもいい、ということである。
「ステーキにラーメン、寿司か。……なるほど。ではなんでも食べれるところへ行こうか」
「へ? そこら辺にあるじゃあ……」
「ここらじゃゆっくり話もできないだろ?」
そう言って竜崎さんは駅ビルのエレベーターに何やら黒いカードを通した。
すると左端、ずっと故障していると思っていた開かずのエレベーターが開く。
なんかこのエレベーター、中が異様に豪華なんですけど……
「さ、どうぞ」
「え、えぇ……」
恐る恐る中に入ると、竜崎さんは一番上のボタンを押す。
なんか100Fとか見えたけど、多分気のせいだろう。そうであってほしい。
「ここは去年出来たばかりの高層ホテルでね、VIP会員でないと50F以上は登れないんだよ。だがそこで見る景色がまた絶景でね」
……気のせいじゃなかった。
一体どこへ連れて行かれるのだろう。
それにしても全然揺れないな。そして恐ろしく長いぞ。
ドキドキしながら待つことしばし、エレベーターの扉が開いた。
「う、わぁ……」
扉の先はまさに別世界だった。
真っ赤なカーペットが敷き詰められ、いかにも高級そうなテーブルと机が並んでいる。
お客さんたちもいわゆるドレスコードというやつだろうか、スーツにドレスを着ていて学生服の俺は場違い感が半端ない。
「気にするな。君は学生だから制服が正装みたいなもんさ」
「そういう話じゃない気がしますけど……」
当然ながら俺みたいな普通の子供は全然いないしな。
うう、やたら目立っているぞ。確実に好奇の視線に晒されている。
「ふっ、やはり目立っているな神谷くん。ここに来るような目の肥えた客の視線を集めるとは、やはり俺の目に狂いはなかったようだ」
「何か言いました?」
「いいや? 何も」
何やら含み笑いを漏らす竜崎さんに、ウェイターらしき人が歩み寄って来る。
「いらっしゃいませ。竜崎様でございますね。スペシャルスウィートを用意しておりますので、どうぞこちらへ」
「あぁ、よろしく頼む」
慣れた様子で案内される竜崎さんだが、
「あの、予約っていつの間にしたんですか?」
移動中も携帯を触るような仕草はしていなかったように見えたのだが。
そんな俺の問いに竜崎さんはあっけらかんと答える。
「ん? 君を待っている時さ。午後四時くらいかな。本来この店は一年近く待たねば入れないんだが、そこはそれ。蛇の道は蛇というやつだよ。大人って汚いよな」
「じゃなくて! 俺が断ったらどうするつもりだったんですか!?」
「その場合は俺が一人寂しく飯を食べることになっただろうな。君が来てくれて本当によかったよ。はっはっは」
楽しげに笑う竜崎さんだが、いくら何でも笑って済むレベルを超えている気がする。
なんだか上手いこと乗せられている気がするなぁ。
そんなことを考える俺を見て、竜崎さんはニヤリと笑うのだった。
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